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実地訓練的林間学校


 ぴちゃん、と水が落ちる音が灯りの少ない室内に響いた。

 外は豪雨のはずなのに、そんな小さな音が耳に真っ直ぐ届いてくる。それよりも張り裂けそうな心臓の音が耳の奥で木霊していて、それが相手に届いてしまうんじゃないかと回らない頭の片隅で心配している自分もいる。

 ぴちゃん、ともう一度。びちょびちょになった制服から水滴が落ちる。

 目の前の火にちりちり焼かれる肌よりも内側からの熱のほうが断然熱い。

 もしかしたら横にいる彼女からほのかに感じる体温のほうがもっと熱いかもしれない。


 ボロボロの掘っ立て小屋の中、暖炉の前に座りながら私はどうしてこうなってしまったのかを考えることで現状から逃げることにした。いや、全然逃げられてないんだけど。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 「実地訓練?」


 毎度おなじみ、私の疑問にノアは盛大にため息をついた。「やっぱり覚えてなかった」って呟いてるの聞こえてるからね。ごめんって。

 4人で囲む昼食時にノアから飛び出た次の校内イベントに首を傾げたのは私だけだったようだ。呆れかえってるノアに代ってアメリアが説明してくれた。


 「魔法と体術の実地訓練です。えぇっと。確か王都から馬車で1時間ほどの山で行うと」

 「えぇ、アメリアさんの言う通り。ベロニカ領とは反対側、つまり東側に位置するイベリス領のマガリ山です。イベリス領は山に囲まれる位置に都市を構えているので、外側から都市部へと向かうのが訓練内容のはずです。全員参加ですが、体術を専攻していない生徒は後方支援がメインになります」


 アメリアの説明を補足するようにフレイヤ様が続ける。

 ほうほう、つまりは林間学校的な?


 「で、ここからが本題」


 満を持してって感じでノアがさらに続けた。これを話題にしたかったのに私が覚えてなかったから事前情報を教えてくれることになったみたいだ。


 「マガリ山自体は低山だし、魔物の生息はあるけど王都の近くだから適度に間引かれていて数も少なくて弱い。ただ、8人でチーム編成をしなくちゃいけないのよ」

 「……多くない? 前衛と後衛で2人ずつくらいいれば大丈夫そうだよね?」

 「多くない。貴族は魔法に長けている者が多いけど体力はお察しだもの。あんまり少ないと遭難しかねないから」

 

 箱入りお坊ちゃまとお嬢様の集団だもんね。少ない人数でたくさんのチームを作るよりは多い人数で少ないチームのほうが教師陣も把握しやすいんだろう。

 で。こんな話をするっていうことはたぶんチーム編成の話がメインなのかな。私達は普段4人だし、他に4人いなくちゃいけない。そう確認するとノアは満足げに頷いた。そして同時に難しい顔をする。


 「誰と組むかってこと」

 「そうなるよねぇ」


 実力だけ見れば私達と組みたい人も多いだろう。実力だけ、なら。公爵家と伯爵家と聖女候補。おまけに変わり者の子爵家令嬢。クセがありすぎる。


 「……いなくはないのよ、いなくは」


 ノアがぎゅっと眉間に皺を寄せた。すっごい嫌そうな顔だ。

 なんだか嫌な予感がしながらその提案を聞いてノア以外の3人もぎゅっと眉間に皺が寄った。

 


 ◇   ◇   ◇   ◇

 


 からりとした晴天の下、山の麓に集められた生徒たちの中に私もいた。普段よりも濃い自然の匂いを胸いっぱいに吸いながら横からの視線を無視する。


 「天気がよくて良かったですね!」

 「山の天気は変わりやすいと言います。あまり油断はできませんよ、アメリアさん」

 「ま、雨じゃないだけマシよね」


 アメリア、フレイヤ様、ノアもあえて見ないようにしているのか無難な会話を続けている。

 

 「……わかってはいるが、もうちょっとどうにかならんのか」


 冷え冷えとした両者の間の空気に我慢ができなくなったのはテオ王子だった。別に私はそのままでもよかったのに。

 がっくりと肩を落としながら私に向かって話しかけているのはわかっているし、王子は無視する対象でもないからにっこりと笑顔を貼り付けて応えることにしてあげた。あくまで外面笑顔。


