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それは彼女との出会い side:フレイヤ


 少し困ったように眉を下げた笑顔も。

 無遠慮に触れてきた硬い手のひらも。

 何よりもオニキスのようなその瞳が。

 私の心を掴んで離さない。



 出会いは、5歳の誕生日パーティーだった。

 たくさんのプレゼントに、祝いの言葉。大好きな両親と兄に囲まれていても中庭に用意された会場に向かうのは少し憂鬱だったけれど、それ以上に「あの子に会えること」が嬉しくて仕方がなかった。


 少し前から兄に連れられてお茶会に参加するようになり、その度に集まってくる子たちはみんな、私よりも「公爵家」を見ていた。

 子どもだからこそ隠すこともなく向けられる欲を当時の家庭教師に溢すと、「上に立つ者は下民と親しくするべきではない」と言われた。


 そんな言葉のせいだろう。

 楽しみにしていたはずのあの子に会った時、言い放ったのは本心とは真逆の言葉だった。


 お父様の学友であったサルビア子爵のご令嬢。折に触れて語られるサルビア子爵の話に私は期待していたのだ。

 この子なら、私を見てくれるのではないかと。

 なのに会場で見つけたあの子は、私よりも先に用意されていた料理を見つめていた。キラキラした瞳で。

 つまらない嫉妬。

 今思えば「そんなことで……」と呆れられても仕方がない。私自身もそう思う。食べ物相手に嫉妬なんて。


 暴言を吐いた私を見て彼女は困ったように笑っていた。それを見た途端、どうしようもなく恥ずかしくなって足早に彼女の前から離れた。その後もチラチラと彼女の様子を見ていたが、一向にこちらには来ない。それもそのはずなのに、当時の私は持ち上げられるのが嫌だったくせに傲慢にもなっていたのだろう。

 自分から謝ることもできず、かと言って今更仲良くしてほしいとも言えず、そのまま会は終わってしまった。


 その後、両親や兄に諭され、私は自身の幼稚さや傲慢さを恥じた。彼女の笑顔を見た時に感じたのはそういった感情だったのだと知った。


 幾度となく謝る機会を伺ったけれど、なかなかその時は訪れなかった。

 お茶会への出席率が悪い彼女に会える機会そのものが少なく、珍しく出席していても声をかけるタイミングがない。


 そうこうしているうちに、4年の歳月が経っていた。


 ようやくやってきたチャンスは、王族からの招待状から始まった。

 王族主催のお茶会。

 どういうわけか最近第一王子殿下との接点が増えている彼女もそのお茶会に出席すると聞き、思わず拳を握りしめてしまった。


 意気込んで行ったお茶会でも、なかなかその時は来なかった。

 私自身が囲まれていたのはもちろん、なぜか彼女まで令嬢たちに群がられている。

 だけどせっかくのチャンスだ。意気込んで来たのもある。どうにか彼女とふたりになりたい。


 何度めかの様子見をしていると、彼女が場を離れるのが見えた。私も周りに断りを入れ、彼女のあとを追う。


 彼女は変わり者だ。

 男性のような格好なのに、髪は長い。周りの顔色を窺うことも、その格好を揶揄されることも気に留めている様子もない。

 何より今目の前を歩く彼女は貴族らしさのカケラもない。

 陽だまりを探すように庭園を歩き、時折足を止めては風を感じているのか気持ちよさそうに目を細めている。


 あまりにも楽しそうな彼女の様子に声をかけられなかった。


 仕方なく、そのまま彼女のあとを追うと、何やら声が聞こえてきた。彼女もその声に導かれていたようだ。

 人影が見えてきたところでこそこそと身を潜める彼女を見届けてから、私もトラブルの中心へと目をやる。

 令息たちによるいじめの現場だった。


 こういった手合いは昔の私を見ているようで思わず仲裁に入ってしまった。

 私の言葉に逃げ帰っていく令息たちを見送り、ひとり残された被害者にハンカチを渡した。

 気弱そうな彼にどうにか奮起してほしくて言葉をかけたが、少し言いすぎた気もする。


 そんな後悔をしていると、草の擦れる音がした。

 心臓が跳ねる。


 「……いつまでそこにいるつもりですの」


 少し震えそうになる声を抑え、ゆっくりと振り返るとそこにはこの4年の間待ち焦がれていた相手がいた。


 背中の中程まで伸びた茶色の髪がふわりと風に舞った。

 その下から覗く瞳は夜闇のように深い黒。

 柔らかな印象を抱く微笑みはあの時のままだ。


 彼女は私に近づき、スッと礼をとった。

 一本の線が入ったような美しい所作だ。

 喉に絡みつくような声を気合いで外に出す。


 「……サルビア家の、ユーリさん、でしたか」

 「えぇ。お久しぶりです。フレイヤ様」

 「久しぶりでもないでしょう。少し前にお茶会で見かけましたわ」

 「あ、気づかれてましたか」

 「あなたみたいな変わり者、気づかないほうが難しいでしょう?」

 

 本当はずっと声をかけたかったのだ。

 常に彼女の姿は目で追っていた。


 私の視線を受けてか、彼女が苦笑した。


 「それで。どうしてここに?」

 「……少々道に迷いまして」

 「嘘ね」

 「おや、どうして嘘と?」

 「令嬢たちに囲まれていたのも、そこから立ち去ったのも見ていましたもの。その後使用人に聞いてこちらに来たのでしょう?」

 「全部見てらしたんですね」

 「……」


 言うつもりのなかったことがどんどん溢れていくのに、本当に言いたいことはいざとなると出てこない。

 黙り込んだ私の様子に、彼女は少し首を傾げていた。

 ずっとあとをつけていたことも言ってしまったし、きっと変に思われているのだろう。


 「フレイヤ様?」


 彼女の呼びかけに、私は決心した。


 「……謝罪、しますわ」

 「謝罪?」


 首の角度がさらに傾いていた。

 そういった所作のひとつひとつがどうしてか心をざわつかせる。

 ここまで来たら後戻りはできない。

 私は今一度お腹に力を入れて続けて言った。


 「私の誕生日パーティーで、あなたに言ったこと……」

 「……」

 「あなたのお父様にも、その……言いすぎました」


 頭を下げ、相手からの言葉を待つ時間がこれほどまでに緊張するのだと初めて知った。

 永遠に続いているような静寂を破ったのは彼女の笑い声だった。


 「……ふっ、あはははは!」


 突然のことに私は顔を上げ、彼女を見つめる。

 大きく口を開けて笑う様は決して貴族らしくはないけれど、彼女らしいと思った。

 自由で、明るい、陽だまりのような人。あの時の困ったようなものとは違う、心からの笑顔。

 その様があまりにも美しくて、眩しくて、私はただその場に佇むしかなかった。


 ひとしきり笑って満足したのか、目尻に浮かべた涙を拭いながら彼女は私に向き直り、手を差し出してきた。

 訳もわからず彼女と差し出された手を交互に見つめた。


 「フレイヤ様の謝罪、お受けいたします。仲直りの握手、しましょう」


 「仲直りって、あなた……」


 悪いのは私なのに。まるで悪戯っ子のような笑顔に私もつられて笑ってしまった。

 差し出された彼女の手を取り、ぎゅっと握りしめた。


 「改めまして、フレイヤ様。ユーリ・サルビアです。よろしくお願いします」

 「……変わり者ね、あなたは」

 「よく言われます」


 やっと彼女と出会えた気がした。

 


 

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