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嫌な予感


 オーク。

 ファンタジー世界でよく見る魔物。成人男性よりも高い背丈に筋肉なのか贅肉なのか判断がつかない体躯。豚みたいに上を向いた鼻と濁った黄色い瞳。口からは牙がはみ出している。腰布一枚に大きな棍棒を持っていて、人に近い形であるにも関わらず、その姿形はどう見ても異形の魔物。

 それが私達のすぐ目の前にいる。それも2匹。


 王子のかけ声に応じて騎士団長の息子であるイーサンと王子が前に立つ。後ろにはメガネくんとどっかの令息。バランスのいい立ち位置を取り、お互いがお互いの動きを牽制するようににらみ合っている。


 戦闘開始の合図はオークたちの咆吼だった。


 棍棒を大きく振りかぶったままイーサンに向かって駆け出したオークA。もう一方のオークBも遅れて王子に向かって駆け出す。


 「アル! マイク!」


 王子の声と共に後衛ふたりが詠唱を始める。棍棒と鉄の剣がぶつかり、鈍い音が響いた。

 筋骨隆々のオークAと同じくムキムキなイーサンが力比べをするようにお互いの獲物で競り合い、王子は棍棒を軽く躱して横からオークBの腕を切りつけていた。


 「ウォーターボール!」

 「ファイアボール!」

 

 両者の拮抗を破るように水魔法と火魔法がそれぞれに飛んでいく。

 オークAの頭に水球が、オークBの肩に火球が着弾した。大したダメージにはなっていないようだけど、意識を逸らすには充分だ。体勢を崩したオークBの脚に王子が放った斬撃がぶつかる。そのまま膝を付き、頭が下がったところでもう一度火球が今度は側頭部に当たって爆ぜた。軽く焼けただれた頭を手で押さえながら呻くオークBにトドメの一撃が襲いかかる。危なげなく王子が血に塗れた剣をオークBの身体から引き抜き、もう一方へと視線を向けていた。オークAのほうも既に戦闘は終わっていた。


 「みんな、上出来だ。お疲れ様」


 金髪を掻き上げながら王子がにっこりと笑う。こういう仕草は王子様って感じがするね。


 緊張していた空気も戦闘を終えたことで少し緩くなり、後衛ふたりも肩の力を抜いたようだ。

 弛緩した空気の中、嫌な臭いが漂う。さっきからずっと臭ってる。これで終わりじゃない。


 「ユーリ?」


 フレイヤ様が不思議そうな顔でこちらを見ている。

 ピリッと空気が爆ぜた。


――グオォォォオオオオオ!!!


 耳を劈く咆哮にビリビリと空気が震える。

 

 その中で動けたのは私だけだった。考えるよりも先に駆け出す。王子一派は戦闘を終えたばかりのところに突如降って湧いた新たな敵に完全に膠着していた。ノアとフレイヤ様は戦闘体勢には入れている。ふたりがアメリアを守るように構えたのが視界の端に映った。

 先ほどよりも一回り以上大きなオークが現れたのは王子のすぐ側。身体中に風を纏い、いつもは出さない速度で駆け、数メートル手前で跳ぶ。振り下ろされる棍棒と王子の間に陣取るように剣を滑り込ませた。軌道を外らせるように剣の腹を滑らせ、オークの胸を蹴って距離を取った。

 何もいなかったはずの物陰からぞろぞろと他のオークが出てくるのが見える。すでに包囲されていた。


 「殿下!」


 私の声で王子が金縛りから解き放たれる。


 「総員、戦闘準備!!」


 彼の叫ぶ声を背中に聞きながら、私は一番でかいオークと対峙した。周りのオークたちは皆に任せる。

 たぶん、オークキングっていうやつだろう。オークの上位種……というよりは親玉。身体の周りには黒いオーラみたいなものが纏わりついている。それを見るだけで全身に鳥肌が立つような嫌悪感。これは出し惜しみなんてしていられないだろうな。

 

 体内の魔力を練る。ぐるぐると、身体中に行き渡らせるように。濃く、速く、血液に乗せるように。


 後ろから熱が迫ってくるのを感じた。ノアの火魔法だろう。私の上を通過していった大きな火の柱がオークキングの胸にぶつかった。

 少しのけぞったけど、鬱陶しそうに腕を振っている。ちょっと焦げたくらいでダメージにはなっていないようだ。でもそれで充分だった。未だ燃え続けている柱に身を隠すように走る。ノアならわかってるから大丈夫。

 私が跳び上がるのと同時にノアの魔法が途絶えた。未だ腕を振っているオークキングのその腕を狙い、下から斬り上げた。


 一瞬の手応えの後、ボトリと腕が落ちた。


――グ、グギャアアァオオオオオオッッッ!!


