バカンスのお誘い(強制)
「しっ!」
ビュッと木剣が空気を裂く。
昼下がりの庭。数カ月ぶりの我が家だ。
長期休みに入り、5日前の夜に実家に帰ってきた。それから毎日ルイスの遊びに付き合っている。よっぽど私が帰ってきたのが嬉しいのか、朝から晩までルイスに連れ回された。そこまで喜んでくれるとお姉ちゃんとしても嬉しい。さすがに11歳の体力が無限大すぎて疲れるけどね。
今日も今日とてルイスに連れ回されそうになったけど、お母様からのお叱りと家庭教師の日だったので私はひとり中庭で素振りをしている。
暑いけど夏に身体動かすのも好きなんだよね。汗かいたー!って後のお風呂とか最高。
前世に比べると湿度も低いし気温も30度まで上がらない。過ごしやすい夏だ。
「ふぅー、ちょっと休憩」
汗を拭きながら木陰へと座り込む。魔力を回すついでに身体の周りに風を起こすと、ちょっと生ぬるいけど心地いいの空気の層ができた。本当はフレイヤ様と一緒にいたいところだ。彼女に氷魔法を使ってもらうと簡易冷房ができるからね。
用意していた水筒から水を飲み、ぼんやりと空を見つめた。
白い雲が所々ちぎれたように浮かんでいる空はやっぱり前世のおばあちゃんちを思い出させる。
『黄昏時のアイビー』のストーリーが始まって、4ヶ月。
未だにどういう展開で話が進んでいるのかはわからない。妹との会話を思い出そうとしても頭の中にぼんやりもやがかかる。たまーにふと思い出すことはあるけど意図して思い出せるものではない。私がこの世界で過ごしてもう15年経っているし、記憶自体も曖昧になっちゃってるんだろうなぁと半ば諦めてもいる。ただなんとなく、ここ最近のことを思い出すと概要というか……ちょっとだけわかったこともある。
たぶん、この世界はとても『お約束』なんだろうなぁって。
アメリアの万年筆を探してた時に思ったことだ。あの後、熱を出したり期末考査があったりとゆっくり考える時間もなかったけど、改めて考えるとどう考えてもあれは『お約束』なんだよね。都合よく教室で会話をしたのも、それをアメリアのことをよく思っていない生徒が聞いていて嫌がらせに森へ捨てたのも、その割に大した破損もなくちょうどよく柔らかい草の上に落ちていたのも。
つまりは主人公に都合のいいような展開が多いっていうことなんだろうけど。それって攻略対象との関係を深めるために起こることなんじゃないのかな?
というか攻略対象って誰なんだろう。やっぱり王子、宰相の息子、騎士団長の息子あたりなのかな。でも若干2名は印象最悪だし、王子なんてほとんど接点なさそうだ。
うーん、と腕を組みながら首を傾げてみるけど、乙女ゲームも現実の恋愛も経験がない私にはその辺の事情がわからない。たぶん悪い印象から一転して恋に落ちるような展開があるんだろうけど……現状、そういった様子も見られない。
普段はあまり設定を気にしないようにはしてる。実際私はこうしてここで生きてるからね。空想の世界は現実としてここにあるわけで。わからないストーリーに振り回され続けるわけにもいかない。
ただ大切なひとたちが不幸な目にあわないように。
それだけが私の望みだ。
ちょっとだけ事態の整理はできたものの釈然としない部分も多い。
スッキリしない頭を振りながら、私は大きく伸びをした。また今度考えよう。
「……ん?」
ぐいーっと身体を伸ばしているところで、屋敷の玄関のほうが少し騒がしいことに気づいた。
お父様は仕事に行っているし、お母様の来客もないって聞いてるけど。なんだろう?
タオルを首にかけたまま、玄関へと向かう。
「あれ、フレイヤ様?……と、ノア?」
門の前に公爵家の馬車と伯爵家の馬車が停まっていた。見慣れた光景、でもある。
すでにふたりとも我が家に上がり込んでいるみたいだ。馬車の前で業者さんが馬の世話をしていた。軽く会釈をするとにっこりと微笑まれた。
勝手知ったる我が家とはいえ……事前の連絡とか私への報告とかないんだもんなぁ。
ウチの使用人さんたちも慣れたもので、ここ数年は先にふたりを客間に案内してくれていたり、はたまた私の部屋に直に連れてきたりする。それはそれでどうなんだ。私の予定は大体無視ですよ。私がいなかったらそう伝えてくれてるみたいだけど。
「あ、お嬢様。フレイヤ様とノア様がいらっしゃっています」
案の定、玄関から入ると使用人さんに声をかけられた。
「そうみたいですね」
「客間にお通ししております」
「ありがとうございます。ちょっと挨拶してきますね」
「え、ちょ、お嬢様、その格好で――」
使用人さんが何か言っていたけどそれよりもふたりを待たせているほうが気になるので、そのままてくてくと客間まで歩いて行く。
2回ノックをして客間のドアを開けた。
客間のソファにフレイヤ様が扉を背に、その正面にノアが座っていた。
「フレイヤ様、ノア。お待たせしてしまってすみません」
「……ユーリ、あんたまたそんな格好で」
「? 何か変?」
「変、じゃないけど」
開口一番、ノアが盛大にため息をつかれた。私のほうを振り返ったフレイヤ様にもじっと見られてる。自分自身の服装を確認するけどどこも変なところはないと思うんだけど。鍛錬用の比較的動きやすいシャツとズボン、首からはタオルをかけたままだ。暑かったからシャツの首元が少し開いているくらいで特に何もないけど?
「……フレイヤ、見過ぎ」
「べ、別に見てなんか……!」
「?」
慌てた様子で顔を逸らされた。やっぱり変なんだろうか。いつもこの格好なんだけどな。
「まぁいいわ。さっさと本題に入りましょう。待たせてることだし」
「待たせてる? 誰を?」
「ウチの両親よ。ユーリ、今からウチに行くから」
「へ?」
事態が飲み込めないまま客間の扉が開いてノアんちの使用人さんたちがなだれ込んできた。
「え、ちょ、なに? ノア、ちゃんと説明!」
「ユーリの荷物はあんたんちのメイドに用意させたから。あ、叔父様にも許可もらってるわ」
「いや、言葉が足りなさすぎる!」
「細かい話はあっちでするわよ。さ、早く出発しないと到着が夜中になっちゃう。フレイヤもほら。いつまでも悶えてないで」
「……別に悶えてません」
ノアの号令で使用人さんたちに捕らわれ、あれよあれよという間に私は無事、拉致されました。




