エリーちゃんを追え!
ビンを3本ぷらぷらさせながら、私は豊穣祭のメイン会場から少し離れたベンチに座っているアメリアとアランくんの元へと歩いていた。
ペットボトル飲料なんてものがないこの世界ではビン入りのジュースが主流だ。ちなみにビンは後で返却します。
「アメリア、アランくん。どうぞ」
「ユーリさん、ありがとうございます」
「…………ありがと」
ニッコリと微笑んでくれたアメリアとは対照的にアランくんは仏頂面。さっきからずっと私に対しての態度が一貫してる。威嚇とまではいかないけど歓迎はされてない感じ。人見知りなのかな。
「それで、アランはどうしてここに?」
ジュースを二口飲んでからアメリアが隣のアランくんに言った。アランくんは手に持ったジュースを見つめている。
「……エリーが、いなくなったんだ」
ぽつり、と彼が言葉をこぼした。
アランくんはアメリアが育った孤児院の弟だそうだ。ということはエリーちゃんっていう子もそうなのかなと思ったけれど、アメリアの様子を見てそうではないことを知る。
「エリーって?」
「鍛冶屋の子。広場で妹たちと遊んでる時に仲良くなったんだ。店の手伝いがあるから毎日は遊べないけど、もう何日も来なくて。気になって鍛冶屋に様子を見に行ったら店が閉まってた。周りの店に聞いてもなんで閉まってるのか知らないって」
「……鍛冶屋って東通りの?」
「うん」
東通りにある鍛冶屋なら私も時々お世話になっている。この前の林間学校――実地訓練の後にもメンテナンスをお願いするために行った。そういえばあそこには小さな女の子がいたけど……
「家族で出かけてる、とかじゃなくて?」
アメリアが言う通り、家族で出かけてるという可能性だってある。鍛冶屋の親父さんとは何度か話したこともあるけど、家族を大事にしていた。でもそれ以上に仕事に誇りを持ってやってるっていう印象が強い。だから何の告知もなく休みを取るとは思えない。
「アランくん」
「なんだよ」
おぉ、応えてくれたのはいいけど声が低いんだよなぁ。
ま、それは今は置いておこう。
「エリーちゃんの他にいなくなった子がいたりする?」
私の言葉にアメリアが息を飲むのが聞こえた。アランくんも目を丸くしてる。その反応はビンゴかもしれない。
「…………なんで知ってるんだよ」
「こう見えても私、顔が広いんだよ。行きつけのお店で噂話を聞いたりするくらいには」
そう、噂話だ。
まるでハーメルンの笛吹きのように子どもが消えるという噂話。実際に誰がいなくなったのかなんていう情報もない。そんな話を街の屋台のおじさんから聞いたのを思い出した。でも多分、それは子どもだけじゃない。
「とりあえず、その鍛冶屋に行ってみよっか。親父さんと話してみよ」
残っていたジュースを飲み干し、私は腰を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
豊穣祭が行われているからか、騒がしい学園の周りと比べて東通りは人がいつもより少ないように感じた。一般公開してないはずなんだけどなぁ。出店がやけに学園付近に多かったからそっちに人が流れてるのかもしれない。
アメリアとアランくんと三人で訪れた鍛冶屋は確かに灯りもついていなかった。でも夜逃げしたって感じでもない。
「こんにちはー」
ドアを叩きながら声をかけるけど、やっぱり返事はない。
「やっぱりどこか行ってるんですかね」
「んー……匂いはするんだけどなぁ」
すん、と鼻を鳴らす。確かに人のいる匂いはする。鉄の匂いに混じっててうっすらとだけど。
「居住スペースがあるはずだし、そっちに回ってみようか」
鍛冶屋さんは1階が店舗、2階が居住スペースになっているみたいだった。
通りから脇の道に入り、ぐるりと建物を回り込むと普段住人が使っているいわゆる勝手口がある。
そっちに回ってもう一度ドアをノックしてみるけどやっぱり応えはない。
「いないみたいですね」
「うーん。ちょっとご近所さんにも聞いてみよっか」
諦めて踵を返そうとした時、ギィっと蝶番が軋む音がした。振り返ると応答のなかったドアが開いている。
