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桜の木の下で


 「あれ? フレイヤ様は?」


 ふと顔を上げ、周りを見渡すけれど探しているその人はいない。

 いつの間にやら人の流れに見失ってしまったみたいだ。さっきまで隣にいたはずなのに。


 「あぁ、フレイヤなら寮の部屋に忘れ物だって」


 私の疑問に答えてくれたのはノアだった。……なんで私じゃなくてノアに伝えたんだろ。


 「ふぅん、そっか」

 「……なんであんたじゃなくて私にって思ってるでしょ」

 「うぐっ」


 どうやら不満が顔に出てたみたいだ。簡単に当てられてしまって、視線が泳ぐ。

 呆れ顔のノアの横でアメリアまでなんだかおかしそうに笑ってるから、よっぽどわかりやすかったみたいだ。こういうとこ、直さなきゃなって思うけど当分無理かも。


 「ユーリさんはほんとにわかりやすいですよね」

 「ま、そこがユーリらしいって言えばらしいわよね」

 「……ふたりともなんでそんなに私の考えてることわかるの?」

 「「あんた(ユーリさん)がわかりやすいから」」


 声まで揃えてそう言われちゃうと否定もしようもない。しかもわかりやすいからわかりやすいって答えになっているようで答えになってないし。


 ほふっとため息をひとつつきながらも、ふたりには勝てそうにないのでここは戦略的撤退かな。


 「ちょっとフレイヤ様を迎えに行ってくるね!」

 「あ、逃げた」

 「お熱いですねぇ」


 後ろから聞こえてくるふたりの声を無視して、私は人の波に飛び込んだ。うん、聞こえなかったっていうことにしよう。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 入学式を控えた校内は静かなものだった。

 明日から私もセンパイだと思うとちょっとくすぐったいような気持ちもする。

 ほんの1年前、ゲーム本編が始まる時は妙にそわそわしてたっけ。フレイヤ様と仲良くなったあの時、彼女の破滅への道を阻止しようと決心はしたけど、これからどうなるのか、どういった相手と対峙するのかまでは全くわからなかった。だから対策とかそんなものもできなくて。…………そもそもこういう転生って知ってる世界にするもんじゃないのかな。妹の推しだったとは言え、何も知らない私が転生するのもおかしな話だよね。


 「……あれ?」


 通い慣れた校舎の中を考え事をしながら歩いていると、いつの間にか中庭に出てしまった。寮に向かってたはずなのに。

 ふわり、と吹いてきた風と陽気に誘われて自然と足が小高い丘へと向かう。うん、ちょっとだけ。せっかくこれだけ天気がいいんだから、お散歩くらいならいいよね。さすがの私もフレイヤ様を迎えに出たのにお昼寝まではしないよ? 今日が絶好のお昼寝日和だとしても、ね?


 自分自身に言い訳を重ねながらもゆっくりと丘へと向かう。アメリアと初めて出会って、フレイヤ様へ想いを伝えたその桜の木の下へ。

 そして辿り着いた先に、迎えに行こうとしていた人の姿を見つけてしまった。


 私に背を向けて桜を仰ぎ見る彼女の金色の髪が風に揺れる。ふわり、ふわり、柔らかく手触りのいいそれが舞っている。

 私の気配に気づいたのか、こちらを振り返る。大好きな碧い瞳が真っ直ぐに私を射貫き、そして笑顔の花が咲いた。

 

 「ユーリ」


 耳に届いたその声も、差し出される手も、何もかも。初めて出会った時に感じた思いを揺すぶってきて、じわじわとお腹の底から胸元へと暖かいものが駆け巡っていく。

 衝動的に抱きしめたくなったけど、ここはちょっと我慢で。さすがに人が少ないとはいえ校内で抱き合うのは、ね。


 「フレイヤ様、ここにいらっしゃったんですね」

 「えぇ、とても立派に咲いていたもので。寮からの帰り道、思わず立ち寄ってしまったわ」


 そう言いながらフレイヤ様が桜を仰ぎ見る。私もつられて顔を上げると、一陣の風が吹き花びらが舞った。


 「確かに、すごいですねぇ」

 「えぇ。この学園の名物、ですからね」


 そういえば妹の部屋にあったポスターには桜の木が描かれてたっけ。パッケージにも桜の木と、アメリアや王子たちのイラストがあったような。うろ覚えだし10年以上前の記憶だけど、なんとなくそんなイメージがある。


