ヘタレ主人公の逃避
クリスマスのダンスパーティーでの一件は、ノアのお父様によってそれはもう見事な解決を見せた。
メガネくんことアルフィー・ヒイラギを筆頭にある種クーデターのようなことを起こした数名は、蓋を開けてみるといわば操られていた状態だったらしい。邪神教を名乗る悪い大人に唆されて洗脳されていたんだって。だからって罪がなくなるわけでもなく。公爵令嬢を害そうとしていたわけだし、他の生徒にも恐怖を与えたしってことで国やお家からの追放までは免れたけれど今後国の要職に就くことは叶わなくなったんだとか。ま、教育は施されていたとはいえ、世襲で親と同じ役職につけるのもどうかと思うからそれはそれで良かったんじゃないかな。
もちろん彼らは退学を余儀なくされる――はずだったんだけど、そこも恩情。実質的には停学処分って感じで留まったらしい。これは被害者であるフレイヤ様側からの提案でもあった。要職に就けなくても彼らが優秀であることには変わりないのだから、それ相応の教育は必要。これからの態度次第で卒業と共に決断するべきだろうって。執行猶予という感じかな?
――ということを目の前でジト目をしているノアから聞いた。
「……で、あんたとフレイヤはどうなったわけ?」
「う…………」
それは………………ノーコメントでお願いしたいです。
「全く……普段は飄々としてるくせになんでこんなところでヘタれるのよ」
「……返す言葉もございません」
事実、逃げちゃったわけですし。
無自覚にフレイヤ様に対して告白をしてしまったあの騒動の中での言葉を、私はフレイヤ様に対して肯定も否定もできないまま冬季休暇に突入してしまった。で、地元に帰ればもれなくフレイヤ様と対峙しなくちゃいけないタイミングが盛り沢山になるので王都にあるノアの家に逃げ込んでいる。あ、年越しのタイミングでは帰るつもりです。家族――特に弟のルイスに怒られるし。お姉ちゃんもルイスに会いたいですしね。
「フレイヤ様、怒ってるよねぇ……」
「ま、誰かさんが血濡れのあの子をほったらかして走って逃げたからね。怪我もちゃんと治癒されてたから問題はなかったけど、ちょっとフラフラしてたし。騒ぎを知ったリタさんが迎えに来てくれてよかったわよ」
「うぅ…………」
「その後にも領地に戻るあの子の誘いから逃げ回った上に見送りもせずに姿くらますし。あんなしょんぼりしてるフレイヤ、初めて見たわ」
「うぅぅ…………」
「しかもその誰かさんは相変わらず従姉妹の家でぐずぐずうだうだしてるし」
ノアの口撃が止まらない…………
いや、私が悪いんだけどさぁ。わかってるんだよ、わかってる。でも……
「……どんな顔して会えばいいかわかんないんだもんんん」
「………………はぁぁあああ」
ここ数日、何度目かわからないこのやりとりにノアが深くため息をついた。それがまた私の心をグサグサ刺してくる。もうちょっと優しくしてくれてもいいんだよ?
「だってぇ……別に逃げるつもりはなかったんだよ? ちょっと頭沸騰しそうになったから思わず駆け出しちゃっただけで」
「………………」
「でも戻った時にはもうフレイヤ様いなかったし、その後も顔を合わせたら思い出しちゃって恥ずかしくてどうしようもなくて」
「………………」
「一緒に帰ったら馬車の中でも会話することになるじゃんか。そしたらなんて言えばいいのかわかんないんだもん」
「あーもう! うじうじうじうじ!! 辛気臭い!!」
そして今日はノアの限界に達してしまったらしい。バン!と机に手を叩きつけ、ついでに魔力がメラメラと……メラメラと?
「出てけぇえええ!!!」
「ちょ、ノア、燃えて……! あちぃぃ!!!」
炎に焦がされながら私はノアの館から飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇
ノアにこんがり焼かれるところだった……あぶない。
なんとか表面カリッとくらいで逃げ延びた私は王都の大通りをとぼとぼと宛もなく歩いていた。服がちょっと焦げてる気もするけど、ああは言いながらもノアは本気で燃やしてこないから大丈夫、なはず。毛先がちょっぴりくるくるしてるくらいだ。
「ほんとに、どうしたらいいんだろ……」
ぽつりと独り言が溢れる。あの日、あの時、思わず走って逃げてしまってからフレイヤ様とは話していない。ノアが言っていた通り、休みまでの短い期間でも逃げ続けていた。いつかのフレイヤ様と立場が逆転してる。
意図せず告白紛いのことをしてしまって顔を合わせづらいのもあるけど、一度逃げてしまったからタイミングを逃してしまっているというのが正直なところ、かも。自分自身、どうしてこうなっているのか、どうしたらいいのかわからない。前世も含めて初めての恋なんだもん。
もちろんいつかは好きだって伝えるつもりだった。でもそれはあの時、あのタイミングじゃなくてもっとこう、お洒落な雰囲気で――例えば満天の星空の下、とか。……なんか自分で言っててちょっと乙女思考だな。
告白のタイミングもそうだけど、それに対する答えが怖い、というのもある。
もしもフレイヤ様に拒絶されたら――そう考えると怖い。今までの関係と変わってしまうのが怖い。隣にいられなくなるのが、怖い。
なんだかんだと理由を作ってるけど、これが一番なんだろうなぁ。
「ユーリさん?」
ため息をつきながらふらふら歩いていたところで声をかけられた。聞きなじみのある声に振り返るとシンプルなワンピース姿のアメリアがいた。
「アメリア」
「やっぱりユーリさん。どうしたんですか、こんなところで。ご実家のほうに帰られたんじゃ……?」
「あはは、ちょっと色々あって……」
不思議そうな顔で見つめてくるアメリアに誤魔化すように笑う。
ダンスパーティー前からお父様の発明に駆り出されていたアメリアと会うのはちょっと久しぶりな気がする。休暇に入る前もなんだかんだバタバタしていてゆっくり話す機会もなかった。
アメリアの手にはたくさんの荷物が抱えられていた。今は年の瀬だし、実家である孤児院で年越し用の買い出しに行ってたんだろうな。
「アメリアは買い出しだよね。よかったら荷物持とうか?」
「そんな、悪いですよ」
「ううん。今ちょうど暇してたんだ。手伝わせてもらえると私も助かるよ」
アメリアを利用しているみたいで申し訳ないけど、気持ちを紛らわせるのにもちょうどいい。ここ数日ずっともやもやうじうじしてたし、ちょっとした気分転換だ。……そう思うとノアには悪いことしたな。キノコ生えそうなくらいにじめじめしてたんだもん。
少しの間、何かを考えるようにしてからアメリアはこくりと頷いてくれた。
「わかりました。お願いしますね」
「うん! 任せて!」
こうして私はうじうじから脱するため、年末の王都をアメリアと一緒にゆっくりと歩くことになった。