 吹き出す血と落ちた腕の根本を押さえつけるオークキングの叫び声がさっきよりもさらに空気を振動させる。

 血走った目で私を睨みつけ、口の端からは強く噛み締めすぎたのか血混じりの唾液が垂れている。


 残された腕に握られた棍棒が私に向かって振り下ろされる。王子たちが戦っていたオークたちよりも速く鋭い。そして、さっきの王子に対する振り下ろしよりも殺気が籠もっている。剣で受けると折れるだろうな。さっきみたいに刃の腹で滑らせようと斜めに構えたところで、目の端に赤い液体が飛び込んできた。切り落とした腕から滴る血を私に向かって飛ばして目潰しを狙っているんだ。でも残念、それは私には届かない。身体に纏う風の層が目潰し目的の血液を弾き飛ばす。


 一瞬だけ棍棒から目を離したのが失敗だった。

 滑らせるつもりで構えていた剣には何の感触もなく、代わりに横からトラックにぶつかられたくらいの衝撃と同時に身体が吹っ飛んだ。むき出しの岩肌に突っ込み、遅れて思考と痛みが追いついてきた。いったぁ。

 風のシールドで怪我はないけど、それでも叩きつけられるとやっぱり痛い。一瞬意識飛びそうになった。

 

 「ユーリ!」


 フレイヤ様の声が聞こえる。震えている声はちょっと泣きそうになってる感じかな。……うん、寝てる場合じゃないね。


 立ち上がり、少し離れたところに落ちていた剣を拾った。

 意識だけはオークキングから外さずに、フレイヤ様に笑いかける。


 「大丈夫です。私が、守ります」


 ――だから、泣かないで。

 

 さっきから回してた魔力が今までにないくらいに速く、濃くなっているのを感じる。だけどもっとだ。もっと、もっと――

 身体が熱い。血液が沸騰しているみたいだ。頬を撫でる風が心地良い。


 トン、トン、とその場で跳ぶ。纏ってる空気がより濃くなり、足元の感覚が薄くなっていく。


 シュッ。

 

 オークキングの脇を通り過ぎ、地面を滑るように身体の向きを変える。

 大した手応えもなく、すんなりと刃が肉と骨を断つ。いつもよりも速く跳べた。速すぎてちょっと行き過ぎた。

 

 「ちょっとズレた」


 首を狙ったのに左肩を斬りつけただけだ。右足に力を込め、もう一度跳ぶ。

 今度は外さない。


 「――じゃあね」


 軽く振るだけ。それだけであっさりと首が落ちた。私が地面に着地するのと同時に巨体が倒れ込む。

 剣についた血を振り払い、ふっと息を吐いたところで全身に感覚が戻ってきた。体の節々がズキズキする。ちょっと頑張りすぎたかな。


 「アメリア! フレイヤ!」


 ノアの叫び声だ。飛びそうになっていた意識を無理やり叩き起こして、声のしたほうを向くとちょうどフレイヤ様が空に投げ出されそうになっているところだった。いつの間にか崖のほうに追いやられ、足を踏み外したのかもしれない。

 頭の片隅でそんな分析をしながらも駆け出す。身体中が痛い。でもそんなものも後だ。さっきよりももっと速く。

 スローモーションのようにゆっくりと崖下へと吸い込まれていきそうな彼女に手を伸ばし、私自身も空に飛び出した。

 抜けていきそうな力を振り絞り、彼女を引き寄せて抱きしめる。頭を守るように胸元へと抱え込み、重力に従って私達は崖下へと落ちていった。

 



 

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