「……開いてるね」
「だ、誰かいるんでしょうか」
「行ってみようか」
突然ドアが開いたことにビビるアメリアとさっきから何もしゃべらないアランくんを引っ張りながら勝手口へと近づく。なんかホラーっぽいけど今は昼間だ。しかもお日様も真上にあるし、暗くもおどろおどろしくもない。でもドアの向こうは暗くて、何なら淀んだ瞳がこちらを見て――
「ひゃぁッ!」
「あ、こんにちは」
思いっきり住人がいた。
「…………どちら様ですか」
スッと開いたドアの向こうから現れたのは多分、鍛冶屋の奥さん。目の下の隈が濃く、髪も乱れてる。どう見ても窶れてる。
「あー、えっと。エリーちゃんのお友だちなんですけど」
そう言いながらアランくんを振り返る。緊張してるみたいだけどぎゅっと両手に力を入れながらも奥さんを見つめてる。意を決したようにアランくんが口を開いた。
「おばさん! エリーは?」
「…………」
「エリー、最近見ないから心配してんだ。エリーはいないの?」
「…………」
アランくんの叫びにも近い問いかけに奥さんはじっと黙って彼を見つめている。目に力はなく、どこか虚ろにも見えた。でも段々とその目に涙が溜まっていく。
「…………エリーは……エリー…………」
ついには顔を覆い、その場で泣き崩れてしまった。
号泣する奥さんをアメリアが背中をさすりつつ、落ち着けるために家の中に入れてもらった。中には意気消沈して真っ白に燃え尽きた様子の親父さんが椅子に座っていてアメリアがまた小さく叫んだりアランくんが私の後ろに慌てて隠れたりしながらも何とかダイニングに落ち着いて、今は親父さんと奥さんに対面するように私とアメリアが座っている。アランくんは工房から持ってきた丸椅子をお誕生日席の位置に置いて座らせたけどなんだか落ち着かないみたいでガタガタさせてる。そもそも足がちょっとガタガタしてるみたいだね。
対面したところで私が切り出す。
「改めて、ユーリ・サルビアと申します」
「…………あぁ、何度か見たことがあるな。学園の坊っちゃんか」
「一応令嬢でして」
「そうか、すまんな」
親父さんはすっかり萎んでしまっていた。別に間違われることは慣れてるから気にしてないけど、ここまで無感動に謝られるのも初めてだ。うーん、だいぶ参ってるみたい。
「それで、エリーちゃんのことなんですが」
「…………エリーは、どっかに行っちまった」
ぽつり、親父さんが零す。隣では奥さんがまた泣き出してしまった。……どうもこれじゃ一向に話が進まないんじゃないかな。
ちょっと話の進め方に悩みつつも私は今まで聞いた噂話を思い出しながらも状況を聞くことにした。
「エリーちゃんがいなくなったというのはいつですか」
「……先週の頭だった。遊びに行くって言って昼過ぎに家を出てったんだ。そのまま、帰ってこねぇ。騎士団にも届け出たが、何もねぇ」
「何かその前に変わったところなんかは?」
「変わったところなんてなかった。いつだってエリーは……エリーは……うぅっ、エリー…………」
親父さんの静かな泣き声が部屋に響く。夫婦ふたりが泣いている様は痛々しい。どうにか助けてあげたいんだけど、情報が少ない。
「……そういえば」
どうしたものかと思っていたところにアランくんが口を開いた。
「エリーがいなくなったの、先週だって言ってたよな? 最後に会ったのもそのくらいだったんだけど、その前にエリーが言ってたんだ。『秘密基地を見つけた』って」
「秘密基地?」
「うん。空き家とか木の洞とか、そういうとこに宝物を隠すんだって話をしたことがあったんだけど、それにちょうどいいって。それも魔法陣とか書いてあってかっこいいんだって」
彼らの年齢だとどこだって秘密基地になるんだろうけど、魔法陣が書いてある場所か……なんかありそうだね。
「おじさん、おばさん、エリーが遊んでた場所とか、わかる?」
「……あの子の仲良しのお友だちが通りの端にいるわ。たしかララちゃんって」
奥さんの言葉に私はアメリアを見て頷いた。
次の目的地は決まった。ララちゃんのところに行って『秘密基地』を探そう。




