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夏のダンスパーティー


 夏休み前の最終日。

 朝から学園の中は静かな興奮に包まれてた。朝食の時からみんな今晩行われるダンスパーティーの話題で持ち切りだったし、昼過ぎには女子生徒たちは準備を始めていた。


 実力考査と同じように張り出された成績一覧の前には人もまだらだ。成績よりも華やかなパーティーだよね。

 ちなみに順位は上位5位までのメンツは変わらず。フレイヤ様、ノア、アメリアの順のままだ。

 私はとりあえず上位3分の1には入れた。ノアの勉強合宿は無事回避できました。よかった。


 日中は部屋でまったりしたりちょっと身体を動かしたりして過ごし、夕方になる前に私も礼服を片手に部屋を出た。

 衣装は実家から取り寄せたけどウィッグは貸衣装屋で借りることにしていた。

 男性用の礼服……というよりも女性用のパンツスーツのつもりだったんだけど、出来上がったら男性用になっていた礼服が家にあったんだよね。いわゆる燕尾服。王子に誘われて急に用意することになるんじゃないかと思って準備していたものだ。いつかの婚活パーティーみたいな前科があるからね。未だ婚約者のいない王子って大丈夫なのかな。

 貸衣装屋では銀髪のウィッグを借りた。髪色は普段の私からかけ離れたほうがいいかと思っての銀髪。瞳の色はどうしようもないのでこのままで。コンタクトなんて便利なモノはこの世界にはない。

 肩よりも短く、普段見慣れている茶髪ではない自分を鏡で確認したけど『色違いのお父様』って感じだ。


 その格好のまま街を歩き学校まで戻ってきた。パーティー会場は校内のホール。こういう時用に広いダンスホールがあるんだよね。さすが貴族学校。

 なぜか人とすれ違う度にめちゃくちゃ見られてる。それがホールの入口でピークになった。

 アメリアとの待ち合わせ場所で邪魔にならないように端っこに寄ってるはずなんだけど……なんか人だかりできてない? 私を中心にして円が形成されているような。

 不思議に思いながら待っていると突然人だかりが割れた。小さく歓声まで聞こえてくる。

 

 「アメリア」


 割れた人だかりの先に見えたアメリアに小さく手を振ると、左右をきょろきょろ見渡していたアメリアの視線がこちらを向いた。それと同時に大きく目を見開いた。

 その反応にちょっと不安になってしまう。やっぱり私の格好、どこか変なのかな。

 

 それにしてもアメリアのドレス姿はとてもきれいだ。

 淡いピンク色のAラインのドレス。大きく出た肩をストールで隠している。制服よりもスタイルの良さが強調されている。髪もいつものハーフアップではなくオールアップにして頭の上のほうで結んでふわふわっとアレンジされてる。足下はドレスで見えないけどヒールを履いているのか、いつもより目線が近い気がする。


 「アメリア、すっごくきれい。似合ってる」


 ぽかんとしていたアメリアがやっと口を開いた。いや、口は開きっぱなしだったんだけど。

 

 「ユーリ、さん?」

 「うん。どうかな、変?」

 「い、いえ! その、あまりにもかっこよくて……」

 「ふふ、そう言ってもらえると嬉しい。さぁ、お姫様。お手をどうぞ」


 にっこりと笑ってアメリアに手を差し出す。ここからは私がエスコートしなくちゃね。



 会場にはすでに生徒たちがいくつかグループを作り談笑していた。みんな、楽しそうだ。その様子を横目にアメリアの手を引いて会場の端のほうへと落ち着いたけど、繋いでいる手が小さく震えている。やっぱり緊張するよね。

 アメリアの視線を独り占めするように前に立ち、にっこりと微笑みかけた。会場を見ると余計緊張しちゃうから、私だけを見るように。

 

 「アメリア、パーティーは初めてだよね」

 「はい……」

 「私も初めてなんだ。こういう場は苦手でね。だから私も緊張しちゃう」

 「ユーリさんも?」

 「うん。一緒に楽しもうね」

 「……はい!」

 

 やっと笑ってくれた。さっきからずっとカチコチになってたからこれでちょっとは緊張が解けたかな?

 アメリアの頭を撫で……ると髪型が乱れちゃうね。微笑みかけるに留まる。


 「何か飲み物を頂いてこようか。ジュースでいい?」

 「は、はい。ありがとうございます」


 アメリアから離れ、テーブルに置かれたオレンジジュースをふたつ手に取る。

 ちらっと会場を見渡すとノアを見つけた。ばっちり目が合った。不思議そうな顔をしているところを見るとバレてないらしい。にっこり微笑んでおいて、藪蛇になる前にアメリアの元へと戻る。

 

 ふたりで談笑しながらジュースをちびちびやっているとどうやら全員揃ったらしい。

 BGM程度だった音楽の曲調が変わり、ゆっくりとしたダンスナンバーになる。

 その音楽に誘われるようにふたりがホールの中心に進み出た。

 フレイヤ様とテオ王子だ。


 生徒全員が見守る中、ふたりは洗練された動きでステップを踏み、くるりと回り、舞い踊る。

 誰もが見惚れ、息を呑む。音楽以外に音がなくなったような空間。

 永遠にも思われる時間はあっという間に終わりを迎え、くるくると回っていたふたりがホールの中心でポーズを決め止まった。

 一拍置いて割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


 王子が手を上げた。


 「皆、今日まで勉学に励み、友情を深め、良き学園生活を送ってきたと思う。長期休暇に入る前の最後の宴だ。今宵は思う存分楽しみ、また秋からの学園生活への英気を養ってくれ!」


