お父様たちの悪巧み
っぶなかったぁ……つい雰囲気に流されてフレイヤ様とその、キ、キスするところだった。
今日はフレイヤ様に会いに来たのにリタさんのクッキーに夢中になっちゃって……いやだってリタさんのクッキーだよ? 最近食べてなかったし、私のために用意してくれたって聞いたら食べるよね。もりもり食べるよ。うん。私が悪いね。
私が悪いのはわかってるけど、その食べかすをフレイヤ様ったら指で摘んで食べちゃうんだもんっ! 普段は絶対そんなことしないのに! びっくりするさ!
ノアもそうだけど、貴族のお嬢様方はそもそも食べ方が綺麗だし口を拭う時はちゃんとナプキン使ってるからね。私は意識しないと優雅な食べ方はできないし、できればしたくない。テーブルマナーって堅苦しくて食べた気がしないんだもん。
ドキドキと鼓動を刻み続けている胸を抑え込みながら、扉に振り返ればそこにはフレイヤ様のお父様――ベロニカ公爵がいた。
「やぁ、ユーリ。久しぶりだね」
ベロニカ公爵とお会いするのは本当に久しぶりだ。フレイヤ様の5歳の誕生日以来――ではないけど、年に1回会うか会わないか。それも挨拶程度しかできないくらい、公爵は忙しく領地と王都を行ったり来たりしていた。フレイヤ様のおうちには何度も来てるけど、ちゃんと顔を合わせるのはお母様くらい? そのお母様も普段は王都での夜会やお茶会で忙しそうにしていたから、ゆっくりとお話をしたのは数えるほどだ。
「フレイヤ様、ご無沙汰しております」
そしてもうひとり――
「……お父様?」
「やっぱりここにいたんだね、ユーリ。家にいないからそうじゃないかと思ったよ」
万年お花畑を背景に咲かせている我らがお父様だった。なぜか呆れたように私のことを見ている。
「どうしてここに?」
「……あれ? 手紙受け取っていないかい?」
「手紙?」
「学園が休みに入る前に出したはずなんだけど……」
「……ハリソン、まさかと思うが寮に宛てて出したんじゃないか?」
「えぇ、春期休暇に合わせて帰って来るだろうからって。休暇初日には着くように出しました」
「ふたりは休暇の前日には出立すると伝えていたのに?」
「あ!」
あ! じゃないよ。それじゃ私の手元に来るのは学園が始まってからじゃないか。
「王都にいるんだから直接連絡してくださればよかったのに」
「いやぁちょっとあっちこっちでバタバタしてたから手紙のほうが確実だと思ったんだけどね」
あはは、と笑うお父様。こういうところはなんというか……お父様らしい。抜けてるっていうか、ぼんやりしてるっていうか。天然なんだよね、うちのお父様。
「……それで、私とユーリに用件というのは?」
フレイヤ様がじとっとした目で公爵様を見てる。なんか不機嫌……?
