館の中の捜索
実験の結果。
なぜか私とでしかアメリアの聖魔法が上手く乗らず、結局ノアとフレイヤ様が足止めしてくれたところで私がアメリアを抱きかかえて突撃する形で収まりました。
……のはいいんだけど。
「――ぅわっ!」
さっきからフレイヤ様の氷魔法が私に向かって絶妙な感じで飛んできてて、ちょっと身の危険を感じております。
今も氷の棘が足下から飛び出してきたのをとっさに避けたから代わりにゾンビが数匹吹っ飛ばされていった。打ち上げられたのでさっくり斬っておいたけど。
ひとまず周りの敵影がなくなったのでフレイヤ様に振り返ってみる。
「…………フレイヤ様?」
「何か?」
え……なんか怒ってる…………?
真顔だしこっち見てるのに見てない感じだし。普段だったら絶対味方に向かって攻撃魔法を飛ばしてくるような感じでもないのに。……いや、悪役令嬢だったらそういう展開もあるのか?
アメリアを抱えたまま背筋に感じる冷たいものの正体を見極めようとフレイヤ様の顔をじっと見つめるけど、どうにも原因がわからない。もしかしたらゾンビが襲いかかろうとしてたのを庇ってくれただけかもしれないし。
「フレイヤ、いい加減になさい」
ぐるぐると思考を回しているところで、ノアが呆れたように言った。ノアの言葉にフレイヤ様も何か思うことがあるみたいだ。さっきまでの真顔とは違って、どこか拗ねたような……うん、怒られた子どもみたいに口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「まったく……とにかく、この辺のアンデッドは粗方始末できたようね。あとは館の中、だけど。ちょっと戦略を変えないと燃えるわね」
「跡形もなくなっちゃうのはさすがにまずいよねぇ」
「あんたも館の中じゃ剣振り回せないでしょ。というか、いい加減アメリアおろしてあげなさいよ」
あ、すっかり忘れてた。ずっと抱きかかえてたから違和感なくなっちゃってた。アメリアも慣れたのかさっきよりもしっかり密着してくれてて、抱きかかえやすいのもある。ノアに指摘されて肩に置かれていた手がパッと離れていった。
「ごめんね、アメリア。すっかり忘れてた」
「い、いえ。私は気にしていないので……むしろ今のままのほうがいいというか……」
抱っこされてるほうが楽だもんね。ただでさえ、アメリアはあんまり運動得意じゃないし。
未だごにょごにょ何かを言っているアメリアを一度地面におろし、ノアに向き直る。フレイヤ様は相変わらずそっぽを向いているけど、さっきよりも近くまで来ていた。作戦会議しなくちゃだからちゃんと話が聞こえる位置まで来てくれたらしい。不機嫌そうにしながらも、フレイヤ様が口を開いた。
「司祭様に頼まれたのはアンデッドモンスターの討伐。とりあえず館の周りのアンデッドはおおよそ片付いたとして。やっぱり館の中まで捜索しないといけないわよね。中に原因があるんだったらまた沸いてくるかもしれないし」
「それはそうね。でも私の魔法だと館は火事になりかねないし、ユーリが剣を振り回して破壊するのも避けないといけない。そうなるとフレイヤの氷魔法に頼ることになりそうだけれど」
「私は構わないわよ。まだ魔力も十分残っているし」
さすがフレイヤ様。あれだけ魔法を連発してたのにまだ余力があるんだね。ノアもまだまだいけるんだろうけど。私も体力はまだまだ残っているし魔力はほとんど使ってない。ちょっとサポート代わりに風魔法は使ってるくらいだ。ちらりとアメリアのほうを見ると、アメリアもまだ大丈夫そう。
「館の中なら大勢に囲まれる状況も少ないでしょうし、フレイヤの氷魔法で足止めしてアメリアの魔法でトドメっていう感じで行きましょうか。アメリアも近ければ魔法を使えるでしょ」
「はい。先程までの多さでなければ、なんとか」
「ユーリはフレイヤの打ち漏らしがあれば対処、基本はアメリアの護衛かしらね。私も大きな魔法でなければ火以外も使えるし、探知しつつ皆のカバーをするわ」
「うん、それでいこう」
ノアの作戦のもと、私達は館へと足を踏み入れた。
ギィっと錆びついた蝶番の音を響かせながら、扉を開ける。長らく使われていないはずの館の中は空気が淀んで――いない。まるでつい最近、誰かが出入りしたかのように積もっているはずの埃も取り除かれており、中の空気も循環させた形跡がある。警戒しつつ踏み入れたのにアンデッドの姿もない。
