原作ヒロインの気持ち side:アメリア
大通りでたまたま会ったユーリさんはどこか元気のない様子だった。
荷物持ちを買って出てくれて、孤児院まで運んでくれた。お礼にとお茶を出した。普段彼女が飲んでいるようなものとは比べ物にならないくらい安いものだけれど、ユーリさんは特に気にする様子もなくカップを傾けている。そんなユーリさんを横目に盗み見てみる。やっぱりいつもより元気がない。それを誤魔化すように笑っているけれど、私だってもう何ヶ月もユーリさんと過ごしてきたんだ。……実地訓練以来、どこか上の空だったり突然どこかに走り去ったりとおかしな様子が続いていたこともあったけど。
「それでね、ノアが――」
思い出し笑いをしながら話し続けるユーリさん。さっきからほぼ一方的にユーリさんが話してくれているけれど、その話にはいつもだったら出てくる人の名前が出てこない。
何ヶ月も一緒に過ごしてきた。
だから、ユーリさんの気持ちも見えていた。
ここのところの様子が前にも増しておかしいのも、今なお誤魔化しているような様子からも、わからない私じゃない。
『私のッ! フレイヤ様に何しやがったぁあああッ!!!』
そう叫ぶ声が聞こえてきたあの時。
殿下やノア様に言われ、ダンスパーティーが行われていたホールの外に騎士の方々と私は待機していた。何かあればすぐに治療ができるよう、そして万が一にも私に危害が及ばないように外で待つことになった。
中の様子をノア様は決して見せてはくれなかったけれど、今までに聞いたことのないユーリさんの声はしっかりと私にも聞こえた。
いつもは優しく、柔らかいユーリさんの声が、きっと誰も聞いたことがないんじゃないかっていうくらい怒っていた。同時に膨れ上がった魔力に、中の状況は見えなくても何があったのかすぐにわかった。
幸いにもノア様が用意していたお守りが作動して大事には至らなかったけれど。
ユーリさんの気持ちに、確信が持ててしまった。
きっと出会った頃からわかりきっていた結果に心はチクリと痛んだけど、どこかスッキリもしている。
だけど、目の前で誤魔化すように笑っているユーリさんにはちょっと我慢がならない。それに、やっぱりこの想いはちゃんと伝えたい。
「ユーリさん」
少しだけ震える手を握り込み、できるだけ穏やかな声を意識して呼びかけるとユーリさんの瞳が私を捉える。宝石みたいにキラキラとした目は真っ直ぐとこちらを見ている。それだけでやっぱり心臓が暴れだしそうになるけれど、ぎゅっと握った手にもうひとつ力を込めて飲み込んだ。
「――私、ユーリさんが好きです」
声に出した瞬間、やっぱりドクドクと胸の中が騒がしくなった。頬にも熱が集まってきたようで、耳まで熱い。視線だけは真っ直ぐにユーリさんに向ける。
一瞬、驚いたように目を見開いた彼女は次の瞬間には申し訳無さそうな表情になった。眉が垂れ下がり、瞳が揺れている。やっぱり、それが答えだ。
「アメリア――」
「わかってます。ユーリさんが誰を好きなのか」
わかっていても、やっぱりユーリさんが言おうとした言葉を聞きたくなかった。私が聞きたいのはその言葉じゃない。
「入学式の後、あの時ユーリさんに出会えてよかった。何度も声をかけてくれて、貴族も平民も関係ないって言ってくれて、私はすごく嬉しかったんです。ただ聖魔法が使えるだけの私を守ってくれて、信じてくれて。強くて、かっこよくて、いつもにこにこしてるユーリさんが大好きなんです。そんなあなたの隣に立てる私になりたかった」
駆け足だった心音が段々と緩やかになってくる。
「まだまだユーリさんの背中を守れるくらいの実力はないけど、いつかきっと――」
ふっと、息を吸い込んだ。
「――あなたと……フレイヤ様やノア様と、並び立てるようになります」
言い切った。握り込んでいた拳から力を抜き、緩く開くと手汗がじんわりと滲んでいた。私なりの決意表明に緊張していたみたいだ。
上がっていた心拍数も、駆け足だった鼓動もいつの間にか平常に戻っていて、深く呼吸をしながらユーリさんの様子を伺う。私が言った言葉に目をぱちくりさせている彼女の様子はどこか愛らしく、小さな子どものようにも見えた。それがおかしくて、真面目な表情を続けるのがちょっと難しくなってきた。
「……ふふっ」
笑いが溢れてしまった。そんな私にも未だ不思議そうな顔をしている彼女にさらにおかしさが増してしまう。
「あははっ」
「……アメリア?」
「あははは、すみません。ユーリさんの表情がおかしくて」
「……私、そんな変な顔してた?」
「いいえ。いつも通り、かわいらしいです」
「かわっ……」
なぜかユーリさんが顔を赤く染めている。「かわいい」という言葉が意外だったんだろうか。
「わ、私はかわいくなんかないよ」
「そんなことないですよ。ユーリさんはいつもかわいいです。剣を振るっている時はかっこいい、ですけど」
「うぅ……なんか今日のアメリア、強い…………」
困ったように眉を垂らしてから赤く染まった頬を隠すように両手で顔を覆われてしまった。もっと見ていたかったのにな。
少しの間そうしていたユーリさんは、何度か深く呼吸をしたら落ち着いたらしい。外された手の下の顔色は相変わらず赤いけれど、さっきよりも落ち着いた表情はいつも通りのユーリさんの笑顔だった。
「アメリア、ありがとう」
陽だまりのように微笑むユーリさん。心の奥からじんわりと暖かくなってくるようなその笑顔が、私は好きだ。それが向けられる相手がたとえ私だけじゃなくても、こうして向けてもらえるだけでいい。
だから私も笑顔になる。
「はい。これからもよろしくお願いします、ユーリさん」
「うん、こちらこそよろしくね、アメリア」
「それはそれとして」
「…………うん?」
「あの後ちゃんとフレイヤ様に想いは伝えられたのですか?」
「んぐっ、ぶふっ!!」
飲みかけていたお茶をどうにか吹き出すのをこらえ、そのせいか咽るユーリさんを見て色々と察してしまった。なるほど、そもそも休みにもかかわらず王都に残っていたのが答えだったか。
ノア様が「ユーリはここぞと言う時にヘタれる」って呆れ顔でおっしゃっていたのを思い出した。
「ユーリさん、さすがにフレイヤ様がかわいそうかと」
「………………はい」
「そもそもユーリさんは普段からフレイヤ様のお気持ちを考えないような言動が多いと思います。私が言うのも何ですが、私との時だって――」
気づけば外が真っ暗になるくらい、私はユーリさんのお説教を続けていた。




