豊穣祭 ≒ 文化祭
ガヤガヤとした喧騒が私を包んでいる。
右も左も人の群れ。屋台と呼んでいいのかわらかないくらい立派な出店からは胃袋を刺激する匂いが漂ってくる。
そんな中をひとり、木陰に座ってぼーっと空を見上げていた。
「ユーリさん!」
名前を呼ばれ、視線をそちらに向けると飲み物を持ったアメリアが小走りで近づいてきていた。
「おまたせしました」
「ううん、ありがとう」
キンキンに冷えた飲み物が入ったカップを受け取ると、アメリアは私の横にちょこんと座った。ふたり並んで人波を眺める。
今日は学園の豊穣祭だ。なんで学園で豊穣祭?と思わなくもないけど、要は文化祭ですね。クラス毎の出し物やら模擬店やらが軒を連ねている。お金がめちゃくちゃかかってそうだなっていうところが私の知ってる文化祭とは全く違うけどね。さすが貴族の通う学校。王都でも有名な高級レストランのステーキが鉄板焼さながらに提供されててちょっと引いた。
そしてこの文化祭――もとい豊穣祭で私とアメリアは周りの華美すぎる雰囲気に圧倒されて隅っこでこうやって座り込んでいるわけでして。
「やっぱりこの学園はすごいですね」
「だねぇ。私もびっくりしたよ」
「ユーリさんは本当に貴族様っぽくないですよね」
くすくすとアメリアが笑う。うん、それは私も自覚があるよ。
前世の記憶のせいなのか庶民感覚が抜けないしサルビア家自体も質実剛健……というか華美な装飾品やら地位やら名誉やらに興味ないからねぇ。お茶会や社交パーティーも最低限でしか出席してなかったからこうやってお金にモノを言わせたような催し物はどうにも慣れない。
「街のお祭りなんかのほうが私は好きかなぁ」
「……じゃあ今度の年越し祭はぜひ、ご案内しますね」
「うん! アメリアのエスコート、期待してるね!」
「ふふふ、楽しみにしていてください!」
「それじゃあ今日の豊穣祭は私がエスコートしようかな」
コップに残った飲み物を一気に煽り、腰を上げる。おしりを軽く叩いてアメリアに手を差し出した。
「さあ、お嬢様。お手をどうぞ」
私の手をアメリアが頬をほんのりと染めて見つめている。少しだけ躊躇うようにゆっくりと彼女は手を重ねた。
「よろしくお願いします」
アメリアとふたり、豊穣祭を巡る。今日はふたりだけで回りたい、とアメリアに言われた。ノアもフレイヤ様も何か用事があったみたいで、特に異論もなくこうしてふたりで行動することになっていた。……あれ以来フレイヤ様の顔をまともに見れないから、ちょっとだけホッとした。
出店を見ながらふと前世でのお祭りを思い出した。
今は顔も思い出せない妹の手を引き、いろんな屋台を巡った。お母さんからもらったお小遣いは限られていたから食べるものや遊ぶものは厳選したっけ。妹が金魚すくいがしたいと駄々をこねたり、それでお金が足りなくなって綿あめをふたりで分け合ったり。
目の前で鼻の頭にクリームをつけながら、クレープっぽいお菓子を食べているアメリアを見ながらそんな記憶が思い出された。彼女に妹の笑顔が被り心がぽかぽかとしてくる。
「ふふ、アメリア、クリームついてるよ」
「え、どこですか?」
「そこじゃないよ。こっち」
手を伸ばし、クリームを指で掬い取ってそのまま口に含む。うん、甘くて美味しいね。
指についていたクリームを舐め取ってアメリアを見ると口をパクパクさせながら私のことを凝視していた。
「どうしたの?」
「…………なんでも、ないですぅ」
顔真っ赤じゃん。なんでもないことないでしょ。熱でもあるのかな?
