表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌子  作者: 一昌平
1/35

第一話 祭りの約束

「キコ! あした、お祭りで踊るのって何時から?」


 八乙女(やおとめ)忌子(いむこ)は高校のトイレで手を洗っていると、後ろから中園(なかぞの)美友紀(みゆき)の声が聞こえてきた。


「お昼の一時くらいかな。神楽自体はもう少し前から始まるけど、私の出番は少ししてからだから」


 指を一本ずつ丁寧に洗いながら、鏡越しに美友紀の顔を見て答える。


「それとお父様がいる前でキコって絶対に言わないでよ」


 毎年のことだからわかっていると思うが念のため伝えておく。


「わかってるって」


 美友紀のあまり気にしていない様子を見て心配になる。


「この名前だって……」


「ちゃんとした意味が込められてるんでしょ。わかってるって」


 美友紀は呆れたようにうなずきながら答える。


「それにキコの父親には一度こっぴどく怒られてるから。あだ名で呼んだだけなのに。ああ! 思い出しただけで腹が立ってくる」


 たしかにあのとき父親である八乙女(やおとめ)清司(せいじ)はキコと聞いただけで烈火のごとく怒り出した。だからこそ美友紀には気をつけてほしかった。


「ごめんね」


「いや、キコが謝ることじゃないでしょ」


 笑いながら答える美友紀の表情を見てほっとする。視線を洗っている手に戻し、右の爪先を左の手のひらを使って洗い、その後は肘の近くまで洗っていく。反対の手も同じように洗っている間、美友紀は鏡を見ながら肩まで伸びている茶髪を整えていた。トイレにも冷房つけてほしいくらいだよ。そんな文句が美友紀の口から漏れる。


 白いハンカチで濡れた手と腕を拭き、腰まで伸びた黒髪を一本に結び直した。トイレを出て、美友紀と先ほどのテストの答えを確認しながら教室に戻っていく。


「キコの踊りは一時からだって」


 美友紀は教室に残っていた岩野(いわの)晴雄(はるお)田島(たじま)秀俊(ひでとし)に声をかける。期末試験期間中だから外はまだ昼下がりだが、すでに教室にはふたりしか残っていなかった。土日を挟んで週明けにも試験がまだあるから、あまりこうやって残る生徒は少ない。


「そっか。じゃあいつも通り昼前に神社に集まるか。昼飯も屋台で適当に食べればいいし」


 晴雄は座っていた机の上から勢いよく降りながら答える。


「秀俊は行けそう?」


「う~ん」


 美友紀の質問に秀俊は考え込む。中学生の頃から毎年三人で祭りに来てくれていたし、去年高校に入ってからもそれは変わらなかった。だから秀俊の反応は忌子にとって意外に感じる。


「なんだ? 祭りに来ないのはないだろ」


 晴雄が後ろから秀俊に肩を組むと、勢いに押されて秀俊がよろめく。


「おい。運動部パワーをもっと抑えろって」


「おまえはもっと鍛えた方がいいな。俺の体重を使って筋トレでもしてみろ」


 晴雄がふざけながら秀俊に体重を預ける。おいやめろって。そんなことを言いながらふたりがふざけあう。


「やっぱり今年は難しいの?」


 晴雄を背中に乗せて腰を曲げている秀俊に対して美友紀が問いかける。


「いや。まだ試験期間中じゃん。それにテストが終わったら夏期講習もあるから、そっちの準備も必要だし」


「あの隣駅にある予備校の? あそこはエグいとこで有名じゃん! なおさら今のうちに息抜きしとかないとだめだろ。祭りの方が大事大事!」


 晴雄が秀俊の背中から降りながら彼の背中をたたく。


「まあ、それもそっか。岩野の懇願に免じて参加するよ」


 その言葉を聞いて忌子はほっとする。せっかくの晴れ舞台を見てもらえなかったら困る。安心して美友紀の顔を見ると、秀俊を誘った割には浮かない表情なのが気になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