素直な彼女と素直になれない彼女 side:フレイヤ
「ユーリ様っ! ローラとお茶しましょう」
「えぇ、いいですよ」
ユーリの腕を取って引っ張るローラに、ユーリはいつも通りのにこにことした笑顔で応えていた。心做しかいつも以上に表情筋が緩くなっているように見えるのは穿ちすぎだろうか。
終いにはローラの頭を撫で始めるユーリに、それを喜々として受け入れ、それどころか大人顔負けの恍惚とした表情をするローラ。
目の前で繰り広げられている光景に思わず拳を握り込みそうになる。
「フレイヤ様もご一緒にいかがですか」
じぃっと見つめていたのに気づいたのか、ユーリが私のほうへと近づいてくる。相変わらずへなっとした表情をしているけれど、どこか眉が垂れ下がっているのは私の心の機微を感じ取っているからだろうか。
「私は遠慮するわ」
大人げない言葉が口を突いて出た。本当はユーリの隣で、ユーリとだけ一緒に過ごしたい。ここ、カポック領に来てからこちら一緒に過ごす時間は極端に少なくなってしまった。滞在前半はローラが常に私の側にいたし、後半はこうしてユーリの側にローラがいる。かわいい妹のような彼女だけれど、ユーリとの時間を削られていることだけが不満だった。
そうして飛び出た私の言葉にユーリは垂れ下がった眉をさらに下げ、そして寂しそうな顔でこちらを見つめてきた。なんだか怒られた飼い犬みたいに尻尾や耳が垂れ下がっているようにも見える。
「…………私は、一緒が、いい、です」
私にしか聞こえないくらいの声量。それもとても悲しそうな。
そんなかわいいことを言われて頑なに「ノー」を言い続けられるはずもなく。ただため息を大きくつくのは我慢できなくても許してほしいと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ…………」
「お嬢様、ため息が多いですね」
ローラとユーリとのお茶会を終え、カポック伯邸の私が借りている部屋に戻ってきたところで今日一番のため息が出た。傍らにいたリタに指摘されるまでもなく、私自身ため息が増えている自覚もある。
「あまりため息ばかりついていると幸せが逃げるそうですよ」
「…………」
意地悪なことを言うリタをじとっと見つめてみるけど、そこはリタ。普段通りの澄ました顔だ。
「カポック領滞在もあと2日。帰ったらいくらでもユーリ様とお過ごしする時間はありますよ」
「……わかってるわ」
わかっている。数年に一度、それも久しぶりに会えたローラと過ごす時間は貴重だ。私のことを慕ってくれているローラを無下にすることはできないし、ローラがユーリに懐いてくれるのも歓迎すべきことだ。初めはユーリのことを目の敵にしていたのだし。
わかってはいるけれど――
「それでも、ユーリとの時間が減ってしまうのは嫌なの」
「お嬢様も随分と素直になられましたね」
くすくすとリタが笑う。今までだってユーリのことを相談してきたけれど、この想いが通じてからは今まで以上にリタ相手だとぽろぽろと言葉と考えが溢れ出てしまう。ユーリ相手だとまだまだちゃんと伝えられないのに。
はぁ、とまたため息が漏れた。
「ほら、また」
「この部屋でくらい許してちょうだい」
「私は構いませんが――」
リタの言葉を遮るようにコンコンッとノックの音が響いた。何かを言いかけたリタはその続きを言うことなくすぐにドアへと向かう。
「お嬢様、ローラ様がいらっしゃいました」
「ローラが?」
先ほどまで一緒にお茶をしていた妹の来訪に思わず首を傾げた。今は夕食前の自由時間、のようなもの。お茶会の終盤に殿下が現れ、ユーリを連れて行ってしまったので自然と解散になってしまったのだ。ローラもここ数日遊んでばかりだったからか、自室で勉強をすると言っていたはず。なのにあれからそれほど時間が経っていないにもかかわらず、こうして私の部屋を訪ねてきている。
何かよほどのことがあったのだろうか。
「入れてあげて」
「かしこまりました」
短いやりとりの末、ローラは私の部屋に入ってきて私と対面するようにソファーに座った。
「フレイヤお姉様、おくつろぎのところ申し訳ございません」
「気にしなくていいわ、何かあったの?」
