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浮かれっぱなしの準備


 ほわほわと足元が浮いているような心地に酔っているうちにあっという間に時間が経った。


 フレイヤ様と約束をしたダンスパーティーは冬季休みの直前、日本だったらクリスマスに当たるタイミングで行われる。この世界にクリスマスは存在しないけどね。聖夜っていう概念はあるけど、生まれたのはキリストじゃなくていつかの時代の聖女様だとか。

 で、冬季休みの前ということは、当然期末考査もあるわけで。


 「――よしっ、セーフ」

 「セーフじゃないわよ。前回より落ちてるじゃない」


 毎度お馴染み貼り出された成績表を前にほっと胸を撫で下ろしていたらノアに後ろからぐさっと刺された。……えぇ、前回よりも落ちてますよ。真ん中やや下。でも点数としては平均は行ってた…………はず。


 「なんで教えたのにしれっと落ちてるのよ」

 「………………すみません」


 いや、もう完全に私のせい。テストの後にあるダンスパーティーとか、普段のフレイヤ様のかわいさとか、ダンスパーティーのフレイヤ様のドレスとか、頭の中がそういうことでいっぱいになってしまって勉強に身が入らなかった。端的に言うと浮かれすぎた。

 

 「……休み中は勉強漬けね」

 「ごめんなさいそれは勘弁してください」

 「ダメよ。大体あんたはちょっと油断するとすぐ調子に乗るし、普段からちゃんと予習復習しないから試験前に慌てることになるんじゃない。そもそも――」


 ノアに平謝りしてなんとか家庭教師は回避できたけど、その代わり説教を2時間食らった。正座で。


 「――全く。それよりあんた、パーティーのドレスは用意してあるの?」


 情けなく四つん這いになっているわたしの頭上から降ってきたノアの言葉を理解するのに時間がかかった。

 やっと説教から解放された時にはすっかり足が痺れてる。長らく剣道をしていたけど、さすがに正座2時間は無理。足の感覚が完全にどこかに行った。でもこれ、ちょっとすると一気に血が巡って今度は痛痒さに悶え苦しむことになるんだよねぇ……今のほうがまだマシ。


 「ん? ドレス? 前回着た燕尾服じゃダメ?」

 「いいわけないでしょ。あんた、女なんだから」

 「うん、そうだよ?」


 今までもこれからも女ですが?


 「だから、女性はドレス着て参加するものなの」

 「…………それはそうだね?」

 「…………なんでそんなに不思議そうな顔なのよ」

 「え、だって私今も男子制服着てるじゃん」


 女性=ドレスだけど私=男子制服なのだ。私=女性=ドレスが私の中でどうにも成り立たない。

 それに――


 「私、背が高いからドレス似合わないし。燕尾服のほうが良くない?」


 一番の理由はこれ。

 転生したことに気付いて今の服装をするようになってからフリフリドレスはほとんど着ていない。お茶会に出る時だって令息スタイルでズボンにシャツで通してきた。いつの間にか身長がにょきにょき伸びて、でも身体つきはあまり女性らしくはならなかった。膨らみも細やかだし、お尻や太ももの肉付きもそんなに良くない。むしろ長年の稽古で脂肪より筋肉のほうがしっかりめについてる。ムキムキではないけど、力を入れればムキッとなるくらいには筋肉ついてる。

 

 わたしがかわいい服を着ても似合わない。フリフリドレス姿で前世を思い出してからずっと思っていたことだ。


 「…………あんたねぇ」


 ノアが盛大にため息をついた。本当に呆れてるって感じで。

 

 「昔っからそういうところの自覚が薄いとは思ってたけど、あんた、背が高いからドレス似合うのよ? ちゃんとわかってる?」

 「いやいや、そんなお世辞はいらないよ」

 「お世辞じゃなくて…………あー、やっぱりダメね。ユーリ。今からドレス買いに行くわよ」

 「いや、だからいいって」

 「行かないなら休み中の家庭教師倍にするから」

 「行きますぜひ連れて行ってください」


 それはずるい。わたしの冬休みが人質にとられた。

 まぁ行っても似合わないってわかれば買わなきゃいいんだから、ノアの言う通りにしておこう。


 全然乗り気じゃないわたしとめちゃくちゃ乗り気なノアのふたりで王都の貴族御用達のお店に行くことになった。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 「お嬢様」


 リタの声に意識が暗闇の中から浮上した。いつもだったら微睡みながら何度も肩を揺すられ、終いには目を閉じたまま着替えや髪を整えられるのに今日はすんなりと目が覚めた。きっと今日という日を楽しみにしていたからだと思う。昨日は寝入るのに時間がかかったし、睡眠時間はいつもよりずっと短いはずなのに。


 「おはようございます、お嬢様」

 「おはようリタ」


 体を起こし、ベッド脇に立つリタを見るとなんだか嬉しそうだった。


 「お嬢様のお目覚めが早いと私としても助かります。普段からこうあっていただけるといいのですが」

 「…………善処するわ」


 前向きに検討はするけれど、目覚めの悪さはどうこうできるものでもない。……たとえば毎朝ユーリが起こしてくれる、とかならあるいは。


 「………………」

 「お嬢様、ニヤニヤしていないでお召し替えくださいませ。朝食の後に本日のダンスパーティーの準備に向かわねばならないのですから」

 「べ、別にニヤニヤなんてしてないわ」

 

 ちょっと妄想――じゃなくて想像しただけだ。


 最近のユーリはいつにも増してかわいい。ちょっとしたことでびっくりして飛び上がったり、恥ずかしそうにしたり、と思えばなんだか幸せそうに笑っていたり。そういう表情ひとつひとつが私の心に突き刺さってドキドキが止まらない。緩みそうになる口元にぎゅっと力を込めながら何でもないような表情を取り繕うのにも一苦労だ。

 なのにすぐに頭を撫でてきたり、優しげな笑顔でこちらを見つめていたりするからたちが悪い。


 極めつけは今日のダンスパーティー。

 

 今回のパーティーでは殿下の相手を辞退させてもらった。

 前回は学園に入学して初めてということもあったし、ユーリと踊れるとは思っていなかったので渋々承諾したのだけれど、今回に関しては殿下からも「フレイヤ嬢は()()()()()と踊ってくれ」と直々に言われた。殿下のお相手が誰なのか、私は知らないけれどそれに関しての心配は無用だとも言われたので気にしないことにした。もとより私は幼少期に殿下の婚約者を辞退しているのだし下手に関わらないほうがいいだろう。


 「お嬢様、よかったですね」


 今日のことを考えながらリタに髪を梳かしてもらっていると頭上からリタの声が降ってきた。鏡越しに目を合わせる。いつものリタの笑顔に見える。


 「何が?」

 「ユーリ様と踊れることが、です」

 「……うん」


 学生のダンスパーティーだからできることだ。あくまで将来の予行練習だからこそ女同士でもパートナーとしてファーストダンスを踊れる。多少は奇異の目に晒されるかもしれないが、私は気にしないしユーリも気にしないだろう。


 「今日はとびきりお洒落にしなくてはですね」


 にっこりと笑うリタに私も笑み返す。ドレスはとっくに決まっているけれどそれを選ぶ時も散々悩んだ。今までで一番の私をユーリに見てもらいたい。


 「リタ、今日はお願いね」


 私の言葉にリタはもう一度笑顔で頷いてくれた。





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