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悪役令嬢の看病イベント?


 暑い。でも寒い。視界がぐらぐらする。

 目が覚めて身体が重いことに気がついた。ついでに起き上がれないことにも。


 あー、頭動かしたら世界が回る。

 汗すっごいな。着替えたい。


 何をしようにもどうしようもなくて仕方なくベッドの上にひっくり返ったまま天井を見つめていた。


 ノックの音が聞こえた気がした。

 どのくらい経ったかもわからない。

 何度か意識が途絶えていたようにも思うけど、今何時だろう。

 

 「ユーリ?」


 コンコン、という音と共にフレイヤ様の声も聞こえてきた気がする。…………気がする、じゃなくてしたな。まだ聞こえてくるや。


 さっきよりも幾分マシになった身体を起こし、ベッドから降りようとしてふらついた。

 ふらふらと揺れる身体がそのままガタン、と椅子にぶつかった。あっぶな。なんとか椅子の背を掴んで地面に転がることはなかったけど脚にも力が入らないや。


 「ユーリ?! 何があったの?!」


 今のでフレイヤ様の声色が一段階上がってしまったなぁ。心配させてる。そんなことをぼんやりと考える。

 ふらふらとあっちこっちに手をつきながらやっとの思いでドアにたどり着いた。私が鍵を開けるのとフレイヤ様がドアを開けるのが重なりふらりと身体がドアの後を追う。傾いた身体を制御できず、そのままフレイヤ様にもたれかかってしまった。


 「きゃっ!」

 「……」

 「ユーリ?」

 「……あぁ、フレイヤさまぁ……すみません……ねぼうですかねぇ」


 そこで意識が途切れた。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 「ど、どうしたら……」


 腕の中には大好きな人がいる。

 でも今はそれどころではない。

 意識を失ったユーリを必死に支えながら(わたくし)は途方に暮れていた。なんとか私にもたれて立っているような格好ではあるが私よりも身長の高い彼女をこのままベッドに運ぶこともできない。


 ちょっとだけ体勢を変えようとしたらそのまま倒れ込んでしまいそうになり、ぎゅっと強く抱きしめることになった。

 心臓が痛いくらいに打っている。触れているだけで火傷しそうなユーリの体温を感じながら、だから今はそれどころじゃないんだと頭を振った。


 「お嬢様、ユーリ様は……って、大丈夫ですか?」

 「リタ! たすけて!」


 ちょうどリタが様子を見に来てくれて助かった。リタの手を借りてユーリをベッドまで運ぶことができた。


 「すごい熱ですね。汗もたくさんかいているし、水分を摂らせなくては」


 リタがてきぱきとユーリの状態を確認し、水差しやタオル、着替えを用意し始めた。部屋の主に断りもなくクローゼットを開けていくが今は非常時だ。ユーリも元々そういうことを気にしない性格だし、リタに任せておけば間違いない。

 私はその様子を見守ることしかできない。邪魔にならないように壁際に立ちながらも視線はユーリから離せない。

 額の汗を拭ってやりながらリタが私に振り向いた。

 

 「私がユーリ様の看病をしますので、お嬢様は授業に行ってください」

 「……いや」

 「そうおっしゃると思いました。しかしお嬢様が看病されて、もし感染(うつ)ったらユーリ様が気にされますよ」

 「それでもいやよ。こんな状態のユーリから離れられないわ」

 

 苦しそうな息遣いが聞こえる。いつもとは違うユーリ。彼女を放って授業に出たところで今の姿がずっと脳裏に浮かんでしまって集中もできないだろう。

 はぁ、とリタがため息をついた。


 「……わかりました。では、まずユーリ様の汗を拭きましょう。寝巻きも替えます。お嬢様、私が脱がしますので支えていただけますか」

 「まかせて!」


 ベッドの反対側に立ち、リタがユーリの上体を起こしたところで肩を支えた。ぐったりとした身体が私にもたれかかり、体重がかかってくる。彼女の頭を私の肩に乗せてバランスをとる。体勢が安定したところで彼女の長い髪を緩くまとめ、リタがユーリの寝巻きを脱がせ始めた。ボタンを解いていき、するりとシャツが取り除かれた。


 「……!」

 

