乙女ゲームってやつですか
目指せ騎士様の半ズボンスタイル確立から1年。
私は5歳になった。
お産後の療養を終えたら娘が『騎士になる』と言い出していたことに対して、お父様はお母様にめちゃくちゃ怒られていた。チョロすぎたもんね。怒られるよね。剣術は怪我の心配もつきまとうし、子どもに危ないことしてほしくないと思うのが親心だろう。
髪だけは切らないでほしいと両親に懇願された。邪魔にならなければ私自身どっちでもいいし、別に男装したいわけでもないので要望に応えて髪は伸ばしている。でもそのままにしてると邪魔なので後ろで一括りにすることにした。そんな私の格好を見てお母様が複雑そうな顔をしていたので、思ってたのとは違ったらしい。私は動きやすいのがいいのよ。
剣術の授業も順調に進んでいる。
竹刀ではなく木剣だったり、防具も小手や面ではなく鋼の甲冑だったり、やっぱりこんなところも中世仕様だ。
初めは違和感があったけどドレスで令嬢教育を受けるよりも身体が動かせることのほうが嬉しいし、これはこれで新鮮味があって面白いし楽しい。
ま、貴族教育は貴族教育で受けてるけどね。一般教養にマナーやら言葉遣いやら、結構大変。5歳児に詰め込みすぎじゃない?
魔法のほうはまだ始まっていない。
どうやら魔法に必要な魔力というのが4歳だと幼すぎて身体に負担が大きいらしい。6歳になるまではお預けということになっていた。もちろんお預けをくらって何もしない私ではないので、魔力を感じられないかとこっそり試してみたがこれといって成果もなし。うーん、独学じゃ難しいかな。
我がサルビア家が属するカランコエ王国は平和な国だそうだ。
周辺国との戦争などもない。もちろん貧富の差が全くないということはないけれどそこは避けられない問題だし、全くゼロにすることはできないだろう。
三大公爵家を筆頭に貴族位を持つ家が領地を運営、税収を得ている。封建制度ってやつですね。なんか社会の授業で習ったような。そうでもないような。都道府県知事みたいなこと、だよね?
下から数えたほうが早い我が家は領地を持っておらず、代々開発技術職だそうで。魔法のある世界だから科学技術は発展していない。代わりに魔法を使った道具、魔道具がある。我が家はその魔道具を研究、開発する部門を取り仕切っているようだ。日夜、生活に便利な道具を開発しているって言ってた。
そういった諸々の事情やら派閥やら貴族の把握やらも教育の一貫でして。
横文字連発にあっちとこっちの関係が複雑に絡み合う相関図はややこしいことこの上ない。ぶっちゃけ興味がない。
追々覚えていくとして、とにかく今の私が覚えなくちゃいけないのは『我が家が領地を持っていない』ことと、『我が家がある領地の領主様』だ。自身の領地がないのだから、もちろん誰かの領地に住んでいるわけでして。
そして今日、私はお父様と一緒にその領主様のおうちに向かっております。
なんでも領主様の娘の誕生日パーティーなんだって。5歳は節目として、初めて家族以外を招いたパーティーをするのがこの国の風習だ。前世の七五三みたいだね。私もこの間5歳になったけど、その時はそんなに大きなパーティーをしなかったなぁと思ってたら、お父様が忘れていたらしい。お父様は研究一筋だもんね、しょうがない。
領主様のお屋敷までは馬車で向かっている。整備されていない道での馬車はお尻が痛くなるって漫画なんかで見かけたことがあったけど、それは本当でした。
クッション敷いてても時折ガタンってなるのはお尻に来る。小一時間の道のりでも実感できたわ。
やっと目的地についたときには帰り道が憂鬱になるくらいだった。
お父様のあとについてお屋敷の中へと案内され、会場である中庭に通された。
5歳の誕生日だし、昼間の開催なのでお茶会形式のパーティーだそうだ。
すでに中庭には20組以上の親子が来ているみたいだ。きらびやかな服の大人と、私と同じくらいの年頃の子どもたちの集団がいくつか出来上がっている。
ちなみに今日の私は新しく作った半ズボンスタイルの礼服を身にまとい、肩よりも伸びた髪を薄い青色のリボンでひとつに括って後ろに流している。
「ユーリ、まずはフレイヤ様にご挨拶をしようか」
「はい、お父さま」
お父様にならい、私も会場の真ん中を突っ切るように歩く。左右から美味しそうな匂いがするなぁ。この世界の食べ物、結構美味しいんだよねぇ。中世ヨーロッパ風だから残念ご飯かと思いきや、なかなかどうして美味しいんですよ。私、食べるの、好き。
でも今は我慢だよね。我慢、我慢。先に主役に挨拶しなくちゃね。
会場の最奥、一番人だかりになっている場所に何の迷いもなくお父様は進んでいた。
こういうのって挨拶する順番とかあるんじゃないのかな。いいのかな。
ちらりとそんなことを考えたけど、どうやらそこまで堅苦しいものでもないみたいだ。
立派なお髭の金髪ダンディーなおじさまがお父様を見つけて嬉しそうに声をかけてきた。
「ハリソン! 来てくれたのか!」
「ベロニカ公爵、フレイヤ様、本日は誠におめでとうございます」
お父様がぺこりと頭を下げた。私も真似するように頭を下げる。
「ありがとう、ハリソン。あぁ、その子が君の」
「ユーリ・サルビアです。こうしゃくさま、フレイヤさま、おはつにおめにかかります。ほんじつはおたんじょうびおめでとうございます」
「はじめまして、ユーリ。来てくれてありがとう。ふたりとも、顔を上げてくれ」
お父様が頭を上げる気配がしたので私も顔を上げる。
にっこりと穏やかな笑みを浮かべるダンディーおじさま、ベロニカ公爵の隣にはお人形さんがいた。
私はわずかに目を見開き、彼女から目が離せなくなった。
金髪碧眼、くるくると巻かれた縦ロール。コロネみたいで美味しそうだなって見る度に思ってたけど実際に見るとある程度長さがないとできない髪型なんだなぁ、なんて呑気な感想が頭に浮かんだ。
淡い黄色のドレスに差し色のような赤いリボンが鮮烈で、目が釘付けになる。
洋館にあるお人形さんみたい。
少しツリ目で目つきが鋭いから幼いのにもかかわらず愛くるしさよりも美しさを感じる。
目の前の彼女を私は知っている。正確には、10年後の彼女を。
あーこれは。
転生だけじゃなかった。
妹の部屋にめちゃくちゃ飾ってあった。
家族旅行のときには風景と一緒に写真を撮っていた。
透明のアクリル板に描かれた一人の少女。
凛とした佇まい。鋭い眼光。顎を引き、自信に溢れる表情で立つ彼女。
ここ、乙女ゲーの世界ってやつだ。
ベロニカ公爵の隣に立つ少女は、妹が推していた乙女ゲーム『黄昏時のアイビー』の、悪役令嬢フレイヤ・ベロニカだった。