「アメリア、ちょっとこっち向いて」
「ふぇっ?!」
アメリアのおでこに私のをくっつけてみるけど熱はないみたいだ。さっきよりもさらに顔が赤くなってる気もするけど。
「……大丈夫?」
「え、あ、はい、だいじょうぶ、なので、そのっ…………ち、ちかい、です」
「え? あ、ごめん」
パッと離れるとアメリアはそのまま俯いてしまった。頭から湯気が出るんじゃないかってくらい顔も耳も真っ赤だ。本当に大丈夫なのかな。でも本人は大丈夫って言ってるし、熱もなさそうだし。うーん。なんか冷たいものでも買ってこようか。
飲み物を売っていそうな屋台を探そうと視線を横に動かした時に何かが目の端に映った。
「……ん?」
ここにあるはずのない違和感に集中してさっき見たものを追う。
「子ども?」
「ユーリさん?」
学園にはいないはずの大きさの影。小さな子ども。
豊穣祭とはいえ、基本的にこの行事は学園関係者のみ。もしかしたら誰かの家族とかなのかもしれないけど、どうにもそうは見えない格好だった。端的に言えば服装が平民のそれ。貴族らしからぬ格好をした子が学園内にいるのはちょっとおかしい。平民の学生がいないわけじゃないけど、平民の中でも裕福な家庭が多いから質素な格好というのが違和感の正体だった。
「んー、アメリア、ここで待ってて。ちょっと行ってくる」
「え、あ、ユーリさん!」
アメリアの声を背中に聞きながら私は所在なげに立ち竦んでいるその子の元へと歩き出した。
近づいてみると、その子にはやっぱり違和感があった。
年齢的には10歳くらい?の男の子。服自体は清潔そうに見えるけど、やっぱり質素すぎる。学園内にいると浮く感じがする。木の影になるところでじっと模擬店のほうを見つめている。
私は彼の横から歩み寄ってる感じ。
「こんにちは」
声をかけると少年の肩がビクリと跳ねた。まさか自分に声がかかるとは思ってなかった感じだ。そして恐る恐るといった様子で私のほうを見る。ぎゅっと眉間に皺が寄ってて、目にも力が込められている。警戒感が前面に出てる。
彼の警戒を感じながらも私は言葉を続けた。
「こんなところでどうしたの? 誰かご家族に用事?」
「…………」
「ね、名前教えてくれる? 誰か探してるなら私も手伝うよ」
「…………」
お、おぉう……なんか野良猫を目の前にしてるみたいだ。敵意はないよーって手を差し出しながらじりじり詰め寄るような感覚。でも相手も同じ速度でじりじり後退していってしまうような……全身の毛を逆立てて威嚇している子猫が見える。
私、猫より犬派だったから猫の扱いがいまいちわかんないんだよなぁ。一度猫カフェに連れて行かれたことがあるけど、あそこの猫さんたちはプロだからね。こっちがじっとしてれば膝に乗ってくれたもん。でも人馴れしていない子と関わった経験がない。
…………いや、目の前の子は人間だわ。小さい子との関わりも野良猫さんと同じくらいないんだけど。どうしたものか。
何も反応してもらえないこの状況にふたりして膠着状態の状況に光が差した。
「ユーリさん!」
「アメリア」
置いてきちゃったアメリアがこちらに来た。そして彼女のおかげで警戒心丸出しだった子猫――じゃなくて少年の正体がわかった。
「アメリアねえちゃん!」
私が声をかけても何も言わなかった少年がアメリアを見た瞬間声を張り上げた。アメリアのほうもびっくりしたように目をまんまるにして、彼を見つめている。
「アラン、どうしてここに……?」
「アメリアねえちゃん、エリーを助けて!」
………………なんかお祭りどころじゃないのかも?
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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いまいちどう反応を示したものかと悩んでいて個別にお返事等できてませんが…少しでも楽しんでいただけているといいなと!思っていますので!今後もよろしくお願い致します!!!
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……ということを前回書こうとして忘れたのでこちらでご報告させていただきます。




