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崖下での一幕


 ◆   ◆   ◆   ◆


 どこからともなく湧き出したオークの群れとキングオーク。

 駆け出したユーリが一番大きく、厄介なボスと対峙しているのを視界の端に収めながら私自身も私達を取り囲んでいるオークへと意識を向ける。

 大して強くはない。でも数が多い。


 私もノアも、オークに遅れを取ることはない。ユーリだって群れを相手にして負けることはないだろう。ただ、今は守らなくてはならない殿下とアメリアさんがいる。他の令息たちも私達ほどの実力はない。範囲の大きな魔法で蹂躙するにしても彼らと連携が取れず、被害が出る可能性もある。

 確実に一匹ずつノアと連携しながら戦うのが最善。ちらりとノアのほうを見て同じことを考えていることを察し、アメリアさんをふたりで守りながらも少しずつ群れの数を減らしていった。殿下達も4人で連携を取りつつ、何とか戦えている。


 途中大きな音がしてユーリが吹き飛ばされていった時には肝を冷やした。止まりそうになる心臓に強く手を握り締め、震える声で彼女の名前を呼んだ。砂埃の中から立ち上がった彼女に目立った傷は見受けられず、あんなに派手に吹き飛ばされたのに何事もないような笑顔でこちらを見ていた。


 「大丈夫です。私が、守ります」


 こんな時なのに高鳴る鼓動に顔が熱くなる。

 再び駆け出して行ったユーリから無理やり視線を外し、私も気を引き締める。大丈夫。ユーリなら絶対大丈夫。何度も心の中で呟きながら氷魔法を展開していく。


 「フレイヤ! あと少しよ!」


 ノアの言葉通り、残すところあと1匹。周りには倒したオークの骸が転がっている。後ろに立つアメリアさんの様子を伺いながらも、右手に魔力を集中させた。


 「アイスブレイク」


 大きな氷塊がオークの頭上へと現れ、砕けて礫の雨が降り注ぐ。


――グォゥォァァア!!


 これで終わりだとどこかで油断があったのかもしれない。

 最後の悪あがきなのか、礫に身体を貫かれながらもオークは両腕を振り回し、その勢いで持っていた棍棒が飛んできた。緩み始めていたところに突然の飛来物。魔法を展開するよりも先に体が動いた。咄嗟にアメリアさんの腕を引き、飛んできた棍棒を避ける。そこまでは良かった。

 ふたりで右へと飛び退き、そしてその勢いが止まらなかった。目の前には切り立った崖。踏ん張って止まるよりもアメリアさんが空へと飛び出していく勢いのほうが強い。


 「アメリアさん!」


 動いていなかった頭を必死に動かし、繋いでいないほうの掌を下に向けて氷柱を地面に突き刺した。どうにかそれを支点に流されていく体を引き止め、アメリアさんを自分のほうへと引き寄せた。その力をうまく利用できなかったのは鍛錬が足りなかったのかもしれない。振り回す形でアメリアさんと私の立ち位置が入れ替わり、手を離した。彼女を道連れにはできない。


 「アメリア! フレイヤ!」


 ノアの声が聞こえる。浮遊感に包まれる。切り立った崖の下は森になっていたはず。私の魔法では勢いを殺しきれないかもしれないけれど、多少の怪我で済むだろうか。

 泣きそうなアメリアさんと焦った様子のノアを見ながら今の状況を冷静に分析する余裕はあるようだった。一瞬の出来事のはずなのに、ゆっくりと回る時間。瞬きひとつで彼女らの姿も見えなくなるだろう。大丈夫だと、心配しないでと声をかける時間もない。


 半ば諦めながらもどうにか体を守る魔法を唱えようとしたところで、ぐいっと手を引かれた。何か温かいものに包まれる。


 ゆっくりになっていた時間が戻り、私は何かに包まれたまま崖下へと落ちていった。



 ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 い、ったぁあああ。

 全身が痛い。皮膚はチクチク針で突かれてるみたいだし、節々も軋んでる。たぶんどこかにぶつけたのか、左肩は熱を持ってる感じがする。でも、無事だった。

 なけなしの魔力を使って落ちる寸前に風のクッションを作ってその上に落ちたから骨は折れてない、はず。

 

 葉っぱが降り積もっている場所に仰向けに寝転がりながら腕の中にいるフレイヤ様を見た。意識を失っているのか動かないけど鼓動は聞こえてるから大丈夫だろう。大して怪我もしてないみたいだし、良かった。

