悪役令嬢のお誘い
秋晴れの穏やかな日。柔らかい陽射しが心地良い。
あったかくて、ぽかぽかして、いい匂いがして、干したてのお布団みたいで最高。
芝生の上で大の字に寝転がってお昼寝も最高。今日は絶対お昼寝する。そう決めてた。
そんな最高の一日に、私ことユーリ・サルビアは今日も今日とてお茶会に拉致られてます。
目の前におわすは、フレイヤ・ベロニカ様。
と、我らが第一王子テオ・カランコエ様。
なんですかね、この状況。国の2トップのお子さんたちと一緒って。
いや、散々うちにアポなし訪問しているふたりが今までこの状況にならなかったのがある意味奇跡なのかもしれない。いつかの心配がついに現実になりました。ちなみに我が家の使用人さんたちは案外落ち着いていた。というか諦めていたんじゃないかな。みんな遠い目をしてたよ。
つい数十分前の大人たちを思い浮かべながらふたりのほうを見る。
「……」
「……」
「……」
この状況ですよ。ふたりともうちの使用人さんが用意したお茶を黙々と飲んでいるし、視線も合わない。空気が激重。
先日のピクニックでもやたら無言空間が続いてたけど……あえて無言でいるのが流行ってたりする? 私が知らないだけで高位貴族の間では常識だったり?
それにしてもかれこれ30分。この地獄に私もそろそろ終止符を打たないといけない。というか打ちたい。そしてお昼寝をしたい。
「あの、お二方」
ギロリと鋭い視線が左右から向けられた。なんで睨むの……ちょっとビクってしちゃったよ……。
でも気にしたら進まない。進めましょう、サクサクと。お昼寝のためにも。
「本日はどういったご用件で?」
「……」
「……」
おぉ……さすがにちょっと心折れそう……こういう気まずいのは苦手なんだよ。
でもここで怯んだらせっかくのいい天気が台無しになっちゃう。この際気まずさは無視だ! 無視!
「……何もないようでしたら、剣術の鍛錬をしたいのですが」
うん、昼寝だけどね。
「またあなたはそうやって……」
やっと沈黙状態が解除されたのはフレイヤ様だった。
はぁっと深くため息までつかれた。私もため息つきたい。さすがにふたりを前にしてはできないけど。
「いいですか。あなたも令嬢でしょう。令嬢ならば令嬢らしく、優雅に午後のひと時を過ごしなさい」
……ん? 怒られてる?
「ユーリ、剣の鍛錬ならばオレも付き合うぞ」
おや、こっちも沈黙解除か。
王子がガタン、と椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「剣もいいが、たまには馬もどうだ? 今度、遠乗りに行こうと思うのだが」
んんん? お誘い?
「いえ、殿下。僭越ながら申し上げますが、彼女は令嬢ですので遠乗りではなく、淑女教育をすべきです」
「ユーリが令嬢らしく振る舞うところなど、想像できないな。ユーリは元気に駆け回ってるほうがよく似合うだろ」
「それは貴族らしさからはかけ離れております」
「フレイヤ嬢はお堅いな」
おおぅ……さっきまでの沈黙はどこへやら、なんかバチバチしてる……。
でも、これってもしかしなくても?
「……もしかして、お二方は私と過ごしたいとおっしゃっている……?」
「「そうじゃない!!」」
バン!と机を叩きながら二人揃ってこっちを睨みつけられた。なんだ、違ったのか。じゃあいよいよふたりは何しに来たんだろう?
