恋のライバル?
「フレイヤさ――」
「お姉様! ローラと一緒に街に行きましょう!」
「あ、お持ちしま――」
「メイド! フレイヤお姉様の荷物を持ちなさい! 早くなさい!」
「お手を――」
「フレイヤお姉様っ! こちらですわ、ローラのお隣にどうぞ!」
カポック伯のお屋敷にお世話になること3日。事ある毎にローラちゃんが私とフレイヤ様の間に割り込んで来る日々が続いていた。
最近だと話しかけることすらもままならないくらいにローラちゃんがフレイヤ様の横にべったりくっついてる。フレイヤ様も小さな女の子を邪険にはできないみたいで、困ったような顔でローラちゃんを見つめていた。ちらっと視線が合った時に「気にしないでください」って笑顔で念を飛ばしたら何故かムッとした顔をされた。違ったみたいだ。
「…………はぁ」
「面白いくらいに敵対視されてるな、ユーリ」
視察のために山の麓へと向かう馬車の中、溢れたため息に王子がクツクツと笑いながら言ってきた。
ローラちゃんがフレイヤ様にべったりで、フレイヤ様が乗ってる馬車から追い出されてしまったのでこうして王子の乗る馬車に揺られているわけなんですが。何が面白いのか楽しげに笑っている王子に思わず恨めしさが籠もってしまう。
「なんであんなに嫌われているのか、全くと言っていいほど心当たりがないんですが」
「あぁ、ローラ嬢はフレイヤ嬢のことが大好きだからな」
「それだけで……?」
「大好きなお姉さまの横に見たこともない男がいればそうなるだろ。取られるかもしれない――ってな」
「私、女なんですけど……」
わざと「男」って言ってるあたり、本当に王子はこの状況を楽しんでいるな。
まぁ今日行く予定の場所は道中、魔物や盗賊が出てくるといった危ない場面はないらしいのでローラちゃんが一緒でも問題はない。それに私は別にあの子のことが嫌いなわけじゃない。一生懸命背伸びしてる感じがかわいいし。だから仲良くなれればと思ってるんだけど、やたらと敵視されてるから反応に困る。
「まぁそんなに落ち込むな。ここでの滞在中だけだろ。王都に帰ればまたいくらでもイチャイチャできるんだから」
「イチャイチャ……はしてませんけど。それより、フレイヤ様は辺境伯領に初めて来たとおっしゃってたのにどこでローラ様と出会われたんですか」
「なんだ、フレイヤ嬢に……聞けないのか」
その通り。本当はフレイヤ様に直接聞ければいいんだけど、ローラちゃんガードが強すぎて一時たりとも話ができないような状態だ。夜にフレイヤ様の部屋に行くわけにもいかないし……さすがに以前の勘違いもあるし、ここ数日の状況にフラストレーションが溜まってる中でふたりっきりになると離れたくなくなっちゃいそうなんだよね。寝巻き姿のフレイヤはあどけない感じがして今の私には危険だ。
「俺も詳しくは知らんが……数年前、ローラ嬢が王都に来た際に迷子になったんだ。その当時、俺は俺で剣術の稽古やら魔法の練習やらで忙しくて後で聞いたくらいだがな。その時にたまたまベロニカ領から王都に来ていたフレイヤ嬢が保護したことで、ローラ嬢が懐いたんだよ。それ以来、カポック伯が辺境伯領から王都に来る事自体は少ないが、その少ない機会には必ずローラ嬢が一緒に来てるな」
「私は会った覚えがないんですが」
「そりゃお前はそもそもお茶会の類にほとんど出席してないだろ」
ごもっとも。幼少期は特にお茶会のお誘い自体も少なかったし、ノアくらいしか貴族の子との関わりもなかった。フレイヤ様と交流するようになってからもわざわざ王都まで行くようなお茶会は数えるほどしか行ってない。
「まぁローラ嬢はルイスと同い年くらいだろ? 手のかかる妹だとでも思って見守ってやれ」
そう言いながら王子はまたニヤニヤした。
◇ ◇ ◇ ◇
馬車に揺られて辿り着いたのは山の麓。林業の、木材置き場だ。
森の手前の開けた場所に枝を切り落とされ、丸太状になった木が何本も積まれている。だだっ広い広場にはぽつんと1軒だけ事務所なのか、ログハウスが建っていた。
馬車から降りた私たちは一度そのログハウスに挨拶に行き、担当者に連れられて木材置き場の中を案内されていた。
「ほぅ、さすがカポック伯領の木材は良質なものが多いな」
「さすが殿下。木材の違いまでわかるのですね」
案内担当のおじさんが嬉しそうに木材の説明を始めた。王子の言う通り、カポック伯領の木材は良質なものが多い、らしい。私に木材の良し悪しは全くわからないから、言われるがままに積み上がった丸太の山を見上げるだけだ。
「ふっ、アホ面ですわね」
ぽかんと見上げていれば横から馬鹿にした声が飛んでくる。振り返るまでもなくローラちゃんだね。
視線を落とせばやっぱりローラちゃんで、いつの間にかフレイヤ様から離れて私の横に来ていた。フレイヤ様は王子と一緒に担当のおじさんの説明を熱心に聞いている。ふたりはお仕事しに来てるから当然だね。
で、ローラちゃんは相変わらずのふんぞり返りで私のことを下から見下している。……下から見下すって器用だな、この子。
「なんでフレイヤお姉様の横にあなたみたいなのがいるのか甚だ疑問ですわ」
はぁっと大げさなくらいのため息をつきながらローラちゃんは両手を上げながらやれやれって感じのポーズをしている。この子の仕草はいちいち演技がかっていて、ちょっと微笑ましい。