 

 「フレイヤ様」


 小さく声をかける。本当は肩でも叩いて起こしたいんだけど、ちょっと動かすだけでも痛くてね。少しでも休めたいんだよね。


 「ん…………」

 「フレイヤ様、大丈夫ですか?」


 何度か声をかけていたらフレイヤ様が目を覚ました。

 私の上に乗ったまま、ぼんやりとした顔でこちらをじっと見つめている。普段は見ないような表情に思わず頬が緩みそうになった。寝ぼけてるフレイヤ様って見たことないんだよねぇ。


 「…………ユーリ?」

 「はい」

 

 ぼーっとした表情のまま、フレイヤ様が嬉しそうに笑った。目尻が限界まで垂れ下がり、口角も緩く上がってる。小さい子みたいに、心底嬉しそうな笑顔。今まで見たことのないような――


 「んふふ、ユーリ」


 え? …………え? このフレイヤ様、かわいすぎない?

 いや、いやいやいやいや。寝ぼけてるだけだよ、なんか小さい子みたいなのは朝が弱いからだよ、そうに違いない。こんな感じになっちゃうから朝は絶対迎えに行かせてもらえなかったんだね。うん。きっとそう。

 今も嬉しそうに私の胸にすり寄り、この状況なのに二度寝しそうな勢いでぽやぽやしているフレイヤ様に困惑してしまう。でもいつまでもここにいるわけにもいかないし……仕方ない、ちゃんと起きてもらおう。


 「フレイヤ様。あの、そろそろ安全な場所を探さないと……」

 「んー、あんぜんなところ……」

 「えぇ。名残おし……じゃなくて、みんなとも合流しないとだし」

 「ごうりゅう」

 「はい。学園の先生方も心配しているでしょうし」

 「…………学園?」


 あ、起きたかな? さっきまでのとろとろな感じの声じゃなくて、いつものピシッとしたフレイヤ様っぽい。

 んん? なんかプルプルしてる?

 

 ガバっと勢いよく起き上がったかと思うと、私の上から降りて向こうを向いてしまった。足を抱えるようにしてしゃがみ込んでいる。


 「フレイヤ様?」

 「…………さい」

 「はい?」

 「忘れなさい! 今のことは!!」


 耳まで真っ赤にして、でもこっちは決して見ようともせずにフレイヤ様の叫び声が轟いた。寝起きが恥ずかしかったのかぁ。かわいかったのに。

 でもここでそのことに言及し続けると一歩も動けなくなりそうだし、言われた通りにしておこ。


 「……フレイヤ様、とりあえずノアたちと合流しましょう」

 「…………わかったわ」

 

 未だ葛藤はあるみたいだけど、何とか持ち直してフレイヤ様がこちらを向いてくれた。まだちょっと顔が赤いのは黙っておこう。

 うん、それはそれとして。私の現状がよくないんだよねぇ。

 

 「ユーリ、いつまで寝転がっているの?」

 「いやぁ、ちょっと身体が言うこと聞いてくれなくて」


 指摘された通り、私はまだ草の上に寝転がったままだ。起き上がりたいんだけど、身体が動かないんだよねぇ。動かしたら痛いし。魔力の使いすぎとかかな。無理やり動かした感じもしたから、筋組織を痛めてるのかも。


 「……無茶、したんでしょ」

 「あはは」

 「もう、貴方はまた……仕方ない、ですね」

 「へ?」


 気づいたらフレイヤ様にお姫様抱っこされてました。


 「え、あの、フレイヤ様……?」

 「こうすれば、動けるでしょう?」

 「う、ごけます、けど……」


 めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。ただでさえ私のほうが背が高いのに軽々と抱っこされてるのも、体格差でちょっと不格好な感じになっているのもすごい恥ずかしい。


 「重くないですか?」

 「軽いくらいよ。なんであんなに食べてるのにそんなに軽いの?」

 「そんなこと、ないと、思いますけど」


 うぅ…………なんでこんなことになってるんだろう……

 普段だったら絶対しないだろうことをなんでこういう時だけキリッとしてらっしゃるの、この人……


 さっきまでとは全く逆の状況に頭が追いつかない。そんな私を抱きかかえたまま、フレイヤ様は迷いのない足取りで森の中を歩き始めた。




 

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