首を傾げながらふたりを見つめていると、王子がガシガシと頭を掻きながら私に指を突きつけてきた。
「あー、もう! とにかく! ユーリ、今度遠乗りに行くからな!」
どうやら帰る時間になってしまったようで、王子はそれだけ言い残して帰って行った。毎度のことながら第一王子は忙しいらしい。
片道4時間かかるところに気安く来すぎなんだよなぁ。滞在時間めちゃくちゃ短いんだもん。ノアはちゃんと朝から来て泊まって帰るけど、王子はいつも日帰りだからね。
残された私とフレイヤ様に侍女が新しい紅茶を入れてくれたところで、沈黙が仕切り直しになった。リセットされてしまったことにちょっと心が折れそうだったけど、今回の沈黙は比較的短かった。
「……あなたは本当に、よくわかりませんね」
「? 何がですか?」
「聞いてはいましたが、どうしたら殿下と懇意になるのかと。そもそも、婚約者のいない令嬢に殿下が会いに来るなど……まさか殿下と婚約の話があるんじゃ」
「それはありませんよ。我が家は子爵家ですので」
あはは、と笑いが漏れる。私が殿下の婚約者になんてなれるわけがないしなる気もない。
ただでさえ貴族社会は元庶民の私からしてみれば別世界だし、決して居心地のいいものでもない。腹の探り合いとか本当にごめんだよ。それの最高峰とも言える女王様なんて無理無理。子爵令嬢には荷が重すぎます。
「殿下が私を気にかけてくださっているのは私が変わっているからだと思いますよ。ほら、こんな格好ですし」
「……本当に?」
少し口を尖らせて上目遣いでこちらを伺っているフレイヤ様に思わず口元が緩みそうになった。場違いかもしれないけど、ふくれっ面がかわいいと思ってしまった。私の周りにお姉ちゃん心をくすぐる人たちが多すぎて困るよ。
公爵家は王族と一番近い貴族だ。
王子の婚約者選抜試験……もとい、婚活パーティー……じゃなくてお見合いの時にも三大公爵家の中で年齢の近いフレイヤ様が王子の婚約者になっていないことを疑問に思ったけど、やっぱりそういった話があるんじゃないかな。結局あの後誰かが内定したっていう話も聞かないし、水面下で進んでる、とか。
だから私が王子と仲良くしているのはあまり好ましくないんだろう。ほら、王子が主人公にちょっかい出した結果婚約破棄されちゃうわけだし。そうするとなんか立場的に困るんだろうなぁ。自分よりも地位の低い相手に取られちゃうとプライドも傷つけられるだろうし。
私は王子もフレイヤ様も、ふたりとも大事な友人だと思っている。……私が友人って言っていいのかわかんないけど、大事な人たちだっていうことは変わりない。もしふたりが結婚しても幼馴染としてお祝いしたいし、一生の付き合いにもなるだろうし。だから私のせいでふたりに何か不利益が生まれてしまうのは嫌だ。
今はフレイヤ様が不安そうにしているのをどうにかしたい。
そっと彼女の頬に手を伸ばした。視線を合わせるように顔を少しだけ持ち上げて、碧い宝石のような瞳を覗き込む。
出来る限り優しく笑いかけながら。
「もちろん、本当ですよ。私は剣に誓って生涯貴女の側にいます」
ね?と小首を傾げて見せる。
時が止まったようだった彼女の顔が瞬間湯沸かし器よろしく真っ赤に染まった。そのままの勢いで私の手を振り解きながら顔を逸らされた。
どうやら怒らせちゃったみたいだ。うーん、やっぱり友人って思ってたのは私だけだったのかな。友だちでもないのにほっぺた触られるの嫌だよねぇ。
「な、何を! もう!! あなたは本当に! 何をおっしゃって……!」
「あ、すみません」
お怒りもごもっともなので頭を低くして謝るに徹した。ちょっと調子に乗っちゃったからねぇ。
低くした頭の上でフレイヤ様は真っ赤な顔のまま、ぶつぶつと何かを言っているのが聞こえた。
ひとしきり言い終えたフレイヤ様がわざとらしい咳払いをひとつした。もう冷静さを取り戻したみたいだ。さすが公爵令嬢。
「いえ、怒っていたわけではなくて……もういいですわ。それよりもあなた、その……明日は何か予定はあるのかしら?」
「明日、ですか? 特には、ない、ですかね」
「そう」
「はい」
「……」
「……」
え、そこで沈黙?
あ、でもなんか言おうと頑張ってる感じがする。じっと待っていると意を決したようにフレイヤ様が口を開いた。
「……きなさい」
「はい?」
「私と! 一緒に街に行きなさい!」
「……はい?」




