断罪の時
「フレイヤ・ベロニカ!」
しんとしたダンスホールに声が響く。会場にいた全員の視線がこちらに向かっている。私とフレイヤ様の前に立った、ニヤニヤと笑うメガネくん、筋肉の……なんだったっけ。騎士団長の息子?とその他ご令息の皆さん。どうも私に対して悪感情を抱いているんだろうなという集団が、今はフレイヤ様に対して悪意をむき出しにしている。
何が行われるのかと会場全体が少しだけそわそわとしている空気が体の周りに纏わりついている感じがする。嫌な空気に、フレイヤ様をいつでも守れるように私は一歩前に出た。
「貴様を学園から追放する!」
ビシィ!と指を突きつけて宣言するメガネくん。
思わず私もフレイヤ様もぽかんとしてしまった。脈絡のない話に理解が追いつかない。
「はぁ」
「貴様には次の嫌疑がかけられている! まずこちらにいるダンテに対し――」
メガネくんが淡々とフレイヤ様に対する『嫌疑』というものを読み上げ始めた。
うーん……ちょっと待とうか。いや、話しててくれる分にはいいや。聞いてるふりしとこ。
今日はいわゆるクリスマスパーティー。たぶんこの展開的には『断罪の時』ってやつだろう。本来なら今日この時、悪役令嬢の今までの悪事が白日のもとにさらされ、王子から追放なり何なりの処分を言い渡される。邪魔者の退場劇だね。
1年間で何度か行われるダンスパーティーのひとつでそういう展開があるとは思ってた。思ってたし、今日がその時なんだろう。
隣のフレイヤ様をちらりと見てみるけれど、変わった様子もない。お茶会でよく見たひんやりとした視線をメガネくんに送り続けている。それはそうだろうなぁ。全くと言っていいほど身に覚えもなければ聞いたこともないような話だ。何かあったとして、私が知らなくてもノアなら知ってるだろうし。でもそんな話をノアから聞いたことない。
「――さらに、貴様は聖女を支配下に置き、邪神復活の手引きをした」
話を締めくくるようにメガネくんが言った。
『邪神』という単語につい最近の事件が思い浮かんだ。ノアは『悪魔召喚』と言っていたけど、それってもしかして『邪神』だったんじゃないのかな。そしてなんで彼がそれを知っているんだろう。
「さて。何か申開きはあるか」
ニヤニヤと笑うメガネくん。周りにいる令息諸君も何がおかしいのか、口角が上がった顔で私達のほうを見ている。
「…………証拠は?」
「そんなもの、ここにいる全員の証言があればどうとでもなる。物証はこれからいくらでも探せばいい」
なんだか稚拙だなぁ。つまりは証拠は何もないっていうことだよね。そもそも『邪神』と対立の立場にある『聖女』を支配下に置いて……なんて話も荒唐無稽だしちぐはぐだ。なんていうか、全部めちゃくちゃ。
せめてもの悪知恵なのか、王子はこの場にまだいない。やってることが悪役側っぽい。
「……話になりませんわね」
ふぅっと大げさなくらいに大きなため息を吐きながらフレイヤ様が言う。
「それは認めるということか?」
「いえ、証拠もなく公爵令嬢たる私を大勢の生徒がいるこの場で晒し上げる貴方たちの杜撰さが全く以て話にならないと申し上げております。仮に私がすべての罪を認めたとして、貴方たちだけで私を止めることができるとお思いで?」
メガネくんはトップクラスに魔法が使えて、筋肉の人は剣術のスペシャリスト。
それでもフレイヤ様のほうが多分、強い。さらにノアがいれば並の魔法使いや騎士だけじゃ止められないだろう。今はノアがいないからどうにかなると思ってるのかな。何度か一緒に行動してるんだからフレイヤ様の実力もわかってるだろうに。
それなのに、メガネくんは未だニヤニヤと笑っている。余裕そうなその笑顔になんだか嫌な予感がじわじわと足元から上ってくる。
「我々が何も用意せずにこの場に現れたと言いたいのか?」
「そう見えますわ」
「くくく、愚かな女だな。貴様の態度は昔から気に食わなかったんだ。歴史が長いだけの公爵家の、たかが令嬢風情が。平民や家格の低い奴らを囲い込んでいる貴様の父親や兄にも、反吐が出る」
吐き捨てるように言うメガネくんに思わず顔を顰めた。ベロニカ公爵は優秀な貴族だ。フレイヤ様のお兄様も優しくてとてもいい人だし、ベロニカ公爵の跡を継ぐのにふさわしい人格の持ち主だ。その人たちに対してこれほどまでに嫌悪感を剥き出しにしているメガネくんは王子の理想とする王国からは程遠い存在のように思えた。
…………このことを王子は知らないんだろうな。
彼らのことを信用していると言ってた王子の顔が脳裏によぎる。
「だから我々が――真の王国民たる我々が貴様を今この場から消し去ってやるッ!」
ふいにメガネくんの魔力が膨れた。ぞわっと背中に悪寒が走る。この感じは知ってる。つい最近感じたものだ。
咄嗟にフレイヤ様を抱き寄せ、魔力を練る。周りにこれだけの人がいるにも関わらずメガネくんの魔力は膨れ続けている。それもあの時とは違う、真っ黒に染まって。
「……ッ! こんなところでッ……!」
真っ黒い魔力の塊が、メガネくんの手から放たれた。どうにか解れを探すけど無理やりにその目を潰すように黒い魔力が纏わりついていて一瞬で解くことができない。どうにか軌道を逸らせようとしても周りには人がいる。みんな突然のことに全く動けていないけど、幸い私達の近くにはあんまり生徒はいなかった。だから取るべきはひとつだ。私が盾になってでもフレイヤ様を守る。
「ユーリ?!」
パッと手を離し、一歩前へ。真っ黒に染まったメガネくんの魔力が目前まで迫っている。上下左右どこにも逃すことができないのなら、真っ向から潰すしかない。私の魔力が彼のものよりも劣っているとしても。
両手を前に向け、ありったけの魔力を集中させる。ぎゅっと圧縮した空気を壁にするイメージ。
ガイィィンンンンッ!!!
まるで大きな金属の塊同士がぶつかったような音が鼓膜を震わせた。水と風がぶつかってるはずなのに、そんな音がするなんて――と余計なことを考えそうになる思考を無理やり押さえつけ、魔力を両手に集中させる。押されそうになりながらも、風の壁を膜のように広げ包みこんでいく。
「………………おもッ」
こういう時に限って足元がヒールなんだよねぇ! 慣れない靴に足元が滑りそうになりながらもできるだけ腰を落として何とか持ちこたえる。じりじりと後ろに押されている感覚に気持ちが焦る。後ろにはフレイヤ様。その後ろは壁だ。あまり猶予はない。繊細に、でもできるだけ速く魔力を編み込み、真っ黒な球体を包んだ。
「よし、あと少し…………ッ!」
「させるかッ!」
「ユーリ!」
一瞬の出来事だった。
横から飛び込んできた影にフレイヤ様が飛び出していく。スローモーションのように流れていく景色に反応した頃には、真っ黒に包まれた剣先がフレイヤ様の肩から反対側の腰にかけて袈裟斬りにしていく軌跡だけが残されていた。




