お誘いは早朝に
皆さんこんにちは、ユーリ・サルビアです。
気づけば季節も進み、すっかり冬の気配がする今日この頃。私は今日も朝から日課の稽古をしています。
「フッ!」
剣を振っている時はいい。何も考えなくていいから。余計なことは全部脇において、ただひたすらに剣を振るう。
魔力を練っている時もいいよ。無心でぐるぐる回していられるからね。
謎の組織(正式名称何なんだろうね)の秘密基地?アジト?の騒動から早くもひと月以上が経った。
あの時、あの場にいた真っ黒なナニカの正体はノアから聞いた。ドロドロのもやもやは「早すぎたんだ……」ってやつだった。うん、通りで既視感があったわけだね。見た目は全然違ったんだけどね。
あの騒動からノアのお父さんであるサフラン伯爵は相変わらず組織について捜査しているらしい。
どうも根が深い問題のようで詳しいことは知らされていないし、知っているのもごく一部だってノアが言ってた。誘拐事件も生贄としてではなく、奴隷や人身売買を目的とする犯罪組織による犯行ということで落ち着いたとか。実際に、数年に一度はそういった話も聞くので大きな問題にはならなかった。
とまぁ、あの騒動に関して私がこれ以上関われることはないのであとはお任せ。
「…………ふぅ」
持っていた木剣を壁に立てかけ、代わりにタオルと水を手に取る。冬に近づいていても動けば汗もかくし、喉も乾く。水分補給大事。
もうすぐ、1年が終わる。
その前にはまたダンスパーティーがある……らしい。
学期が終わる度にパーティーを開くのはどうにかならないのかなと思うけど、そこは貴族学校。卒業後は大人として社交界に参加することになるからこれは予行演習でもある。ま、みんな個人的にも家の関係で参加してるだろうから学生だけの予行演習は形だけなんだけど。
「ダンスパーティー、か」
ダンスパーティーとなればまたパートナーが必要になる。一緒に踊る相手。大体は婚約者。またはその候補者。前回、思い出したのが急だったし私には婚約者もいないからアメリアを誘っちゃったけど、今回も、というわけにもいかない。というか誘いたい人がいる。
あの夜の庭園でふたりきりで踊ったけれど、もう誰にも触れさせたくないって思っちゃったから。
「フレイヤ様と…………」
「ユーリ」
「ぅひゃっい!」
びびびびび、びっくりしたぁ…………!!
後ろを振り返ると、フレイヤ様が立っていた。たった今、頭の中にはドレス姿のフレイヤ様がいて、でも現実には制服姿で佇むフレイヤ様がいて。なのに目の前にいるフレイヤ様がドレス姿に見えてしまって慌てて頭を振る。いや、かわいいけども! かわいいけど、今じゃないんだって!!
ドキドキバクバクする心臓を服の上から抑え込むように胸に手を当て、できるだけいつも通りの笑顔を心がける。
ノアに気持ちを打ち明けてから少しはマシになってる、はず。
……あまりにも自分が挙動不審だったことに気付いてなかったから意識するだけでも落ち着いて対処できるようにはなった。ただ、今みたいに急に来られると動揺がすごい。
「…………あんまり驚かれると傷つくのだけれど」
「す、すみません……ちょっと考え事をしていて。それよりフレイヤ様、今日は早いんですね」
フレイヤ様は朝が苦手だから今の時間はまだベッドの中にいるはずだ。だから余計に驚いたんだけど……
「たまには私も早起きくらいします」
ふん、と鼻から息を吐き出していじけたように唇を尖らせてる。かわいい。
そういう表情されるとドキドキがほんわかになってくる。まだ眠いのか、ちょっとだけふわふわした表情なのもまたかわいい。
完全に無意識だった。
気付いた時には私の手はフレイヤ様の頭の上にあって、掌から柔らかい彼女の髪の感触が伝わってきた。
「ふふ、偉いですね」
「……ッ!」
あーもう、ほんとかわいい。今までもこんなふうな表情を見せてくれていたんだろうに、ちゃんと堪能できてなかったんだよなぁ。もったいないことした気分だよ。それにしてもいい匂いがする。いつも香るフレイヤ様の匂い。柑橘系の柔らかな香り。『フレイヤ様の香水』、ここでも誰か再現して売ってくれないかなぁ。
なんて蕩けた思考で考えながらフレイヤ様の頭を撫で続ける。…………なんかプルプルしてる?