「ローラ様はフレイヤ様のことが大好きなんですねぇ」
「もちろんですわっ! あなたなんかよりもよっぽどローラのほうがお姉様にお似合いですもの!」
ビシッ!と音が出そうなほどの勢いで指さしてくるローラちゃん。人を指さすのはやめようね。
「ローラのほうが勉強もできますし、魔法だって大得意なんですからねっ!」
「ローラ様は勤勉なんですねぇ」
「馬鹿にしてますわね! いいですわ! 見てなさい!」
「え……」
私が止めるよりも早く、ローラちゃんが魔力を練り始め、そして不十分な練り上げのまま魔法を行使してしまった。
「ロックアロー!」
ボコボコと地面から生えてきた土の矢が木材の山のほうへと飛んでいく。コントロールが甘い。それもそうだろう。ムキになっていたローラちゃんはろくにターゲットも定めず、魔法を放ったのだから。
だからそれがすぐ近くにある木材に当たり、バランスよく積み上げられていた山に衝撃を与えて崩してしまうなんて思いもしなかったんだと思う。
派手な音を立てながら木材の山が崩れる。幸い話している間に王子たちは少し離れた場所まで移動していて、私とローラちゃん以外に近くには人はいなかった。ただ突然のことにローラちゃんは完全に固まってしまっていて、逃げることもせずに呆然と崩れてくるのを見ているだけだ。
「ッ! ローラ様ッ!!」
風をぶつけて木材を飛ばすと二次災害になりかねない。だからとにかくローラちゃんを助ける。
一瞬の判断で風の魔法を体に纏わせ、地面を蹴る。
――間に合うッ!
駆け抜ける中で手を伸ばし、ローラちゃんの体を抱きとめた。
――ドゴォオオオンン!!!
あっぶなかったぁ。
地面に転がりながら、さっきまでいた場所に転がる大きな丸太を見つめる。あれに潰されていたらと思うとゾッとする。
体を起こし、私の腕の中に収まっているローラちゃんに目を向ける。特に怪我をしている様子もないけど、まだ放心状態なのかぼんやりとしている。
「ローラ様、お怪我はないですか?」
「………………うん」
「怖かったですよね、もう大丈夫ですよ」
柔らかい彼女の髪を撫でながら、私自身もほっと息をつく。いくらでも避けようもあったし、対処もできただろうけどやっぱり緊迫した状況は慣れないものだ。いくら剣と魔法の世界とはいえ、貴族として生きてたら危険なことに巻き込まれることなんてそうそう……………………最近はよくあった気がするな。
「ユーリ! ローラ!」
「フレイヤ様、こちらです」
丸太の山が崩れる騒音を聞いてフレイヤ様が血相を変えてこちらに走ってきた。ローラちゃんを抱きしめている私を見つけて明らかに安堵しているようだった。
「大丈夫です。ローラ様もなんともなさそう――」
「ユーリ」
何事もないとフレイヤ様に応えようとしたところで、フレイヤ様に抱きしめられた。地面に座りこんだ私の頭を抱え込むような形だ。
「え、あの、フレイヤ様……?」
「血、出てる」
「あ、そんな、ハンカチが汚れてしまいますよ」
左頬をフレイヤ様がハンカチで抑えようとするところを慌てて止める。
「ハンカチは汚すためにあるのよ。それより、動かないで」
「…………はい」
さっきまで感じていなかったちりちりとした痛みが左頬に走るけど、私は今それどころじゃない。フレイヤ様が近い。
ただでさえ最近ローラちゃんがべったりだったから一緒にいる時間が限られていたのに、こんなに近づかれて、それも心配そうに顔を覗き込まれている。うぐっ、かわいい。
「…………ごめんなさい」
あまりに近いフレイヤ様に悶々としていたところで、下から消え入りそうな声が聞こえてきた。
視線を下に向ければ俯いたローラちゃんがぎゅっと私の服を掴んでいた。
「ローラ様?」
「ごめん、なさい。ローラのせいで……」
「ご心配には及びませんよ。かすり傷です」
「でも……っ」
「……それでしたら」
俯いていたローラちゃんの顔を上げさせる。今にも泣きそうな、小さな女の子。いたずらをして怒られたルイスそっくりのその表情に思わず口角が上がってしまう。
「私と仲良くしてくださったら嬉しいです」
にっこりと微笑んで言う。
ローラちゃんは大好きなフレイヤ様を私に取られるのが嫌で今までツンツンとした態度をしてきたんだろうけど、私はローラちゃんと仲良くなりたい。この子はきっといい子なんだと思う。素直に謝れるし、自分が悪いって理解してる。そんな子が罪悪感に押しつぶされそうになっているのを放っておけるはずない。私はお姉ちゃんだからね。
「………………はい、ユーリ様」
たっぷりと時間を開けてローラちゃんが頷いてくれた。頷いてくれた、のはいいんだけど……
「ローラも、ユーリ様と仲良くなりたいですわ」
ぽーっとした表情で、頬を赤く染めながらローラちゃんが私にすり寄ってきた。とても嬉しそうに。
……………………んん?
「……………………はぁ」
「なんだ、やっぱりユーリはユーリだな」
遅れてやってきた王子が楽しげに笑い、フレイヤ様が私の頭をもう一度抱きしめながらため息をついているのが聞こえる。
……ってか痛い。いたいたいたいたいっ! フレイヤ様、なんか力入ってませんかっ?!!