開口一番、そう言いながら目を伏せるローラに先ほどの心配が強くなる。普段から元気いっぱいのローラがしゅんとした様子は珍しい。
さらには何か迷うように両手の親指をしきりに擦り合わせている。
言いづらそうに何度か口を開けては閉めるローラ。少し待っていると意を決したのか、顔を上げ私のほうをじっと見てきた。
「フレイヤお姉様とユーリ様は、どういうご関係なのですか?!」
どう、答えるべきなのかすぐには思いつかなかった。だから無難な言葉を選び取る。
「どういうって…………幼馴染、よ」
「それだけ、ですか?」
「それ以外に何があるの?」
「えっと……恋人だったりは、しませんの?」
「………………」
ここで肯定できればもっとユーリに私の気持ちを伝えることだってできていただろう。第一、私はユーリにまだちゃんと「好き」と伝えられていない。苦し紛れに好意を伝えはするけれど、直接言葉でユーリ自身のことを好きだと、愛しているのだと伝えられていないのだ。なのに「恋人」や「婚約者」という関係を肯定できるはずがない。
「では、ローラがユーリ様のことをお慕いしていても問題ないですのね」
悶々としているところに聞こえてきたローラの言葉に思わず顔を上げた。心底ほっとした様子のローラ。
仮に私とユーリが恋人同士であった場合、私のことを慕ってくれているローラはその想いに罪悪感を覚え、想い自体を封じ込めてしまっていただろう。ローラはそういう子だ。臆さず自分自身の気持ちや意見を真っ直ぐに口にするけれど、決して思いやりがないわけではない。……ただ少し、真っ直ぐすぎて暴走してしまうことがあるくらいだ。
「ローラは、その、ユーリのこと……」
「はい、好きですわ。もちろん女性として」
何の衒いもなくそう言い切る彼女が眩しく見えた。
「初めはフレイヤお姉様の立場やお優しさを利用して纏わりつくお邪魔虫だと思っておりました。だってローラは一度もお会いしたこともなかったのですもの。お茶会の時に他の令嬢方から変わり者なのは聞いておりましたし、フレイヤお姉様を困らせているに違いないと思っておりました。良い印象はなかったからこそ、あのような態度を取ってしまったことは反省しております」
そこまで言うとローラは一度言葉を切り、いつの間にかリタが用意してくれていたお茶を一口飲んだ。
「でもどれだけ悪態をついても、ましてや危険な目に遭わせてしまったのに、何も気にした様子もなく笑顔でいられるユーリ様にローラは胸を射抜かれてしまいました。こんなところですもの、王都に行けば表面上は取り繕っていても辺境伯領を馬鹿にしている貴族の方々は大勢いらっしゃいますのにユーリ様はそんな様子も一切ありません。我儘なローラを嫌うでも避けるでもなく、何度も手を差し伸べてくださる。それを心の底からそう思っているのだとわかる。お慕いしないわけがありません」
ほんのりと頬を赤く染めながら胸の前で両手を組んでいる様子はまさに恋する乙女だ。
ユーリが悪いわけではないけれど、こうも女性を虜にしてしまう彼女の魅力は身を以て知っている。だからこそ誰彼構わず魅了してしまう好きな人にもやもやしてしまう。
……私がちゃんとユーリに想いを伝え、正式に婚約者になれば解決するのだろうけれど。いや、ユーリのことだから無自覚に、無意識に私が見ていないところでまた誰か魅了してしまうんじゃないかしら。
「明日、ユーリ様に想いをお伝えしようと思っておりましたの。それで、フレイヤお姉様には事前にご報告をさせていただきましたわ」
「……なぜ、私に?」
「先ほど申しました通り、フレイヤお姉様とユーリ様が恋仲なのではないかと思ったからですわ」
「そう…………どうしてユーリに言おうと思うの?」
明確に関係性を答えられない私は、話題を逸らすことしかできない。だから貴族令嬢があまりしない、想いを直接伝えようとするローラの心情を問うことにした。ローラは真っ直ぐと私のことを見つめている。その瞳には芯の強さを表すような煌めきが見えた。
「思っていることはちゃんとお伝えしないと伝わりませんから」
言葉にしすぎてお父様には怒られるのですけれどね、とローラは舌を出しながら続けた。