別にフレイヤ様と公爵様は仲が悪いということもないし、むしろ公爵様はフレイヤ様のことを溺愛してると思ってたんだけど……もしかして、フレイヤ様には心当たりがあるのかな? 例えばフレイヤ様の婚約の話、とか。
それはありえない話じゃないだろう。そもそもフレイヤ様は公爵令嬢だっていうのにそういった話は今までなかったみたいだし、婚約者だっていない。だからこそ私が告白してこ、恋人同士になれたわけだし。
私がこの場に呼ばれていたのも、そういうことかも? フレイヤ様のお兄様――アイザックさん曰く、お父様たちは私たちの関係のことを知ってるみたいだ。私はいわば、嫁入り前のご令嬢と恋仲になっちゃった木端貴族の娘だもんなぁ。公爵様の一言できっと関係解消なんてあっという間だよなぁ。
「ユーリ、君が考えているようなことじゃないから安心しなさい」
「ふぇ?」
いつの間にか考え込んでいたみたいだ。公爵様の声に顔を上げると、私以外の3人がじっとこちらを見ていた。
「……私、声に出てました?」
「いや。だが君が何を考えているのかはわかるよ」
「ユーリはわかりやすすぎるのよ」
…………私ってそんなにわかりやすいのかなぁ。ここまでいろんな人に言われると隠し事とか全くと言っていいほどできなさそうなんだけど。
「まぁまずはお茶でもどうかな? せっかっくだしゆっくりと話をしたい」
公爵様の提案でソファーからテーブルへと移動することにした。私とフレイヤ様、公爵様とお父様がお互い対面に座る。
ベルで呼ばれたリタさんが温かいお茶を再び用意してくれた。
「さて、ふたりに大事な話があるんだ」
お茶を一口飲んだ後、公爵様が口を開いた。隣のお父様も穏やかな表情で微笑んでいる。
「実はね、フレイヤとユーリには婚約してほしい」
「…………へ?」
「…………え?」
こんやく? こんやくって……婚約?!
「え、ちょ、待ってください! 私とフレイヤ様、女同士ですよ?!」
「そ、そうです。お父様! 確かに私とユーリはその、こ、こ、恋人になりました! ですが女性同士で婚約は――」
「できますよ、フレイヤ様」
「恋人同士ならば問題ないだろう、ユーリ」
なんで当事者の私たちよりお父様たちのほうが冷静なのかなっ?!
「あぁ、女性同士の婚姻は昨今は珍しいからな。あまり知られていないし、ふたりが知らないのも無理はない」
公爵様が事の顛末を説明してくれた。
今は平和なカランコエ王国だけれど、その昔、戦乱の時代もあったとか。貴族は戦場に赴かない――わけじゃない。魔法を使える貴族は立派な戦力だ。長男はお家存続のために投入されることは稀だったけれど、次男以下はそういうわけにもいかない。そうすると、どうしても男性が戦争に駆り出されることで女性が多く、男性が少なくなってしまう。生涯独身でいることが恥とされる文化のある貴族社会では苦肉の策として婚姻に性別を不問とした。跡継ぎ問題? それはある意味どうとでもなる。親族から養子を迎え入れたり、とか。
「ふたりの婚姻には我々にとっても利益となるんだ」
「サルビア家は優秀な家系だが、後ろ盾がないに等しい。サフラン家の血筋ではあるけれど、それ以外には何もない。ただベロニカ領内に住まわせてもらっているだけ、というのが現状だからね。ベロニカ家と関係を強化できるのは願ったり叶ったりなんだよ」
お父様たちの説明にフレイヤ様は難しい顔をしていた。
「……それは、私たちを利用しているという建前、ですか?」
「フレイヤはさすが、鋭いな。…………まぁ親心だとでも思ってくれ。君が望まない婚姻をさせたいとは思えないんだよ。私は権力のために君を利用されたくない」
……つまりそういう理由を作ることで私たちが結ばれることを認めてくれる、ということかな?
「娘に幸せになってほしいと願うのが親だ。それに、ユーリなら安心してフレイヤを任せられる」
そう言いながら笑う公爵様に私は背筋を伸ばした。ここは、あの言葉を言う時だろう。まさかこんな形で言うことになるとは思わなかったけど!
「はい。フレイヤ様は私が必ず、幸せにしてみせます。フレイヤ様を、私にください」
「……はは、よろしく頼むよ」
なぜか横から冷気が漂ってきた。
ぶるっと体を震わせてからフレイヤ様を横目に見ると顔を真っ赤にしていた。動揺して魔力が漏れちゃったみたいだ。
「ユーリはいっつもいっつも……ずるい」
「え? なんかしちゃいましたか? え、ちょ、フレイヤ様っ! 冷たい、冷たいです!!」
フレイヤ様から冷気が漂わなくなるまですっごく寒かった。




