あの人の隣に side:アメリア
男性だと思っていたあの人、ユーリ・サルビア様は女性だった。
男性の服を好んで着ていて剣術を嗜む『変わり者令嬢』だとクラスメイトが話しているのを聞いて知った。
それを聞いたところでなぜかガッカリしている自分がいた。
同じクラスだった彼、改め彼女はよく私に声をかけてくれる。いつもにこにこと楽しそうに。
しかしユーリ様はいつも公爵令嬢であるフレイヤ・ベロニカ様と伯爵令嬢であるノア・サフラン様と一緒にいる。
私とは一言二言話すだけですぐに離れていってしまう。
それがある日、たまたまいつもよりも早い時間に朝食を取ろうと部屋を出たときにユーリ様ひとりのところに遭遇した。
彼女はいつも通り私に声をかけてくれて、一緒に朝食を取ることになった。
残念ながらベロニカ様に連れられて行ってしまったので朝食を共にすることはできなかったけど、「ユーリさん」と呼ばせてもらえるようになった。
そして私のことも「アメリア」と呼び捨てにしてもらえることになった。
それが嬉しくて、その日は一日気持ちが浮ついてしまった。
入学からひと月。
魔法学のオリエンテーションの時のことだ。
ユーリさんに誘ってもらい一緒の班で行動することができたが、突如として現れた上級魔物に血の気が引いた。
私の魔法は攻撃に向いていない。聖魔法以外も使えるが、せいぜい初級魔法程度。魔物と戦うなんてとてもじゃないができない。
「ノア! フレイヤ様! 私が囮になる! みんなの避難を!」
顔も頭も真っ白になっていたところでユーリさんの声が響いた。
そのまま魔物を吹き飛ばして森の中へと消えてしまった。
「ユーリ!」
ベロニカ様の声がユーリさんの背中を追う。そしてベロニカ様も続いてユーリさんを追おうとしていた。
「フレイヤ! ちょっと待ちなさい!」
「でも……!」
「ユーリなら大丈夫よ。すぐにどうこうならない。それにあの子に追いつくのは無理。今はとにかく、周辺へ知らせないと」
ノア様が右手を空に向け、魔法弾を放った。
空高くでそれは弾け、緊急事態を知らせる赤色が空に散った。
「さて、これでユーリが対処しやすくなったはず。フレイヤ、あの子の場所を教えるから援護してあげて」
「えぇ、もちろん」
ノア様は魔力探知でユーリさんのいる場所を特定し、ベロニカ様がそちらへと向かった。
残された私にノア様が振り返る。
「アメリア、大丈夫?」
「は、はい……大丈夫……」
ガクッと膝が抜ける。そのままペタンと地面に座り込んだ。
身体が震える。
「ほら、しっかりしなさい。もう大丈夫よ。教員連中もこっちに向かってきてるだろうし」
「……すみません」
何もできないどころか、腰が抜けて立てなくなるなんて情けない。
ノア様に頭を撫でられ、やっと落ち着いた頃に轟音が辺りに響いた。
音がするほうへとふたりで目を向けると空に先ほどの魔物が打ち上げられていた。
「あのふたりはほんとに……」
あまりの光景に呆然としている中、ノア様の呟きが耳に届いた。
あの魔物はユーリさんによって討伐されたと、翌日になって聞かされた。
どうしたらあんなことになるんだ、とノア様が呆れていた。
ユーリさんは変わっている。
学園内にある貴族と平民の間の垣根をひょいっと超えてきてしまう。
いつの間にか隣に来てくれる。
それが当然のように手を差し伸べてくれる。
そしていつだって彼女の言葉は私の心をくすぐってくる。
『見つかってよかったね』
ずぶ濡れのままにっこりと笑う彼女の顔が頭を過る。
滴る雫も気にせず自分よりも私のことを考えてくれた彼女に私はお礼を言うよりも先にひどいことを言ってしまった。それが心に引っかかっている。
無意識に彼女からもらった髪留めにそっと手を伸ばしていた。
「あらアメリア。かわいい髪留めね」
後ろからシスターに声をかけられて思わず身体が跳ねた。
「シ、シスター」
「ふふ、もしかしてユーリさんからの贈り物かしら?」
にこにこと優しい笑顔を浮かべているシスターは私の育ての親であり、一番の理解者でもある、と思う。だから私は彼女に敵わない。
休みを利用して実家である孤児院に帰れるようになったがそれでもひと月に1回がせいぜいだ。
前回帰ってきたときに成り行きでユーリさんを連れてきてしまった。
その時にシスターが彼女とふたりきりで話していた内容も知っている。シスターはユーリさんを私の『いい相手』だと思っているようだ。
「街を案内してくれたお礼に、と」
「あらあら。やっぱりユーリさんはそういう方なのね」
「いえ、あの、私とユーリさんは別に……」
「えぇ、ユーリさんにも聞いたわ。でもアメリアはそうじゃないんでしょう?」
そう言われて言葉に詰まった。
「……でも、ユーリさんは女性で、貴族様で……」
「彼女はそんなこと、気にしていないわ」
「それに、私、彼女にひどいことを言ってしまったんです」
胸の奥に溜まっているもやもやを私はシスターに吐き出した。
「ユーリさんは優しすぎるのね」
私の話聞いたシスターがぽつりと呟く。私もそう思った。彼女は優しすぎる。
自分のことよりも周りのことを、私やフレイヤ様、ノア様のことを考えている。それが心配になる。
「ふふ、でもアメリアとそっくりね」
「え……?」
「あなたは気づいていなかったでしょうけど、あなたも自分のことより人のことばかりよ。下の子たちに譲ってしまって自分の欲しいものは何も言わないじゃない?」
「それは、私のほうが年上だから」
「小さい頃からずっとよ」
「……そう、ですか?」
「そうよ。だからずっと心配していたの。本当に欲しいものや大切なものができた時に手を引いてしまうんじゃないかって」
大切なもの。
そう聞いて頭に浮かんだのはユーリさんの笑顔だった。
「あなたが大きな声を出して怒るところなんて私は見たことないわよ、アメリア。それくらいあなたにとってユーリさんは大切な人なんじゃないかしら」
そうだった、だろうか。
無茶をするあの人のことが心配で、でもそれ以上に――
「……嬉しかった、です」
嬉しかった。あそこまでしてくれたことが。傍にいれくれたことが。何の屈託もなく、笑ってくれることが。
そしていつも何もできずに彼女に助けられてばかりの自分に無性に腹が立ったのだ。
「私、強くなりたいです。ユーリさんのことを助けられるくらい、強くなりたいです」
彼女の隣に立ちたい。あの人の笑顔を守りたい。
大好きなあの人がずっと日向で微睡んでいられるように私は強くなると心に誓った。




