勉強会サンドイッチ
雨の季節が終わってじっとりと暑い夏が始まった。
毎朝の日課を寮の中庭で行う。早朝はまだ過ごしやすくていい。陽射しもそこまで強くない。
でも素振りをしていると少し前より汗の量が増えている気がする。終わる頃にはシャツの首元がびっしょりだ。
タオルで汗を拭きながら自室に戻る。
身体を動かすのは気持ちいいね!
「あんた、すっかり忘れてることがあるんじゃない?」
スッキリした気持ちで朝ご飯を食べていたところでノアに言われて首を傾げる。ノアと朝に食堂で遭遇すること自体珍しい。
急にそんなこと言われても心当たりがないぞ?
「忘れてること?」
「はぁ……ほんと、剣だけよね。ユーリは」
「えー、そんなことないと思うけど。ダンスだってできるし」
「身体動かすことだけじゃない。まぁいいわ。2週間後に期末考査があるってあんた、忘れてるでしょ」
期末、考査……?
「ほら、全く覚えてなさそうな顔してる」
「そ、ソンナコトナイヨ」
まずいまずいまずい!
ただでさえ勉強は苦手だ。期末考査となると範囲も広いし科目も多い。
「……ノア、さん?」
「いやよ」
「まだ何も言ってないよぉ」
「どうせ勉強教えてって言うんでしょ。あんたもサフラン家の親戚縁者なんだから自力で何とかなさい。あ、あんまり成績が低いようなら夏休みはないと思いなさいよ。あんたのとこの両親は甘いけど、私はそうはいかないからね」
くっ……先手を打たれた……。
しかもこれはウチの両親にまで根回ししてるね。成績悪かったらノアに夏休み中家庭教師を雇われて監禁されるんだろうな。それだけは勘弁してほしい。
どうしよう、と頭を抱える。いや、素直に勉強するしかないんだけど。
自分一人でってなると限界があるんだよね。
「ユーリさん、ノア様、おはようございます」
「あら、アメリア。おはよう」
うーんと悩んでいるところに女神が来た。救いの女神様!
「アメリア! 君がほしい!」
「へ?!」
言葉を間違えた。
◇ ◇ ◇ ◇
たまたま居合わせた女神様ことアメリアに泣きついたところでノアに嫌味を言われたけど、なんとか先生を手に入れた。
毎日……は申し訳ないと思ったので3日に1回ほどのペースで放課後勉強を見てもらえることになった。
「毎日でも構いません!」
なんてアメリアが言い出した時はちょっと気持ちがぐらついてしまったけど、私に構いすぎてアメリアの成績が落ちたら困る。
「場所は……どうしよっか。私の部屋でもいいけど」
「ユーリさんの部屋……! い、いえ、図書館にしましょう! 参考書もたくさんありますし」
「うん、そうだね」
図書館なら余計な誘惑がなくていいね。ベッドがあると眠たくなっちゃう。
早速今日からお願いすることにして、放課後の図書館に向かう。
アメリアは一度寮に荷物を取りに行くということで私はひとり教室を出る。……前に、フレイヤ様に言わないと。毎日一緒に帰ってるからね。
カバンを持ち、教室を出ようとしているフレイヤ様に声をかける。
「フレイヤ様。ちょっと用事があるので私はここで失礼します」
「用事?」
「はい。勉強をしに図書室へ」
「……私も行きます」
「え、それは構いませんが」
「何か?」
「アメリアに勉強を教わる約束をしているんです」
フレイヤ様とアメリアはここ最近、前よりも話すようになったようだ。仲良くなれたのかな?と思うと嬉しい。
でもふたりとも仲良くなったっていうか……なんか変な空気が流れてる時がある気がするから心配になっちゃうんだよね。
フレイヤ様が考え込むように目を伏せてしまった。
「……構わないでしょう。さぁ、行きますよ」
あ、行くんだ。
このまま一緒に行くとアメリアには事前に伝えられないけど……うーん。でも断れないし、仕方ないかぁ。
ちょうど図書室の入口でアメリアと合流できた。
「アメリア、お待たせ」
「いえ、私も今来たところですので。……フレイヤ様?」
「アメリアさん、私もご一緒してもいいかしら」
「あ、はい。ぜひ」
私だけじゃなくてフレイヤ様が一緒だったことに少し面食らった様子のアメリアだったけど、ご一緒させてくれるみたいだ。よかった。……まぁここまで来て断りづらいだろうなって思ったけど。とにかく3人連れ立って図書室に入っていく。
高い天井とその天井にも届きそうな高さの本棚に囲まれた図書室の中を奥まで歩き、自習用の机があるエリアに向かった。
前世の図書室のように一人用のブースから数人で座れるような大きな机まで、自習スペースは充実している。
期末考査まで2週間前だからかまだ勉強をしている生徒はまばらだ。
一人用ブースに何人かいるくらい。普段から利用している人だろう。
私達は周りに迷惑にならないように自習スペースの中でもさらに奥まったところにある6人掛けの机で勉強会を行うことにした。長方形の机の両側に椅子が3つずつ置いてある。
「こちらでいいですか?」
「えぇ」
「……」
「……」
「……」
え、何この沈黙。
この中だとフレイヤ様が座るのが一番先なんだけど……動く気配もないし。
「フレイヤ様?」
「……あなたが先に座りなさい」
なぜ?