「フレイヤ様?」
「………………」
あれ、やりすぎた?
「あぁ、えーっと…………すみません、何か用事があって来られたんですよね?」
そっと手を離して、ついでに体もちょっと離してフレイヤ様を見ようとして……視線がゆらゆら揺れた。我に返って恥ずかしくなったというか、なんというか。案外こういう時にさらっと頭撫でたりしちゃう自分と、その後に照れてしまう自分がいて心拍数が乱高下する。心臓によくなさそうだ。
なぜかフレイヤ様まで黙っちゃうからふたりの間になんとも言えない沈黙が流れた。
「…………べ、べちゅにっ」
「べちゅに?」
「………………」
「………………」
「………………んんっ! べ、つ、に、用事がなくてもいいでしょ?」
フレイヤ様の顔が真っ赤になってた。思いっきり噛んだもんね。そういうフレイヤ様は珍しいし、かわいい。あ、ダメだ。何をやっても「かわいい」しか出てこなくなるね。んー、でもかわいいからよし! ダメじゃない!
「いいです、けど。私は朝からフレイヤ様に会えて嬉しいです」
「ンンッ!」
変な咳払い?をしながらフレイヤ様がぐりんと顔を背けた。ちょっと勢い良すぎて首痛めそうだけど大丈夫かな。
小鳥のさえずりが聞こえるくらいに、またしても沈黙が流れる。
特に用事もなくここに来たって言ってたけど、朝に弱いフレイヤ様がわざわざこんな朝早くに来たのに本当に用事がないのかな? 私に会いに来てくれた、とかだったら嬉しいのに。
そんなことを思いながらぼんやりとフレイヤ様を見つめる。とくとくと心臓はいつもより早く脈打ってる。それが心地良い。
汗が冷えてきて、そろそろ寒さを感じるようになってきた。いつもまでもここにいるとまた風邪ひきそうだ。
せっかくふたりきりでいられる時間が名残惜しいけど今日は普通に授業もあるし、そろそろ部屋に戻って朝食に行かないと。
「フレイヤ様」
「……………………パーティー」
「……? はい?」
「だ、ダンスパーティーの! パートナーは……ッ……決まってる?」
最後のほうは消え入りそうなくらい小さい声で問われた。一瞬何を言われているのか理解ができなくて、じっとフレイヤ様も見つめてしまった。
「えぇっと…………パートナーは特に決まってません。婚約者もいませんし」
「…………じゃあ、私の………………」
ここまで言われればいくら鈍い私だってわかる。頬が熱くなるのを感じながら、それでもこうやって誘おうとしてくれた事実が嬉しくて我慢ができなくなった。
口の中が乾くのを感じながらフレイヤ様の台詞の後を追う。
「もし、フレイヤ様にお相手がいらっしゃらないのなら、私とご一緒していただけますか……?」
真っ直ぐにフレイヤ様のことが見られなくて、顔も真っ赤で、格好なんてつかないけど。でももしも、フレイヤ様がそれを望んでくれているのだとしたらすごく嬉しい。…………王子と踊らなくていいのかな、なんてちょっと思うけど踊ってほしくもないし。
じわじわと体全体が熱くなって、緊張で心臓が飛び出そうになりながらも返事を待つ。
ふと、服の裾を引っ張られている感覚があって逸らしていた顔を向けると俯いたフレイヤ様が掴んでいた。
「……………………一緒に行ってあげる」
今までの人生で一番嬉しい瞬間に抱きしめてしまいそうになったけれどどうにか踏みとどまって「はい」と応えるだけにした。我慢して偉いぞ、私。




