新学期とメガネと手袋と
「結局何もわからなかったんだ」
「まだ、よ。まだ。鋭意捜索中」
ふーっと長くため息をつきながらノアがカップに口をつけた。
アンデッドに囲まれた謎の空き家捜索から数週間。夏休みも終わり、学園へと戻ってきた私達はあの事件について学園内のサロンでノアから報告を受けていた。で、結局今のところは何もわかってないらしい。生け捕りにした連中も頑なで、なかなか口を割らない。それどころか、何かしらの魔法を事前に行使していたようで問い詰めたところで初めから何も知らないような振る舞いをするらしい。後ろ暗いことをしてるっていうのは確定かな。真っ黒マントの謎集団なんて良からぬ儀式をして誰かが被害者になりそうな展開しか思い浮かばないもんね。ほら、邪神様復活!みたいな。
「変な事件にならなければいいけどねぇ」
「ま、そこも含めてお父様がどうにかするわよ。私達にできることは何もないわ」
ノアの言う通り、私達にできることはもうない、かな。ノアのお父様、サフラン伯爵主導で事件にあたってるみたいだし、後は大人に任せよう。
この話はここまで、とノアは紅茶をもう一度口に運び、それから私のほうをじっと見つめてきた。なんだか含みのある視線で。
「……それはさておき、なんかあんたたち、近くない?」
「あ、ははは……」
そういう含みだったか。
たしかにね。私も不思議には思ってるんですよ。4人で丸いテーブルについているのにバランス悪いもんね?
私の対面にノアがいて、私の両隣にフレイヤ様とアメリアがいる。割と近い距離に。おかげで1対3で座ってるように見えるんだよ、これが。どうして?
「……別に、どこに座ろうと私の勝手でしょう」
「ノア様のお話をお聞きしやすいように、と思いまして」
ふたりして笑顔なのに私から視線をそらすのは何なんだろうね?
「おい!」
じりじりと左右から距離を詰められてるし、ノアに助けを求めても我関せずな態度を取られてさぁどうしようかと悩んでいたところで男性の大声が聞こえてきた。他の誰かに対して怒っているような感じ。今この状況の解決には何も助けにはなってくれなさそうだ。
「おい! そこの平民だ!」
……お? そうでもなかった?
思わず声のほうへと顔を向けると、どすどすと音が聞こえそうな足取りでメガネの男子生徒が近づいてきていた。どこかで見たことがある、気がする。というか、ここは芝生なのにどすどす聞こえそうなくらい感情表現豊富な歩き方っていうのもなかなか難しいと思うんだよね。貴族様の歩き方じゃない。
器用なことをするなぁなんて半ば感心しながら見守っていると、見覚えのあるメガネ生徒は私達から数歩離れたところで止まった。
「……ヒイラギ様、何か御用ですか」
場を代表するようにフレイヤ様が問いかける。ヒイラギってやっぱりどこかで聞いたことがあるような?
ヒイラギと呼ばれたメガネ生徒はふんっと鼻を鳴らしてからフレイヤ様を一瞥し、取ってつけたように挨拶をした。
「私が用があるのはそちらの平民です。ベロニカ嬢、サフラン嬢には申し訳ありませんが、平民を少しお借りしても?」
「……彼女は今、私達とお茶会をしているのですがそれよりも重要な案件ですか?」
「えぇ。そこの平民が不正を行っているのを白日の下に晒し、この学園の権威を守る義務が私にはあります。そのためにもぜひ、私の用件を聞き入れていただきたい」
なんだ、それ。なんかムカつくメガネだな。………………ムカつくメガネ?
「あ」
「どうしたのよ、ユーリ」
「中間考査でアメリアに負けていちゃもんつけてた伯爵家のお坊ちゃんか」
「なっ!」
「……あんた、忘れてたの?」
完全に呆れ顔のノアに私は愛想笑いで返す。うん、忘れてたのよ。だってあの時に何かぎゃーぎゃー言ってて、その後運動大会でアメリアのことを閉じ込めた主犯格なんだろうなーって思いつつも実行犯はおしおきしたけどその後のことはフレイヤ様がテオ王子経由で何かしらの処分をしたって聞いただけだったし。そもそも人の顔覚えるの苦手なんだよね、私。メガネしか覚えてなかった。
思い出せてスッキリしたー。あ、なんかメガネくんぷるぷるしてるね。顔も真っ赤だ。
「……ッ! 子爵家の分際で……!」
「ユーリはウチの親戚筋だけど?」
ノアの言葉にメガネくんは口を閉ざしてさらにぷるぷるしている。子爵家は子爵家でも伯爵家の親戚筋だから、同じ伯爵家のメガネくんが見下すのはお門違い、っていうことらしい。私も貴族の爵位ってよくわかってないんだけど、やっぱりそこら辺は上下が大事なんだって。ちなみにベロニカ家もサフラン家もそこまで気にしていないみたいだ。いちいち気にするのは傲慢な家だけだって言ってた。そういう家には上下関係を出すと大体黙るから使い所次第だ、とはノアの談。
で、案の定『気にする』メガネくんはノアの一言に何も言えなくなっているわけですね。
少しの間ぷるぷるしてたメガネくんは自分の中で何かしらの折り合いがついたのか、私とのやり取りをなかったことにしてキッとアメリアのほうを睨みつけた。
「……平民、お前の不正を全校生徒の前で暴いてやる」
苦虫を噛み潰したような表情で言うことですかね? そういうのってもっとこう、居丈高に言うやつじゃないの?
そう思って見守っているとメガネくんは徐ろに懐から白い手袋を取り出し、アメリアに向かって投げつけた。
「おっと」
アメリアに当たるよりも先に手袋を叩き落とす。ぱさり、と手袋が地面に落ちた。
「……」
「……」
「……」
「……?」
なぜか全員黙ってしまった。よくわからない空気の中、私とアメリアだけが首をかしげる。少しの間を置いてノアが私のほうを向いた。
「……ユーリ?」
「うん?」
「なんで撃ち落としたの?」
「え、だってよくわかんないけど女の子に手袋投げつけるのって失礼じゃない? キャッチするのも違うかなって思って」
「うん。そうよね。あんたはそういう子よね……」
ため息をつかれた。なぜ?
解せないまま、もう一度首を傾げているとノアは心底不憫なものを見るような視線を今度はメガネくんに向ける。
「えぇっと。ヒイラギ様? この場合、ユーリが受けることになると思うのだけれど」
「…………」
メガネくんは地面に落ちた手袋を口を開けたまま見つめていた。