首を傾げてみるけど、フレイヤ様はじっと机を見つめているだけだ。言い出したらきかないからなぁ。変なところで頑固なんだよね、フレイヤ様。仕方ない、さっさと座ってしまおう。
こういう時は2人と1人で分かれるのが定番だよね。ふたりに教えてもらうわけだし。
そうなると私が向かいに1人で座ったほうが良いか。端っこに座るよりは真ん中かな。
真ん中の椅子をひき、私が一番に座る。
そしてふたりが――両隣に座ってきた。なぜ?
「あの、なんでふたりともこちら側に?」
「このほうが教えやすいでしょ」
「教科書を逆さまにしなくていいので」
……そうですか。これは私が何を言ってもだめなやつですね。
なんか釈然としないけど、とりあえず勉強しないと。時間は限られてる。
「んー? フレイヤ様、ここって」
「そこはこちらを」
ぐいっとフレイヤ様が私のほうに近づく。
右腕に柔らかいものが当たる感触と、近づいたからかふわりといい匂いが鼻腔をくすぐる。
前世で妹が『フレイヤ様の香水』なるものを使っていたのを思い出した。
たしか公式グッズだって言ってたな。フレイヤ様をイメージした香りとして作られていて、爽やかな柑橘系だった。普段は香水なんてつけない妹から私の好きな匂いがしたから不思議に思って聞いたんだ。
フレイヤ様から漂う香りにそんな記憶を思い出した。
さすが公式。この匂いですね。うん、再現度高い……でいいのかな?
てか近くないですかね。さっきから、二の腕に柔らかいのが当たってるんですけど。これってあれですよね。いや、私も女だからね。別に興奮するとかやましいことを考えてるわけじゃないんだけど。それはそれだよね。……フレイヤ様って結構着痩せするタイプなんだなぁ。
「わかりましたか?」
「え、あ、はい」
あんまりちゃんと聞いてませんでした。
聞いてなかったと言うわけにもいかず、仕方なくもう一度問題をイチから考え直すことにした。
ここがこれで……んー?
「ユーリさん、ここはこっちですよ」
左側からアメリアの手がにゅっと出てきた。そして今度は左腕に柔らかいものが。
やっぱりこの子、おっきいなぁ。それからいい匂いがする。石鹸の香り。『アメリアの香水』はこういう感じの香りだったのかな。
私の鼻先にアメリアの髪の毛がふわふわ揺れてる。……近くない?
「こうすると……ユーリさん?」
「あぁ、ごめん」
やっぱり聞いてませんでした。
右側からガタン、と音がして視線を向けるとフレイヤ様がさっきよりも近い距離にいた。
同じように左からも音がする。
気づけば私はふたりに挟まれてほとんど身動きができないくらいになっていた。ちょっとでも動くと腕に何かしらが触れる。
6人掛けの机なのに2人分くらいしか使ってないな。いや、これはさすがに近すぎるのでは?
「……あの、ちょっと離れてもらえると」
「こうしないと教えられないでしょ」
「ユーリさん、また違いますよ」
全く集中できなかった。
……うん。これからはひとりで勉強しよう。どうしようもなくなったら土下座してでもノアに勉強みてもらお。




