舞台裏の立役者たち side:アメリア
「聖魔法の付与、ですか」
「そ。叔父様がね、邪神教対策にあんたの力を借りたいそうよ」
珍しくノア様に呼び出された。ノア様の自室で高級そうなお茶を出されてしまい、そわそわと落ち着かない気持ちになる。いつも家で飲んでいたものよりも数倍お値段が張るそれをノア様は何も気にした様子もなく優雅に飲んでいる。学園に通うようになってから数ヶ月、未だに慣れない。
でも出されたものに全く手をつけないというのも無礼かと、恐る恐るカップに口をつけていた。
私の寮の部屋よりも数倍広いノア様の自室で切り出されたのはノア様の叔父様、つまりユーリさんのお父様への開発協力の要請だった。
「この前アメリアがユーリと一緒に邪神教徒のアジトらしき場所で見つけた魔法陣があったでしょ? アレの無効化がどうにかできないかってことらしいわ」
「無効化……そんなことができるんですか?」
「叔父様だったらできちゃうでしょうね……ユーリの父親だし」
どこか遠い目をしているノア様曰く、ユーリさんのお父様は摩道具開発の第一人者だそうだ。普段から使っている家庭用のものはもちろん、軍事用や研究用など幅広い分野で活躍しているのがユーリさんのご実家のサルビア子爵家。歴史は浅くともその活躍ぶりはめざましいものだと教えてくれた。そしてその技術力の高さが、普通だったらやらないことにまで手を出しているそうだ。
「ユーリが魔法を解くように、叔父様だったら魔法陣を分解しちゃうわよ」
「……それって普通にできることなんですか?」
「できるわけないでしょ。それも道具にそういった機構を組み込むのなんて常人じゃやろうとも思わないわよ」
「さすがユーリさんのご実家、ということですか」
「そ。変わり者はユーリだけじゃないのよ。叔父様もぽやぽやしてるんだけどねぇ。やることがユーリの比じゃないくらいぶっ飛んでる」
まだ見ぬユーリさんのお父様がなんだか変なイメージで固まってしまいそうだ。聞いている感じだとユーリさん同様、おっとりとした性格のようだけれど。
「ま、そういうことでね。アメリアの力を借りたいんだけれど、どうかしら」
「私でお役に立てることでしたら」
問われるままに頷けば、ノア様は満足そうに微笑んでまたカップを傾けた。
◇ ◇ ◇ ◇
数日後、ノア様と共に訪れたのは王城からも程近い場所にある、摩道具の研究開発を行う施設だった。
4階建ての建物には整然と窓が並んでおり、所々の窓はカーテンが引かれていて中が見えないようになっていた。どうやら中に光を入れないようにして研究している部屋があるらしい。時折何かが爆発するような音がすることもあるのだとか。そういった努力の上に普段私たちが使っているものがあると思うと、研究者の皆さんには頭が上がらない。ただでさえ私はそういった摩道具の仕組みなんていう難しいことはわからないし。
「こっちよ」
先導するノア様について建物内に入ると、広いロビーがあった。左右に通路と階段が見える。突き当たりにはカウンターがあり女性がこちらに向かって会釈をしてくれていた。
ノア様はその女性に向かって歩いて行く。
「ようこそ、摩道具研究開発所へ。本日はどういったご用件でしょう」
「ハリソン・サルビア子爵……ここでは所長かしら、サルビア所長と約束があるの。ノア・サフランよ」
「サフラン様、お待ちしておりました。承っております。右手階段より4階所長室へどうぞ」
「ありがとう」
女性の案内を聞き、ノア様は迷うことなく右の階段へと向かった。私も後に続く。
4階に着いてドアをいくつか通り過ぎ、一番奥にある部屋の前までたどり着いた。ノア様が部屋のドアをノックする。
「はい」
中からの返事に私は背筋を伸ばした。貴族が多く通う学園で過ごしていても、大人の方に会うことは少ない。ノア様のおうちに行かせていただいた時もノア様のお父様とは顔を合わせる機会がなかった。私の魔法が顕現して以来、ほぼ初めてだ。
緊張する私とは反対にノア様は普段通りの様子でドアを開けた。
「叔父様、お久しぶりです」
「やあ、ノアちゃん。いらっしゃい」
ドキドキしながらノア様に続いて中に入ると、目の前にいたのは茶色い髪に茶色い瞳の、優しそうな男性だった。にっこりと微笑んでいる顔はユーリさんにそっくりだ。
その男性――ユーリさんのお父様であるハリソン・サルビア子爵様はノア様に向けていた笑顔を私へと移して、さらに優しげな微笑みを浮かべた。
