そして宴が始まる
冬は日が暮れるのが早い。
パーティーが開場となる時間はすでに薄暗くなり、空にも星が瞬き始めていた。吐く息は白く、会場となるホール前で上着を抱きしめるようにして私は待ち人を待っていた。
ノアもアメリアも別行動しているしひとりここで待っているのは肩身が狭いったらない。時折目の前を通っていく学生達にじろじろと見られたり、二度見をされたり、どうにも落ち着かない。前回のパーティーでアメリアを待っていた時もそうだったけど、今回はもっと見られている気がする。普段しない格好をしているからそう思うだけかもしれないけど。
会場入口でそわそわしながら待つこと数分。もっと時間が経ってるような気もするけど、多分、それくらい。
コツコツと鳴り響くヒールの音が聞こえて顔を上げた。
私がいるところから数十メートルは離れているのに、すぐにその人が来たんだと分かった。だってその人の周りだけが光り輝いて見えるんだもん。
前回のダンスパーティーでは真っ赤なドレスだったけれど、今回は淡い黄色のドレスだ。肩が大きく露出したAラインドレスの上にふわふわっとした生地のストールを巻いている。ふわりと舞う金色の髪。初めて彼女を見た時と同じように目が奪われてしまった。
何も言えずに立ち尽くす私の前に、私の待ち人であるフレイヤ様が立ち止まった。
◆ ◆ ◆ ◆
会場へと向かう生徒達の波に乗りながら私も歩を進める。
待ち合わせは会場であるホールの入口付近。本当だったらどちらかが迎えに行くべきなのだけれど、ノアに「入口のところで良いんじゃない? 私とアメリアは先に入ってるから」なんて軽く言われてしまった。ユーリもそれに賛成していたから結局そうなってしまった。
早くユーリに会いたくて速歩きで人の間を通り抜け、やっと見えてきたホール入口の前までやってきた。
ユーリの姿を探し、周りを見渡すけれど見つからない。私が彼女を見つけられないことなんてないのに。
ふぅっと息を吐き出しながら視線をホール入口へと向ける。今なお生徒達が続々と会場内へと吸い込まれていっている。
その中にひとりの女性が誰かを待っているように立っているのが視界に入った。何故か私のことをじっと見ている。
淡い水色のスレンダーラインドレス。ゆるく巻いたのか、ふわふわの茶色い髪を肩にかけたストールと共に胸の前で抱きしめている。キラリと光る瞳はオニキスのように輝いていて――
「…………ユーリ?」
私の声に彼女がビクリと肩を跳ねさせた。途端に頬が赤く染まり始め、私を見つめていた瞳がゆらゆらと揺れる。
「あ、え、っと…………フレイヤ様」
聞こえてきた声は確かにユーリだった。
初めて見たドレス姿のユーリ。……ドレス姿の、ユーリ………………
「ッ!!!!」
か、かわいすぎる…………ッ!!!!
恥ずかしいのかもじもじと両手の指を合わせながら、時折ちらりと視線を送ってくる。私よりも身長が高いはずなのに上目遣いに見えるのはどういうことだろう。かわいさが倍増して見える。何よりも照れている姿がめちゃくちゃにかわいい。かわいい。
脳内が「かわいい」で埋め尽くされるし、私の顔も真っ赤になってる自覚はあるけど表情だけはどうにかいつも通りを装えている……はず。
ただ何を言ったらいいのかわからなくてまだ何も言えていない。
出会ってから10年、ユーリがドレスを着たところを見たことがない。ユーリ本人も「似合わないから」と少し寂しく見える笑顔で言っていた。だからきっとこういう格好に憧れがあるんだなと思っていた。
そんなユーリがかわいい格好をしているんだ。褒めなくてどうするの、フレイヤ。
「ユーリ。とても似合っているわ」
上擦りそうな声を何とか抑えて、緩みそうになる口元も優雅な笑顔を心がけ、精一杯の賛辞を口にする。それだけでユーリがはにかんだ笑顔を見せてくれる。あぁ、本当にかわいい。
「……フレイヤ様も、とてもお美しい、です」
……………………このまま連れて帰っていいだろうか。
「……ここは寒いわね、中に入りましょう」
「はい」
危うく欲望に飲まれそうになったが、公爵令嬢としてそれは許されない。どうにか理性の首根っこを掴んで私はユーリと共に会場の中へと向かった。
会場に入ると中にはすでに生徒達が集まり、談笑していた。私が先に立って歩いて人の少ない壁際まで行き、ふたりで壁を背に立つ。その間も大した会話はできず、落ち着いたところでやっぱり何か会話の糸口になるようなこともない。ただ時折ユーリからの視線は感じるし、私もユーリのことを盗み見る。お互いにお互いのことを意識しているようなこの状況は嬉しくもあり、くすぐったくもある。
何度目かの盗み見でぱちりと視線があった。
「……やっぱり、変ですかね」
困ったような顔でユーリが言う。眉尻は下がっているし全体的に元気がないような笑顔。でも相変わらず頬は赤く染まっているから恥ずかしいのだろう。
「変じゃないわ。さっきも言った通り、よく似合ってる」
「えへへ、ありがとうございます。さっきからいろんな人にじろじろ見られるからおかしな格好なのかなと思ってて。私なんかがこんな綺麗なドレス、似合わないかなって」
「……そんなはずないでしょう? ユーリはかわいいし、綺麗だし、かっこいいわ」
普段のユーリはかっこいい。剣を握り、魔物と対峙していた様は誰よりもかっこいいし美しい。まるで物語の中の王子様のようだ。
今のユーリは綺麗だしかわいい。普段は洋服の下に隠れている肩から首、肩から腕にかけてのラインは引き締まっているが決して筋肉質ではない。背が高くほっそりとしたシルエットもスラリとしていてかっこいい。
つまりユーリはとても魅力的なのだ。
「わかった?」
「うぅ…………はい。よくわかりました……」
ユーリがどれだけ魅力的なのかということを語って大変満足した私とは対照的にユーリは耳まで真っ赤にして俯いていた。
「……なんだか今日のフレイヤ様は饒舌ですね…………心臓が保たない」
顔を両手で覆っているから何かを呟いていたけど聞こえなかった。そんなに恥ずかしいのだろうか。普段からユーリに対する評価は『変わり者』が多く聞かれるが、実際にはその見た目を褒め称えるものも多い。本人の耳に届いていないのが私にとっては幸いだし、お茶会でどうにか近づこうとしていた令嬢や令息をノアと共に牽制していたということもあってユーリ自身の自己評価は低い。
照れてぷるぷると震えているユーリを内心にこにこしながら見つめていると、会場入口のほうが騒がしくなってきた。
殿下が到着したざわめきではないそれに、談笑していた生徒達まで訝しげに騒ぎのほうを見つめている。
「…………なんでしょう?」
さっきまで悶えていたユーリも騒ぎに気付いたのか、顔を上げた。まだ顔色はほんのりと赤いけれど、表情はいつものユーリだ。
入口からざわめきが段々とこちらへ近づいてくる。人だかりが割れ、現れたのは伯爵家のヒイラギ様と何人かの令息たちだった。
彼らは真っ直ぐに私とユーリの下へと歩み寄ってきて、目の前で止まった。
ヒイラギ様を筆頭に全員がニヤニヤと意地の悪そうな笑みを顔に貼り付けている。隣のユーリが一歩前に出て私を守るような姿勢になった。そんなユーリを一瞥し、ヒイラギ様が高らかに声を上げた。
「フレイヤ・ベロニカ! 貴様をこの学園から追放する!」




