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雨の日の探しもの


 「今日も雨かぁ」


 しとしと降り続けている窓の外を見ながら、私はぐでっと机に突っ伏した。雨は嫌いじゃないけどこう降り続けるとさすがに気分が落ち込む。外でお昼寝もできないし。髪の毛も毛先がくるくるするし。

 カランコエ王国には四季がある。日本よりの四季も起伏が少ないけど春夏秋冬、梅雨まである。そして今はその時期。入学から2ヶ月半ほど、6月半ばだ。


 「ユーリ、みっともないですよ。起きなさい」

 「はぁい」


 隣に座るフレイヤ様に言われ、ゆるゆると姿勢を正した。

 うーん。やっぱり空がどんよりしてると気分までどんよりしてくるよねぇ。


 「外が雨だとお昼寝ができないですね」

 「そうなんだよねぇ。雨の季節が終わったら次は夏だし、私のお昼寝の季節も当分お預けかなぁ」

 「あんた、季節変わりなく昼寝してるでしょ」

 「お日様の下でぽかぽかしながら寝るのが一番気持ちいいんだよ」

 「ふふ、ユーリさんらしいです」


 力説したらノアにはため息をつかれるし、アメリアには笑われた。

 今は授業と授業の間の休み時間。ふたりは次の授業の予習中だ。ペンを動かしながら私と話をしてくれている。

 

 「あれ、アメリアのそれ、結構傷んでるね」


 ぼんやりふたりの間から様子を伺っていて、それが目に留まった。万年筆、かな?


 「はい。父の形見なんです」

 「形見?」

 「と言っても両親の記憶もないんですが。赤ん坊だった私の唯一の持ち物だったってシスターが教えてくれて。たまにこうやって使ってるんです」


 そう言いながらアメリアが大事そうに万年筆を両手で持った。

 そっかぁ。持ち手のあたりは少し錆があるように見えるけどペン先はきれいだし大事に使ってるんだろうなぁ。

 

 「宝物なんだね」

 「はい!」


 アメリアが嬉しそうな顔をするから私もなんだか嬉しくなってしまった。

 どんより気分も少し晴れた気がしたよ。



 ◇   ◇   ◇   ◇


 

 そんなやりとりがあった翌日には天気がさらに荒れてきていた。雨脚も強くなり寮の部屋から見える景色も白く霞むほどだ。


 放課後の自室で私はベッドの上でまったりしていた。

 フレイヤ様はリタさんと街に出かけてしまったしノアも用事があると王都内にある実家(タウンハウス)に戻っている。ふたりとも夜には帰ってくるって言ってたけど。アメリアは図書館で勉強してるみたいだ。

 普段から誰かしらと一緒に行動することが多いからひとりで過ごす時間は珍しい。雨だから鍛錬するわけにもいかないし、少し時間を持て余している。

 ごろごろとベッドの上を転がっているのにも飽きてきた。たまには読書でもするかなぁと起き上がって窓際の机に近寄る。


 「……ん?」

 

 ふと窓の外に視線を向けるとアメリアが走って寮に入ってくるのが見えた。なんだか慌ててるようだった。

 気になったので自室から出て玄関ホールに向かうことにした。

 1階に降りる途中で雨に濡れたアメリアと鉢合わせになった。髪は額にぺったりとくっついているし、制服も肩の辺りが濡れて色が変わってしまっている。そしてなぜか顔色が真っ白だ。