 「なんかこれだけ立派だと、この木にまつわる伝説とかありそうな感じがしますね。ほら、満開に咲いたこの木の下で告白したら末永く幸せになれる、とか」


 よくあるよね、学校の七不思議みたいな迷信。好きな人の名前を書いた消しゴムを誰にも気づかれずに使い切ったら成就する、みたいな。眉唾もののおまじないみたいなもの。

 そんなことを思いながら冗談半分で言ってみる。


 「……えぇ、そうね」


 なのに返ってきたのはどことなく落ち着きのないフレイヤ様の声だった。


 「フレイヤ様?」

 「…………ねぇ、ユーリ」


 不思議に思いながらフレイヤ様の顔を覗き込むように見ると、ほんのりと頬が赤くなっていた。その真意を問いただす前にフレイヤ様は真っ直ぐと私のほうに向き直り、何かを決心したように見つめてくる。……おぉ?


 「ユーリにね、言いたいことがあるの」

 「ふぇ? は、はい」


 あまりに真剣なその声に思わず声が上ずる。そんな私にお構いなしに、フレイヤ様はさらに距離を詰めてきて――


 「ユーリ、あの時の誓いはまだ有効、よね?」


 ――そう言った。

 

 ………………………………。

 ………………………………あの時、とは?


 必死になって記憶の引き出しを開け閉めしている私を置いて、フレイヤ様は真剣な目のままにこちらを見ている。こ、これは……忘れた、とか言えない、やつでは?

 内心あたふたしている私。そして何かを察したようなフレイヤ様。あ、呆れたようにため息ついてる。


 「忘れたのね?」

 「え、えっとぉ………………はい」

 「そんなことだろうと思ったわ」


 誠に申し訳ない。

 ただ、急に言われたところでどれの、何の話なのか思い至れないだけなんです。


 「…………まぁ、良くないけれど良いわ。ユーリのことだもの、何か意図して言っていたわけでもなかったのだろうし」


 考えなしだと思われているんじゃないだろうか。それを否定しきれないのが悲しいところなんだけど。

 

 「それに、貴女にばかり言わせるのもずるい、わよね」


 フレイヤ様が何かを小さく呟き、そしてまた真剣な目になる。弛緩した空気がピンと張り詰めた気がする。


 「ユーリ」


 名前を呼ばれ、そして少し近づく。


 「私は、貴女と出会ってからずっと、あの日からずっと、貴女のことが好き。だからこれから先、ずっと……生涯、私の側にいて」


 彼女の手が私の頬に当てられる。少し冷たい指先と、じんわりと暖かい掌。緊張した表情は、あの日私に対して謝った幼い日の彼女を彷彿とさせる。そう思うと心の底から愛おしさとおかしさが沸いてきて、思わず笑いそうになってしまう。こんなに大きくなったのに、何も変わらないんだなって。


 「えぇ。もちろん。剣に誓って、生涯貴女の側にいます」


 だからとびきりの愛を込めて、そう答えた。

 






 「……というか、フレイヤ様。私、結構前に告白しましたよね? 正式に婚約者にもなったのになんで今になってお返事をくださったんですか?」

 「………………ちゃんと、答えてなかったから」

 「フレイヤ様は律儀ですよねぇ」

 「ゆ、ユーリに言われたくないですわ! いっつもいっつも、忘れてるのかと思ったらちゃんと覚えてるんだから……ッ!」

 「え?」

 「もうッ! 知りませんッ!」

 「あ、ちょっ、フレイヤ様! 待ってくださいって!!」




 


これにて(原作)本編終了です!

ご愛読ありがとうございました!


この後はちょっと後日談とかおまけ的なお話をいくつか書こうと思っています。

いろいろとね、ユーリさんとフレイヤ様の大人の階段的なアレコレが残っておりますのでね。ふたりとも奥手なのでR指定には引っかからないはず。

他にも妄想ダダ漏れ作品をいくつかマイペースに書いておりますので、更新は不定期(すでに不定期ですが)で行おうかな?くらいのテンションです。

お時間がある時に読んでいただけると幸いです。




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