ドレスと剣と魔法の世界と私の家族
てちてちと、長い廊下を歩いてやってきましたお父様の書斎。
今日も今日とて歩きづらいドレス姿です。
思い立ったら吉日!と思った先日は残念ながらお父様が不在だったため改めて今日。
前世を思い出して数日の間に記憶も少しは整理整頓できたし、何なら今の状況もちゃんと把握できた。
「それでユーリ。今日はどうしたんだい」
目の前にいる優男……もとい、我が家のご当主でありお父様であるハリソン・サルビア子爵。
私と同じ茶髪、茶色の瞳。柔らかい印象に負けず劣らず優しくて、お花畑が似合う26歳だ。
お気づきかと思いますが、ユーリは私です。ユーリ・サルビア。それが今の私の名前だ。なぜか前世と同じ名前だった。間違えなくていいよね。ラッキー。
我が家、貴族でした。
「おかあさまのぐあいはいかがですか」
「マリアなら順調に回復しているよ。ユーリには少し寂しい思いをさせているね。もうすぐ弟にも会えるよ」
「それはたのしみです」
私はにっこりと笑ってみせた。
私の家族はお父様と、お母様。そして弟のルイス。
思い立った吉日に弟が産まれた。よかった、吉日になって。
お母様は今、産後の療養中だ。中世ヨーロッパ風だなと思っていたら文化も技術も中世ヨーロッパレベルだった。現代日本ならともかく、このレベルだと下手すると産後不良で亡くなることもある。ただでさえ出産は命がけだっていうし。ゆっくり療養してもらいたい。
それにしても弟のルイスに会えるのは楽しみだな。前世では妹がいたはずだ。弟でも妹でもきょうだいはかわいいものだよねぇ。思わず頬が緩んじゃう。
……はっ、違う違う。かわいい弟の話はウェルカムだし、それはもうすぐにでも会いに行きたいけど、今日はその話じゃない。お父様のほんわか空気に私までほんわかしてしまった。
弟の誕生は後で盛大にお祝いしましょう。今はこっちだ。
私はほんわか笑顔からキリッとした表情に切り替えた。キリッとしてると思う。
「それで、おとうさま。おりいっておねがいしたいことがあります」
「お願い?」
「わたし、けんじゅつをならいたいです」
「け、剣術?」
「はい。おとうともうまれて、わがやはあんたいです。ルイスはしょうらい『じきとうしゅ』となりおとうさまのあとをつぐでしょう。そのときにわたしはルイスをまもる『けん』になりたいのです」
意図せず舌ったらずな話し方になってしまうけど、できる限り理路整然と私はお父様に用件を述べた。
そう。ここは剣と魔法の世界だった。
ならばやるしかないじゃない! 両手剣にファイアボール! はては冒険者! 剣士! 魔道士!
……という建前はともかく、ドレスを着たくない私には「剣術を習うために令嬢スタイルのドレスから動きやすいズボンへの変更」くらいしか思いつかなかった。前世でも剣道やってたし、慣れ親しんだものをやろうかな、と。ちょうどいいことに騎士という職業が本当にあったからね。貴族の令嬢がそういうの目指せるかはまだ知らないけどそれっぽい理由として目指すのもアリかもしれないと思ってる。
私の発言がよっぽど爆弾だったのかお父様は口をぽかんと開けたまま、起動停止している。
そんなにびっくりするようなことだったのかなぁ。
ちょっとだけ不安になりながら固まっているお父様に声をかける。
「あの、おとうさま?」
「え、あぁ、ごめんよ。それで、剣術だったかな」
「はい。できればドレスではなくズボンをはきたいです」
これがメインの目的ですよ。
「か、格好までかい」
「えぇ。けんじゅつをならうならばふだんからしっかりたんれんをしたいので」
「鍛錬」
「あ、まほうもならいたいです」
「魔法」
せっかくなら魔法も使って魔法剣士なんていうのもかっこいい。
「めざすはこのくにいちばんのきしさまです」
「騎士」
「そのためにはいまからしっかりときたえたいのです」
「鍛える」
お父様が私の言葉を返すだけの何かになっているな。
なんかもう埒が明かないっぽくない? お父様、ちゃんと私の話聞いてる?
うーん。お父様は子煩悩だし何でも好きなことはやらせてくれるから割と放任主義だし、お願いしたらやらせてくれると思ったんだけどなぁ。私が知っている限りのお父様は地位に固執したり立場を利用するようなことはしない。だから私を将来の政略結婚の手駒にしようとかは思ってないんだろう。いろんな意味で私がイメージする貴族っぽくない。
よし。ここは必殺技でいこう。
私は椅子に座るお父様に近づき、膝に手を置いた。お父様の顔を上目遣いに見つめ、魔法のコトバを言う。
「おねがい、おとうさま」
「うん! いいよ!」
チョロい。
お父様、チョロすぎて心配になる。変なツボとか買わされてないだろうか。あ、売りつけるとしたら私か。
何はともあれ、動きにくいドレスからも解放される!
デレデレのお父様を見ながら私は心の中でガッツポーズをした。