 「どうしたの?」

 「あ、ユーリさん! えっと、あの……万年筆、見ませんでしたか?」

 「万年筆ってお父さんの形見の?」

 「はい……図書館で勉強しようと思っていたんですが、カバンを開けたらなくて……昨日入れたままにしてたはずなのに……」


 よほど動揺しているのかアメリアはそわそわと落ち着きがない。それに手が震えている。

 私はそっとアメリアの手を握り、少しだけ擦った。指先が冷たい。


 「アメリア、落ち着いて。まずは行動を思い出すところからだよ」

 「は、はい」

 「昨日使っていた後は確かにあったんだよね?」

 「はい。昨日は自室で授業の復習をして……またカバンに仕舞って……今朝、教室でカバンの中にあったのを見て……」

 「さっき見たらなくなってた?」

 「……はい」


 ということはなくなったのは学校にいる間の可能性が高いか。

 いや、でも部屋にあるかもしれない。


 「わかった。アメリアはまず着替えようか。濡れたままだと風邪ひいちゃうよ。それから自分の部屋を探して。私は学校の中を見てくるよ」

 「で、でも……!」

 「困った時は人に頼りなさい。私は君の友人だよ。私に君を手伝わせてくれない?」

 「…………はい」


 私はアメリアの頭を優しく撫でた。



 アメリアと別れ、放課後の学校に戻ってきた。

 すでに生徒のほとんどは帰っている。静かな廊下をとりあえず教室に向かって歩いていく。一日の大半を過ごしている教室の中で失くした可能性が一番高いと思ったからだ。

 教室の扉に手をかけたところで中から声が聞こえてきた。


 「おい、本当にいいのか?」

 「いいんだよ、生意気な平民にはこれくらいやっても」

 「でもあの平民に手を出したらあいつが……」


 ……わかりやすいくらいに犯人っぽい会話してるなぁ。

 いや万年筆なくなったって聞いたときからお約束感があるなって思ってたよ。アメリアには悪いけど。

 大切なものだって聞いた途端にこれだもの。

 まぁそのへんは後で考えるとして、今はアメリアの宝物を取り戻すのが先だ。


 私は躊躇いなく扉を開けた。


 「……! サルビア……!」


 案の定、犯人っぽい男子生徒ふたりが私を見て動揺していた。ぎくり、って効果音が聞こえてきそうなくらいに。

 さっきまで聞こえてきていたふたりの会話を続けるようにニッコリ笑顔を貼り付けながら問いかける。


 「あいつって私のことですかね」

 「俺達に手を出したらあの方が黙ってな――」


 面倒なのでさっさとシメた。



 で、シメなかったほうからアメリアの万年筆をどこにやったのか聞き出したまでは良かったんですよ。

 あ、情報を聞き出した後にきっちりヘッドロックしておいた。

 

 「なんでよりによって森に向かって投げるかなぁ」


 先ほどよりもさらに雨脚が強くなってきている中、私はかつてスタンプラリーをした森に来ております。

 なんでもアメリアのカバンから万年筆を盗み出して校舎の5階から全力投球したんだそうだ。その場で壊されるよりマシだけど、大丈夫かな。……なんかいい感じのところに落ちて無事だったりするのかな。

 大体の方向は聞き出したから地道に探すしかないかぁ。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 うぅ……さむっ。

 夏の前とはいえ雨に濡れ続けてると身体が冷えるね。

 

 「くしゅっ」


 くしゃみまで出た。これは風邪ひいたかなぁ。


 寮の入口でジャケットやシャツの裾を絞る。びちゃびちゃの雑巾を絞ったくらいに水が切れた。

 パンツまでびしょびしょだし髪からぽたぽた水滴も落ちてる。風魔法で乾かすにもまずは身体あっためないとかな。

 ぷるぷると犬みたいに頭を振っていたところでアメリアが階段を降りてきた。

 

 「……! ユーリさん!」

 「アメリア」

 「びしょ濡れじゃないですか……!」

 「あはは、あっちこっち探すのに夢中になっちゃってて。はい、これ」


 私はできるだけ濡れていないところに仕舞っていた万年筆を取り出した。

 幸いちょっとインクが漏れたくらいで割れたり欠けたりはしていない。本当に柔らかい草の上に落ちてて見つけたときは笑ってしまった。


 「何ともなさそうなんだけど、私じゃわからないから確認してみて」

 「……」

 「見つかってよかったね」


 にこっと笑ってアメリアに差し出す。けどなかなか受け取ってくれない。

 それどころかちょっと身体が震えてるような?


 「アメリア?」

 「……ばか」

 「え」

 「ユーリさんのばか! そんなになるまで探してくれなくても……!」

 「……うん、アメリアの宝物だって言ってたから探すよ」

 「それでユーリさんに何かあったら!」

 「それでも、探すよ。友だちの大切なものだもの」

 「……」

 「心配してくれてありがとう」


 アメリアの目に涙が溜まっていく。泣かせたいわけじゃないんだけどなぁ。頭を撫でようにも私、びしょ濡れだし。

 私から滴る雨水と、アメリアの目からこぼれる涙が床にぽたぽたと落ちた。

 

 「アメリア」

 「…………ありがとう、ございます」

 「……うん、どういたしまして」


 やっと差し出してくれたアメリアの手に万年筆を握らせる。そのままきゅっと私の手まで握り込まれた。冷えた身体にアメリアの体温が心地良い。

 

 「ユーリ!」


 アメリアが泣き止むまで、ちょっと寒いけどこのままでもいいかな、なんて思っていたところにノアの声が聞こえてきた。

 振り返ると馬車から降りたノアが慌てた様子でこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 「あんた! 何やってるのよ!」

 「ちょっと探しものしてただけだよー」

 「探しものって……」


 ちらり、とノアの視線がアメリアへと向かう。何かを察したようにため息をついた。


 「……とにかくお風呂入って身体温めてきなさいよ。いくらあんたでも風邪ひくわよ」

 「私()()、って何それ」

 「ほら、早く」


 ぐいぐいとノアに押されながら私は自室へと戻った。

 


 

 

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