お宅訪問イベント
市場で大量の食料品を購入しました。
すっごい量だけど、アメリア、本当にこれをひとりで持って帰るつもりだったのかな? さすがに持てないんじゃない?
私が両手にひとつずつ紙袋を抱えて、ついでにアメリアがひとつ持ってるから計3つある。持てても前見えなくなっちゃうよ。
市場から歩いて数分のところでアメリアが立ち止まった。
目の前にあるのは古ぼけた教会だ。ところどころ壁は欠け、木材は腐ちている。少し薄暗い雰囲気だが、中からは元気な子どもの声が聞こえた。
「ここです」
「孤児院?」
「はい。私、孤児院出身なんです」
さらりと言ってアメリアが私が持っていた荷物を受け取ろうとする。
「中まで運ぶよ」
「いえ、これ以上は申し訳ないので……」
「あー! アメリアお姉ちゃん!」
押し問答しているところで女の子の声が響いた。
私達が声のするほうへ振り向くよりも早く何人かの子どもがわらわらと群がり、アメリアと私は囲まれてしまった。
「おかえり! お姉ちゃん!」
「それおみやげ?」
「お姉ちゃん、学園はどうだったー?」
「ねぇねぇ、このお姉ちゃんだぁれ?」
「え、お姉ちゃんじゃないよ、お兄ちゃんだよ」
おぉ、すごい勢いだ。
足元にまとわりつきながらまだ私が持っていた荷物を覗きこもうと手が伸びてくる。
「アメリア、帰ってきたのね」
「シスター」
「ほら、みんな。アメリアたちが困っているわ。向こうで遊んできなさい」
「はーい!!」
シスター服を着た年配の女性の一声で子どもたちがバッと散って走り去っていった。やっぱり幼児はデフォでダッシュ移動だよね。
子どもたちの背中をぼんやり見送っているとシスターが私とアメリアのほうへと近づいてきた。ぱちっと視線があったところで声をかけられた。
「こんにちは。あなたは?」
「ユーリ・サルビアと申します。学園でアメリアさんにお世話になっています」
「あら、アメリアのご友人なのね。よかったら中でお茶でもどうかしら」
「シスター……」
「いいでしょ、アメリア。学園の話も聞かせていただきたいし」
にこにこ笑顔のシスター。優しそうなおばあちゃんっていう感じだ。シスターのお言葉に甘えお茶をいただくことにした。
孤児院の中は外と変わらないくらいあっちこっちが傷んでいた。
建物の古さだけでなく元気な子どもたちによる破壊の跡も見て取れる。私も勢い余って壁に穴を開けたことがあるからね。こういうのは子どもがたくさんいる環境ではしょうがないところなんだろう。
食堂に案内されたところでシスターがぽん、と手を叩いた。
「あら、いけない。お茶っ葉を切らしてたんだったわ。アメリア、ジョンさんのところからちょっと譲ってもらってきてくれないかしら?」
「え、はい」
アメリアが戸惑いながら外に出ていったのを見送り、シスターが私に振り返る。
お、これは本人がいない間に話を聞こうということかな?
「ユーリさん。アメリアのどういうところが気に入ったのかしら」
「…………はい?」
なんか予想してた質問と違うなぁ。
もっとこう……学園でのアメリアの様子とか聞いてくるのかなぁと思ってたんだけど。
「育ての親である私が言うのも何だけど、アメリアはとてもいい子よ。優しくて、周りのことをよく見ています。どこに出しても惜しくない娘です」
「? そうですね、とても気が利くし勉強熱心だし、一緒にいると心が暖かくなります」
「あら、そう思っていただけていたなら嬉しいわ。ユーリさんは貴族様でしょう? 第一婦人とまで言わずも第二婦人くらいなら……」
……ん? 第一婦人……って――
「ちょ! ちょっと待ってください! 私とアメリアはそういう関係では」
「まぁ、こういうことは早いほうがいいわ。それとももう婚約者がいらっしゃるの?」
「いえ、婚約者はいませんし、そもそも私は女ですが」
「あら、性別なんて些細なことよ」
ずずいっとシスターが近づいてくる。これはアレか。初めて彼氏が家に来た時のアレか。前世含め恋人がいたことなんてないけど。
あまりの勢いに少し仰け反りながらもシスターの猛攻撃は止まらない。
「アメリア以外に心に決めた方がいらっしゃるの?」
「いえ、そういった方は」
「では、アメリアが平民ということが問題かしら? こんな孤児院出身ですものね」
ふっとシスターの表情が暗くなった。
確かにここはあっちこっちボロボロだし、子どもたちの服も決して新しくはなかった。何度も何度も継当てをしたんだろう。大きさもあっていない子がいたので、そもそも限られた数の衣服しかないのかもしれない。
「生まれや育ちなんて関係ないですよ」
私自身、前世は庶民だ。明日の食料に困ったことはないけど、特別お金持ちといったこともなかった。
だから人付き合いをするのに家庭の事情は関係ない。
「あぁ、育ちは関係ありますね。アメリアがあんなに魅力的なのはきっと育ててくださったシスターや周りの人たちの愛情をたくさん受けて育ったからなんだと思います。たとえアメリアが孤児院出身だろうと貴族だろうと、私には関係ありませんよ。私は彼女だから友人になりたいと思ったんです」
にっこりと笑いシスターを見ると彼女はきょとんとした顔をしていた。
貴族っぽくない物言いだったかなぁ。この国がいくら平和でも身分を気にする風潮は根強いからね。王都だと嫌なタイプの貴族も多いだろうし。
またフレイヤ様に「貴族らしくなさい」と怒られるかな、と少し心配したところでシスターが笑い出した。
「ふふ、そうですね。そう言っていただけると私も嬉しいわ。ねぇ、アメリア」
ガタン、と部屋の外で大きな物音がした。
扉がそぅっと開き、おでこを赤くしたアメリアが顔を覗かせた。ぶつけたのかな。
「アメリア、おかえり。おでこ大丈夫?」
「た、ただいま帰りました。大丈夫、です」
「ふふ。お茶を用意してくるわね。あとは若いおふたりでごゆっくり」
アメリアと入れ替わるようにシスターが部屋を出ていった。
「本当に大丈夫? おでこ、真っ赤だよ」
「ちょっと壁にぶつけちゃって……大丈夫です」
「そんなに髪の毛くしゃくしゃしたらだめだよ。あ、そうだ。アメリア、ちょっといいかな」
私はアメリアを椅子に座らせ、雑貨屋さんで買った髪留めを取り出した。
ちょうちょ結びの淡い朱色のリボンがついたバレッタだ。ちょうちょ結びの真ん中に翠色の石がついていて、アメリアの髪色に合いそうだと思った。
ハーフアップにして後ろで留める。うん、これなら私でもできるからね。
「こうして……と。はい。これでどうかな」
「えっと……」
「今日のお礼にさっきのお店で買ったんだー。せっかく包装してもらったのに私が開けちゃったけどね」
アメリアがおそるおそるといった様子で髪留めに触れる。
「うん、やっぱりかわいいや。アメリアに似合いそうだなって思ったんだよ」
「……ありがとう、ございます」
その後シスターが入れてくれたお茶をいただいて、私はアメリアより一足先に寮へと戻った。
すっかり忘れてたけど、フレイヤ様にプレゼント渡さないとな。
天岩戸が解除されてると渡しやすいんだけど。




