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それは私の決意 side:フレイヤ

ユーリとの喧嘩(一方的)と体育祭の裏側、フレイヤ様サイドのお話。




 「…………お嬢様、いい加減になさってください」


 はぁっと深いため息を吐き出しながらリタが言う。それを聞きながら(わたくし)は尖らせていた唇を真一文字に結んだ。わかっている。充分にわかっている。でもどうしていいかがわからない。だからただ黙り込むしかなかった。


 「……」

 「いつまでユーリ様から逃げ回るおつもりですか?」

 「……」

 「ユーリ様がお嬢様に対して何かをしたというわけではないのでしょう?」


 私が勝手にへそを曲げているだけ。リタに詳しく話してはいないけど、長年私に仕えてくれている彼女にはお見通しのようだった。まぁリタほどの付き合いでなくても私達のことを多少なりとも知っている人から見れば私の態度がおかしいことは一目瞭然だろう。なんせいつも一緒にいる彼女ともう3日も口をきいていない。

 横を向いたままの私にリタはまた深く深くため息をついた。

 

 「……アメリア様――」


 ぴくり、と肩が少しだけ反応してしまった。よく見ないとわからないくらいには小さなその動きをリタが見逃すはずもない。


「――とユーリ様が先程、とても仲睦まじく中庭にいらっしゃったのですが」


 ぴくり、とまた肩が動く。さっきよりもわかりやすく。


 「最近、おふたりはよくご一緒なさっているようですね。ユーリ様は身長も高くスマートでいらっしゃいますし、アメリア様は可愛らしいお方ですのでおふたりが並んでおられる姿は一枚の絵画のようだと話題になっているのだとか」

 「…………」


 下唇を噛みしめる。

 

 入学式典の後にふらりといなくなったユーリと一緒にいた少女。長らく現れなかった新しい聖魔法の使い手。

 肩までの髪が柔らかそうに揺れ、桃色の下に見える翠がキラキラと輝く。その瞳の先に誰がいるのかも、私は知っている。

 突然の出会いに焦り、うろたえている自覚はある。なぜかユーリがやたらと彼女を気にかけていることにも引っかかっている。だからあれは私の嫉妬だ。

 

 「いいのですか、お嬢様」

 

 いいわけがない。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 いいわけが、なかったのだけれど。


 「……はぁ」

 「そんなに何度もため息つくくらいなら、さっさと仲直りすればよかったじゃない」


 心底呆れたようなノアの声に私自身も深く頷きたくなってしまう。


 「仲直り、と言っても私が一方的に避けているだけだし」

 「だからなんでそこまで頑ななのよ」

 「それは……」


 結局あれから2週間。ユーリとはまともに口をきけていない。それどころか避けてしまっている。

 普段から一緒に過ごしているユーリの行動パターンを熟知している私は何かと理由を見つけ出してはユーリから距離を取り、話しかけようとしてくれている彼女の言葉が私に届くよりも先にその場から逃げ出すということを繰り返している。我ながらどうしてそこまで……と思わなくもないけれど、一度始めてしまうとどうにも辞め時がわからない。

 そしてうじうじと悩んでいる私の傍に彼女の代わりにいてくれるのがノアだ。ユーリと私のもう一人の幼馴染。私のもう一人の理解者。

 運動大会が行われている競技場を遠目に見つつ、私ははふっと息を吐き出した。黙り込んでしまった私の様子をじっと見つめていたノアが大きく肩を竦めてみせた。


 「ま、あんたたちのことは見守るだけにしておこうって決めてるからね。余計なことはしないわ。でもね」


 勝ち気な瞳を細め、それから優しく微笑む。

 

 「私はあんたたちふたりが一緒のほうがいいわ」


 ノアの言葉がじわりと沁みた。

 

 鐘が鳴る。私が参加する競技の集合を知らせる鐘だ。

 

 「ほら、そろそろ行かないと」


 ノアに促され、生徒たちが集まっている場所へと移動した。

 私が参加する借り物競走はお題の書かれた紙に従い、指定されたものを持ってゴールへと向かう競技だ。参加しているのは運動が決して得意ではない者が多い。というよりも令嬢のための競技だ。いかにそのお題にふさわしい物が用意できるかという一点に価値を見出し続けた結果、どうにも勝敗が決しにくい競技になっていった。シンプルなお題を曲解して『国一番の絵画』や『一流デザイナーによるドレス』など家格を競い始めてしまったわけだ。結果として普段から運動などというものに縁遠い各家のご令嬢のための競技になってしまったのである。

 そしてこの競技、家格の順に行われる。なので私の順番は必然的に競技の一番。


 スタート地点に誘導され、他4名のご令嬢と肩を並べる。

 教員の火魔法が弾ける音と共にさらに誘導され、お題が書かれた紙が置かれたテーブルの前へと歩み寄る。複数枚用意されたそれの中から適当に1枚を選び、二つ折りになっていたものを開いた。