「君がアメリアさん?」
「は、はい! アメリア・デイジーですっ」
「ははっ、そんなに緊張しないで。僕はハリソン・サルビア。ノアちゃんの叔父さんでユーリのお父さんです。いつもふたりがお世話になってます。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
にこにこ笑いながら差し出された手をそっと握ると、サルビア子爵様は殊更嬉しそうにしている。
横に立っているノア様はどこか呆れたような表情だ。
「……叔父様、今日はアメリアを紹介に来ただけですからね。あと、アメリアにも学業があるんだから拘束時間は決めた通りにしてください」
ノア様の言葉に子爵様の肩が跳ねる。
「えぇっと……わかってるよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ごめんなさい、ちゃんと守ります」
「大人なんですから、当然です」
しょんぼりするサルビア子爵様。何が何やらわからないけれど、その様子がまたユーリさんのようでおかしい。
「……とりあえず、お茶を用意するね。詳しい話は飲みながら、ということで」
しょんぼりしたまま子爵様は部屋から出て行ってしまった。
少ししてから戻ってきた子爵様の手にはお茶とお茶菓子が乗ったお盆が握られていた。慌てて手伝おうとするとやんわりと断られ、子爵様自らお茶を用意してくれた。
「お客様にはちゃんとおもてなししなさいって妻にもユーリにも言われていてね。ユーリには「男性だから家事をしないなんて論外」って散々怒られてきたんだ。ただでさえ僕は身の回りのことを疎かにして研究に没頭することが多くて怒られてばっかりなんだよ」
そう言いながらも子爵様の顔はどこか嬉しそうに見えた。
普段から自分で淹れているというだけあって、子爵様は手際よくテーブルにカップを並べてくれる。
「さて、本題に入ってもいいかな?」
それぞれがひと口飲んだところで、さっきまでのほわほわとした雰囲気から一転、真面目な表情となった子爵様に私も背筋を伸ばした。
「先日の一件――アメリアさんもその場にいたと伺っている、邪神教徒のアジトで見つかった魔法陣を解析した結果、アメリアさんの聖魔法が有効であることがわかったんだ。そこで魔法陣自体の即時無効化と同時に聖魔法での封印・破壊を目的とした摩道具を開発したい」
ノア様から伺っていた通りの話を子爵様が切り出した。
以前、教会の司祭様が語っていた『聖女』の話。邪神との戦いでその力を封じ込めたという『聖女様』が操っていたのが聖魔法であり、邪悪な力に対抗するための力である。それを子爵様が開発する摩道具へと組み込み、もしもの時に対抗する手段とするそうだ。
「ノアちゃんは兄さんから聞いていると思うけれど、どうにも王都内できな臭い動きが活発になっている。おそらく近々何かしらの事件が起こるんじゃないか、っていうのが兄さん――サフラン伯爵の見立てでね。できるだけ早く開発を進めたいんだ」
「それと、叔父様には前々からお願いしているお守りも作ってもらおうと思っているわ。それにもアメリアの力を貸してほしい」
「お守り、ですか?」
ノア様の言葉に首を傾げる。お守りを作るのに私の力が必要というのは、どういうことだろうか。
「これは私の勘でしかないから、そのお守りの出番がないに越したことはないのだけれどね」
そう言うノア様の表情は暗い。何か嫌なことが起きなければいい――そう願っているのに、それが叶いそうにないことを覚悟しているようにも見える。ノア様が不安に思っている内容はわからないけれど、私も何か不穏な事が起こるのではないかという予感がした。それを防ぐことができるのなら、私が持て余しているこの力が誰かを救うことになるのなら、ためらうことは何もない。あの人に追いつくためにも、私ができることは何でもするんだ。
「……私の力がお役に立つのでしたら、いくらでも協力します」
力強く頷いた私を見て、子爵様はにっこりと優しい笑みを浮かべていた。
「アメリアさん、ありがとう。じゃあこれからのスケジュールについて話をしよう」
追加で淹れてもらったお茶を飲みながら、今後のことを聞く。
そして何度かの試作を繰り返したそれが実際に活用され、ノア様の危惧していた事態を防いでくれたのはそれからひと月ほど先の話だった。