「……いないね」
「……ですね」
「反応も、ないわね」
四者四様、きょろきょろと周りを見渡してみるけれど何もない。
今私達がいるのは玄関から入ってすぐのエントランスホール。貴族が住む邸宅によくある、だだっ広い空間だ。正面に階段があり左右へと2階へと続いている。1階フロアから左右に伸びている廊下を進めばおそらく食堂や客間などがあるんだろう。薄暗くて奥までは見通せないけどノアの魔力探知にも引っかからないということは本当に何もいないんだろう。私も魔物の気配は感じない。感じないんだけど。
「……なんか、匂うんだよねぇ」
「あんた、ついに五感まで野生に……?」
「え、ついにって何?」
「普段の動きがすでに野生児でしょ。すぐに陽だまりで昼寝するような令嬢が野生児以外なんだっていうのよ」
令嬢だよ。ちょっと変わり者の。
「それより、何が匂うんですか?」
じとっとした目でノアを見つめていたらアメリアにバッサリいかれた。おかげで余計な話にならなくて済んだけど。
気を取り直して私が感じてるものを皆に伝える。
「かすかにだけど香の匂いがするんだよ。でもこの館の中……というよりは、下?」
「下? 地下空間でもあるのかしら」
「でしたらどこかに入口が?」
「うーん……入口探すのもいいんだけど、たぶんこの真下な気がする」
「では真下に進めばいいわ」
ずっと黙っていたフレイヤ様の言葉にそれ以外の3人がびっくりして目を向けるよりも前にフレイヤ様の魔力がエントランスホールに充満した。
「ちょ! フレイヤ――!」
ドゴォォォンン!!
ノアが止めるよりも早くフレイヤ様の魔法が炸裂し、エントランスホール中央部が瓦礫が崩れる音と共に陥没していく。数秒の揺れの後、ぽっかりと大きな穴が開いた。
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃないわよ! 屋敷を壊さないようにって作戦だったのに何率先して壊してるのよ!」
なんかスッキリしたような顔でやりきった感を出すフレイヤ様。それに対して突然のことに唖然としていたノアが大穴を指差しながら怒っている。珍しい光景に私もアメリアも開いた口が塞がらないで見守っていたけど、地下空間から聞こえてくる音にハッと我に帰った。崩れた側面はフレイヤ様の魔法で凍りついているからこれ以上崩れることはないかもしれないけど、ここでノアのお説教を続けるよりも先に下を確認したほうがいいんじゃないかな。
「ま、まぁ、フレイヤ様のおかげで下にはすぐ降りられそうだし、いいんじゃない?」
「そ、そうですね。まずは地下空間の確認、ですね」
「うん。下からなんか不穏な音が聞こえてくるんだよね。魔物じゃなさそう」
私の言葉にノアがぴたりと止まった。風に乗って聞こえてくる足音は魔物のそれじゃない。ということは、人間だ。それも、複数。
「……何人いそう?」
「10人くらい、かな。武器の類は持ってなさそうだよ」
徐々に近づいてくる音に私は魔力を練り上げ始める。私達の正面、地下空間の通路の奥から聞こえる音が近づいてきている。そこに向けて拳を握り込み、構える。
「なんだ! 今の音は!」
飛び出してきたのは黒いマントを羽織った集団だった。明らかに怪しい。ちらりとノアのほうに視線を向けると彼女は無言で頷いた。よし、許可出たね。ぐっと足に力を込め、私は真っ黒マントの集団に向かって飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「呆気なかったわね」
「全然手応えなかったんだけど。何なんだろうね、この人たち」
ノアの言う通り、真っ黒マントの集団はあっという間に私に制圧された。それはもう一瞬で。弱すぎない?
「……ここ、何かの儀式でもする施設みたいね。魔法陣に祭壇」
「怪しさ満載、ですね」
「その調査もまとめてお父様に報告ね。とりあえず他に誰もいないことを確認した上で自警団に報告しましょ。これ以上はアメリアの力も必要なさそうだし、さっさと帰ってシャワー浴びたいわ」
服の埃を落とすような仕草をしながら言うノアに私達も頷いた。アンデッドモンスターの相手も謎の集団の相手も大したことはなかったけど、ずっと魔法を使っていたアメリアは疲れてるだろう。館の中で見つけた縄で推定犯罪者たちを簀巻きにし、さくっと探索をしてから謎の残った館をあとにした。