 「……すきな、ひと?」


 どうやら神様にも呆れられているようだ。そしていい加減に動き出せと背中を押されている。

 紙を持つ手に力が入った。顔を上げ、辺りを見渡すが目的の人物は私の視界の外にいるらしい。でも彼女がいるところなら知っている。

 私は紙を握りしめたまま走り出した。競技場から少し離れた、木の下。きっと彼女ならそういうところにいる。今日はいい天気だから。

 案の定、ノアといた場所とはほぼ反対側の木陰でまどろむユーリを見つけた。


 「ユーリ!」


 彼女の名前を呼ぶとゆっくりと目が開いた。大好きな黒い瞳が少しだけ辺りを見渡すように彷徨ってから私を捉える。

 

 「フレイヤ、様?」

 「……ちょっと来なさい」


 久しぶりにちゃんと聞いたユーリの声に高鳴る胸を抑えつつ、手を差し出した。何の迷いも見せずに私の手を握ってくれた事実にもちょっと頬が緩みそうになった。そのまま手を繋いでゴールへと向かう途中、ユーリが緩く繋いだ手に力を入れてきた。ぎゅっと握られて思わず飛び上がりそうになる。ただでさえ手を繋いだことなんて数えるほどしかないのだから急に握りしめられると嬉しさでだらしない顔になってしまいかねない。というかなっているんじゃないかと思ってユーリのほうを向けなかった。


 「……何?」

 「ふふふ、久しぶりのフレイヤ様だなぁって思って」

 「何、言ってるのよ」


 あぁ、ユーリだ。ユーリの声だ。

 先ほどよりもさらに速くなる鼓動を抑えるように握っていないほうの手を胸に置いた。心臓の音がユーリに聞こえてしまわないか心配になりつつ、黙々と歩いてゴールへと向かう。

 ゴール地点で待機していた教員に紙を見せ、確認作業を終えて暫定的に設けられている順位が示された待機場へとさらに歩を進める。ユーリに促され椅子に座ると、何も言わずに彼女は私の横に立った。いつもの立ち位置にまた喜びを感じてしまう。

 

 「あの、フレイヤ様?」

 「……何」


 隣に立つ彼女からの視線を感じるが私は前を向いたまま応える。今は顔を直視できない。

 

 「フレイヤ様の借り物ってなんだったんですか?」


 当然の質問。そして一番厄介な質問。でも答えないといけない。そして私にはその勇気がまだなかった。

 

 「……なひと」

 「……人?」

 「……っ、か、変わってる人っ!」


 思わずそう言うとユーリは何か納得した様子だった。普段から言われているから疑問を持たなかったのだろうけれど。

 

 ユーリがほぅっと息をついた。さっきまで少し緊張しているように見えたのでそれを解きほぐすために吐き出したのだろう。待機場には私とユーリの他に人はいない。謝るなら、今しかない。

 そっとユーリの服の裾を掴む。不思議そうに彼女がこちらをもう一度見た。

 

 「? どうなさいました?」

 「……ごめんなさい」


 小さすぎる自分の声。それでもユーリには聞こえていたようで、聞き返すでもなく黙って聞いてくれた。

 

 「……やりすぎました。その、大人気なかったと、反省もしています。リタにもノアにも怒られたし。少し、デイジーさんが羨ましくて……ユーリはいつも、彼女のことを気にするから……私、だって」


 上手く言葉が出てこない。一歩進もうと思うのに、もっと近づきたいと思うのに、ユーリのことを真っ直ぐ見ることもできない。決めたはずの心がゆらゆらと揺れてしまう。

 ふと隣のユーリが動く気配がした。自分の足先を見つめていた私の視界の中に彼女の顔が割り込んでくる。じっと見つめてくる瞳と伸びてきた手に思わずたじろぐとそのままその手に頬を挟まれた。

 

 「ちゃんと、顔を見せてください」


 真っ直ぐな瞳に射抜かれてどうしていいかわからなくなった。

 

 「フレイヤ様、ちょっと目を瞑ってもらえますか?」

 「え……」

 「ね、お願いします」


 この状態で目を閉じていいのだろうか。もしかして……なんて期待してしまう自分を抑え込みながらも言われた通りに目を閉じる。鋭敏になった耳に衣擦れの音が聞こえ、さらに首元に何かが触れる気配がした。

 

 「はい、できました」


 ユーリの声を合図に目を開けると、いつもの優しく微笑んだ彼女がいた。


 「この前街に行った時に見つけて、フレイヤ様にとても似合いそうだったので。日頃の感謝を込めて、あと私からの謝罪ということで受け取っていただけますか?」


 私の首元に視線を送っているのを感じ、手を伸ばすと先ほどまではなかった感触が指先に触れる。そのまま指で形をなぞり、先端に取り付けられた石を見えるように持ち上げる。深い深い、蒼。湖の底のようなその色は私の――

 

 「仲直り、ですね」

 

 悪戯が成功した子どものように笑う。幼い頃と同じ言葉と笑顔があまりにも眩しくて、息を忘れそうになった。

 

 やっぱり、いいわけがない。

 ユーリの隣には私が立ちたい。私の隣にはユーリが立っていてほしい。私に向けられるこの笑顔が誰かに向けられるなんて考えられない。


 きゅっと宝石に触れていないほうの手で借り物競争の紙を握りしめた。決意を込めて。


 「えぇ」


 仲直りの返事をした。

 

 

 

 

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