 「何がでしょう?」

 「いや、まぁ、うん。すまん」

 「殿下に謝られるようなことは何もないかと?」

 「そうは言ってもなぁ」


 ちらり、と王子が私のことを睨み続けている彼らに視線を投げた。


 「……アルは将来オレの右腕になる男だ。イーサンもいずれは騎士団長になるほどの腕前がある。悪いやつらではないんだ」

 「…………」

 「そんな目で見るな。お前にとってはそうじゃないのも重々承知だ。ただ、今日くらいは勘弁してくれ」


 ……そう言われちゃうとな。

 私だって別に好きで無視してるわけじゃないよ。こっちに敵意むき出しにしてるのはあのふたりだし。ついでにどこの誰かわからないどっかの令息もいるんだけど、その人までなんで私のこと睨んでるんですかね。何かしました?


 「……まぁこちらに危害を加えるようなことがなければ、私は何も言いませんよ」

 「すまん。オレが責任を持ってあいつらのことを監視する」


 頭を下げ、王子は私の元を離れて行った。仮にも王族が頭を下げるのはどうなんだろうと思いながらも、そうやって友人兼部下と幼馴染というだけの私の間で挟まられながらも両者の仲を取り持とうとしている王子に感心した。昔はオレ様ワガママって感じで国の未来が不安だったのにいつの間にか気を遣えるようになったんだな、なんて保護者のような心持ちにもなる。今の彼なら、いい国になるだろうな。


 

 ……って感心したんだよ。なんだよ。私の感心を返せ。全然コントロールできてないじゃないか。

 

 はじめは些細なことだった。

 出てきた魔物に対して8人全員で対処するのはあまりにも非効率的……というか、お互いが邪魔になるからという理由で結局私達4人と王子たち4人で順番に対処することになった。どっちが先、なんていうのを争うつもりもなかったのでノアが「お先にどうぞ」をした。ここまではよし。

 で、飛び出てきた魔物を王子たち4人が対処した。ここまでもよし。

 次。2匹目の魔物を私達で対処。これも、よし。順番通り。

 問題はここ。私が魔物に向かっていく途中で水球が飛んできた。バッチリみんなの死角を狙うように、着地しようとする足元ギリギリに。

 まぁそのくらいならどうにでもなる。風で一瞬だけ身体を浮かして着地タイミングずらせばいいだけだし。


 それが1回だけならね。私も気にしなかった。


 私達の戦闘の順番が来る度に靴の踵を後ろから踏まれるような、地味ぃな嫌がらせをちまちま続けられるのはちょっとストレスが溜まるよねぇ。被害は何もないんだけどさ。


 「………………チッ」

 「ユーリが舌打ちするなんて珍しいわね」


 思わず舌打ちが飛び出たのをノアに聞かれてしまった。

 

 段々と木々が減っていき、ついには森を抜けたところで辺りはゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていた。山頂に近づいている。

 王子一派が先を歩き、私達が後ろをついて歩いている。できるだけお邪魔虫たちから離れたかったから、私はその中でも一番後ろを歩いていた。ノアは私のちょっと前にいるから聞こえちゃうよね。

 私は薄くため息混じりに笑ってみせる。たぶん、苦笑してる感じの笑顔。


 「ちょっと、疲れちゃった」

 「そうね。アレは疲れるわ」


 ちらり、とノアの視線が王子一派に向かう。せめてもの救い……なのか、王子以外からの嫌がらせみたいな妨害行為は私にしか向かってきていない。ノアやフレイヤ様だと貴族的な問題が生じるし、アメリアはふたりのどちらかと一緒に後衛にいるから狙われづらいんだろう。王子に見られないようにどさくさに紛れてる感じがまた腹が立つ。


 「こうなるだろうと思ってたから気が進まなかったんだけどね」

 「ノアのせいじゃないよ。気にしないで」

 「……ありがとう。気休めにしかならないけれど、あと少しの辛抱ね。ここを抜ければあとは下るだけだし」


 そう、あと少し。山を越えて向こう側にたどり着ければこのチームも解散だ。

 ふぅっとさっきよりも大きく息を吐き出したのと、前方から王子の声が聞こえたのはほぼ同時だった。


 「魔物だ! 総員、戦闘準備!」


 弛緩していた空気に緊張が走る。遮蔽物の少ないこんな場所で出る魔物。しかも少し行けば崖がある。じわじわと嫌な予感が背筋を上ってきた。なんかこういうところって()()が起きそうだよね。




 

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