 白い背中が視界に入った。

 じっとりとした肌の感覚が私の両手の平に伝わってくる。

 かぁっと熱が顔に集まってくる。


 「……お嬢様」

 「わ、わかってるわ! 別に変なことを考えてなんて……」

 「……何も言っていませんが、ユーリ様が元気になってからにしてくださいね」

 「()()そんな関係じゃないわよ!」

 「お嬢様、お静かに」

 

 リタにたしなめられて登ってきた熱がスッと引いた。

 その後は淡々とユーリの着替えを手伝えた。……はず。


 新しい寝巻きに着替えさせ、口に水分を含ませてから寝かしつけた。さっきより落ち着いたように見える。

 とりあえずできることといえば額や首に浮いた汗を拭うことくらいだけになってしまった。


 「お嬢様。私は食事の用意をしてまいります。ユーリ様が起きた時に食べられるようなものを準備しておきましょう」

 「わかったわ」


 ひとり残り、ユーリの傍に座って時折汗を拭う。

 頬がいつもよりも赤いし熱も高い。そっと額に触れたところでうっすらと彼女の目が開いた。


 「ユーリ?」

 「……つめたくてきもちいぃ」

 

 ゆっくりとユーリの手が上がってきて私の手を掴み、そのまま自分の頬に擦り付けてきた。

 吐息が手の平に当たる。


 「っ!」

 「ふふ、きもちいい」


 ふにゃふにゃ笑いながらまた眠りにつく。

 いつも以上に自由でいつも以上に可愛いユーリに、私は自由な手を自分の額に当て天を仰ぐことしかできなかった。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 冷たくて気持ちいい。

 額に貼るひんやりシートみたいな……あれってこの世界にあるのかな?

 ずっとつけてるとぬるくなっちゃうのが困りものだよね。

 ほら、ちょっとおでこが生暖かい感じがする。ほっぺは冷たいのに。それにすべすべしてて肌触りもいい。

 ………………すべすべ?

 

 ぱちっと目を開ける。視界いっぱいにフレイヤ様。……フレイヤ様?


 「フレイヤ様?」

 「……!」


 フレイヤ様が静かに私から離れた。冷たくて気持ちいいのはフレイヤ様の手だったのか。氷魔法を使ってくれてたのかな。

 なんでフレイヤ様がいるんだっけ。

 ゆっくりと今朝のことを思い出す。朝起きて、ドアを開けてフレイヤ様がいて……そこで記憶がなくなっている。


 「……おはようございます」

 「……大丈夫?」

 「えぇっと。はい。大丈夫、ですね」


 まだちょっと頭はぼんやりしているけど。


 「フレイヤ様が、看病してくださっていたんですか?」

 「……大したことはしていないわ」

 「ふふ、ありがとうございます」

 「そ、それよりお腹は空いていない? リタが食事を用意してくれているけど」

 「あ、いただきます。お腹空きました」


 そう言うとフレイヤ様は一度部屋を出て行った。

 少しして戻ってきた時にはお盆を手に持っていた。


 「ミルク粥、食べられる?」

 「はい。……フレイヤ様? お皿とスプーンをこちらにいただけますか?」

 「……まだ全快じゃないでしょう。ほら、口を開けなさい」


 なかなか渡してくれないと思ったら……またこの展開か。食べさせるの気に入っちゃったのかな。

 フレイヤ様は頑固だからなぁ。お腹も空いたし大人しく口を開けることにしよう。


 「あーん」


 ひとさじ分のミルク粥が私の口の中に――


 「あちっ!」


 ――入る前に引っ込んだ。あっつ! 唇がいたい!


 「ご、ごめんなさい」

 「ひえ、らいじょうふでふ」

 「ちょっと待って。今度は……」


 ふー、ふー、とスプーンの上の粥がフレイヤ様によって冷まされる。魔力込めると凍っちゃうんじゃないか心配になるよ。


 「これくらいかしら?」

 「大丈夫だと思います」


 もう一度ゆっくりとスプーンが私の口元にくる。

 うん。今度は大丈夫。


 「おいしいです」

 「よかった」


 安心するように微笑むフレイヤ様に私まで笑顔になる。

 

 「ありがとうございます」

 「……だから、大したことはしてないわ」

 「いてくださるだけで充分大したことですよ」

 「いいから食べなさい。早く元気になってくれないと私が困ります。毎日こんなこと……」

 「ふふ、そうですね」


 その後もゆっくりと食事をとり、しっかり睡眠をとって、翌日にはすっかり熱が下がった。

 

 

 


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