 再度、拍手と歓声が会場を包み込む。それに見送られながら王子とフレイヤ様が群衆の中に飲まれていった。

 ここからは生徒たちの時間だ。

 各々好きなタイミングでホール中央のダンスゾーンに踏み出し、舞う。


 私もアメリアのほうを振り向き、手を差し出した。

 

 「アメリア、一曲いかがですか?」

 「はい、お願いします」



 初めはガチガチだったアメリアも何曲か踊っていると身体の緊張がほぐれてきた。楽しそうだ。

 何回か足は踏まれたけどダンスも上手い。舞踏の授業もあるけどそれ以外にも自主練したのかな。


 小休止を挟んでいるところでノアが近づいてきた。眉間に皺を寄せてる……うん、これは怒られそう。


 「……やっぱりユーリ」

 「あ、ノア」

 「あんたね、そんな格好でまた」

 「あ、私ちょっとお花摘みに行ってくるね!」

 「こら! ユーリ!」


 お小言が始まる前に逃げるが勝ち!

 ノアの声を背中に聞き、私は会場から飛び出した。アメリアはノアに任せて大丈夫だろう。


 

 会場から出た私は外の空気を吸うために中庭へと向かった。

 アメリアと一緒の時はできるだけ考えないようにしていたけど、ぐるぐると頭の中にさっきの光景が再生され続けている。

 フレイヤ様と王子のダンスだ。


 「きれいだった、んだけど」


 そう。きれいだった。とても。お手本のような動きも、ふたりの格好も。


 「なんだろうなぁ。病気とか、かな」


 ふーっと息を吐き出す。

 もやもやとしたものが胸につかえたまま。この前から時折こんなふうになる。なんでだろう。


 「ユーリ?」


 考えていたから彼女の声がした。と思った。

 振り返ると本当にそこにフレイヤ様がいた。真っ赤なマーメイドドレスに透き通るような金色が月光に燦めいてよく映える。胸元の蒼い宝石がきらきらと光っていた。

 不思議そうな顔で首を少しだけ傾げながら、私のことをじっと見つめている。


 「どうしたの、そんな格好で」

 「フレイヤ様、よく私だとわかりましたね」

 「わかるわ。何年一緒にいると思っているの? 私に隠し事なんてできるわけないじゃない」

 「ふふ、そうですね。フレイヤ様には敵いません」


 笑いが漏れる。フレイヤ様にはすぐバレたのがおかしくて。

 

 「フレイヤ様、どうしてこちらに?」

 「ちょっと外の空気を吸いに来たのよ。殿下と一緒だと休む間もなく人が寄ってくるんだもの」

 「それはそうですねぇ。お疲れ様です」

 「……ユーリは?」

 「私は……」


 フレイヤ様の顔を見ていて考えが過った。


 「お誘いしたい方を求めて、ですかね」

 「……誰を?」


 スッと手を差し出す。


 「私と踊っていただけますか?」


 少し躊躇い、私の手にフレイヤ様の手が重ねられた。


 「喜んで」


 音楽もない中庭で私とフレイヤ様が舞う。


 「……ちゃんとリードできてるわね」

 「えぇ、練習しましたからね! フレイヤ様がおっしゃったんですよ?」

 「そうだったかしら」

 「はい。フレイヤ様の練習相手になるために男性パートを練習しなさい!って。ルイスの練習に混ぜてもらって覚えたのに練習相手になる機会がありませんでしたね」

 「今こうして本番の相手をしているじゃない」

 「ふふ、そうですね。練習した甲斐がありました」


 くるり、とフレイヤ様が回る。左手を腰に添え、またステップを踏む。心が、弾む。

 楽しくていつも以上に頬が緩んでいる気がする。


 「あぁ、そうだ。フレイヤ様」


 くるくると舞い踊りながら、言おうと思っていた言葉を思い出した。

 

 「何?」

 「今日のドレス、とても素敵です。本当は一番にお伝えしたかったんですが、なかなか機会がなくて今になってしまいました」

 「……っ!」


 フレイヤ様が急に止まった。引っ張られるようにして私も止まる。危うく足を踏むところだった。


 「どうなさいました?」

 「……も、戻りますよ!」

 「え」

 「いつまでもパートナーを放っておくわけにもいかないでしょ! ほら、行きますよ!」


 そう言い残し、フレイヤ様はスタスタと建物の中に入っていってしまった。背中を向けたフレイヤ様の首元から耳まで真っ赤になってるように見えた。さすがに疲れちゃったのかな。


 ひとり残され呆然としつつ私は自分の手を見つめた。さっきまでのもやもやは今はもうない。代わりに手がぽかぽかする。

 そっか。フレイヤ様のために練習したのにフレイヤ様と踊れなかったことが不満だったんだな。うん。

 ぎゅっと手を握り込み、私も会場へと戻ることにした。




 

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