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伯爵令嬢と公爵令嬢


 昼食を終えてまったりとした時間を過ごしていると睡魔がやってきた。お弁当を作るのにいつもより朝が早かったからなぁ。

 無言の空間はもう気にしないことにした。どう足掻いても無言状態が解除されないんだもん。

 ノアなんて持ってきた本を取り出して読み始めちゃったし。


 ぽかぽかの陽射しと肌を撫でる柔らかい風が気持ちいい。

 いつの間にかルイスは私の膝を使って寝ている。弟の体温も相まって、私の意識は軽く飛んでいってしまった。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 小さな寝息が聞こえてきた。

 ふと視線を本から上げると、ユーリとルイスが仲良くお昼寝している。

 この()()()は陽だまりを見つけるとすぐに昼寝をする。


 ユーリのお祖父様と私のお祖父様は兄弟だ。

 そしてユーリのお父様と私のお父様も兄弟だ。

 お祖父様同士は仲が悪くユーリのお祖父様が家を出ていってしまったのだが、子宝に恵まれなかった私のお祖父様がユーリのお祖父様の息子、私のお父様を養子に迎えることで家同士の交流が復活した。

 その頃にはユーリのお祖父様は今の地位を確立していたし、王都にある私たちの家にも我が領地にも戻ってくるということもなく時折家の行き来があるくらいだった。6歳の私が彼女を気に入ってから何度も行き来するようになった。


 そして今、そのいとこと私、なぜか公爵令嬢であるフレイヤ・ベロニカとでピクニックに来ているわけなのだけれど。


 この公爵令嬢が謎だ。


 今までユーリに全くと言っていいほど聞いたことのなかった存在が急に私との約束の日にアポなしで現れた。ユーリ曰く今日は予定があることを事前に伝えていたにも関わらず、だ。

 噂に聞く彼女は高飛車で冷徹、氷のようなその言葉に容赦はなく故に特別な意図なく近づく者は少ない『氷結令嬢』と呼ばれている。

 もし彼女がユーリを傷つける目的で付きまとっているのならば私が守らなければ。そう思って私がユーリに代わって公爵家の馬車に向かった。誘うとはユーリに言ったが、場合によっては断ってやろうと思っていた。


 馬車の戸を開けた時の彼女の様子に私は絆されてしまったのだろう。

 そこにいたのは噂に聞いていた冷徹無慈悲な令嬢ではなく、年相応の少女だった。私にはそう見えた。

 ユーリに対する敵意じゃない。弄ぶ目的でもない。彼女のわかりにくい表情には直感的に私は理解した。


 純粋な好意。


 何をどうしてそうなったのか、目の前にいた同い年の公爵令嬢をユーリが絡め取ってしまったらしい。

 ここへ来る道中、ユーリ側の感情を読み取ろうとふたりの様子をじっと見守っていたがどうにも彼女の一方通行みたいだったけれど。

 

 ちらり、と件の令嬢を盗み見る。

 すやすや気持ちよさそうに寝ているユーリを凝視している彼女。本人は気づいていないのだろうか。相変わらず視線が釘付けになっている。

 思わずため息が漏れた。少しくらいおせっかいを焼いてもいいかな。


 「……ユーリは本当に変わり者よね。普通令嬢がこんなところで熟睡しないわ」


 あえて敬語は使わない。そのほうがいいと思ったから。話題がユーリになってしまうのは仕方がない。

 さっきまでお互いに無言だったところで急に私が声をかけたのによほど驚いたのか、見開かれた目がこちらを向いた。

 私は彼女の視線を気にせず、言葉を続けた。


 「こういう天気がいい日は絶好のお昼寝日和なんですって。私がいてもいっつもお構いなしで寝るのよ」

 「……彼女らしい、ですね」

 「マイペースすぎて心配になるわ。偉い人に対してもそういう態度を取るんじゃないかって。……そうみたいね」


 公爵令嬢の表情を見ながら私の心配が的中していることを悟り、ため息が漏れた。

 たまにユーリを引きずってお茶会に参加していた時はどんな相手でものらりくらりと受け流していた印象があった。どうやら多少仲良くなるとマイペースを発揮するみたいだ。遠慮がなくなった、ということかな。

 

 「それにしてもあなたと仲良くなったり殿下が訪ねて来たり、話題に事欠かないわ」

 「いえ、私はまだ彼女と仲良くなれているかは……」


 彼女の表情が曇る。

 

 「あら、充分仲良いじゃない。少なくともユーリはあなたと仲良くなりたいと思ってると思うわよ」

 「そう、かしら」

 「えぇ。この子、いつもにこにこぽやぽやしてるくせに変なところで鋭いというか気がつくというか。お人好しなのよね」

 「……わかります」

 「でもね、嫌なことはハッキリ嫌って言うわよ。あなたが公爵令嬢であろうとも、ね」

 「そうですわね。彼女なら、そう言うのでしょうね」


 私のほうを見ていた彼女の視線がまたユーリに注がれた。

 

 「私が困らせてしまっているのにいつも笑っていて。恐れるでも呆れるでもなく手を取ってくれる。そんな彼女だから……」


 さっきまで曇っていた彼女の顔がふいに緩んだ。今度は私が目を見開く番だった。


 「あなた、それ」

 「うーん……」


 ユーリの気の抜けた声が響いた。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 あぁ、あったかくてふわふわしてる。

 それにいい匂いがする。

 この匂い、好きだなぁ。


 「な、な、な……」


 な? なんだろう?

 聞き覚えのある声な気もする。でもこのふわふわが心地良すぎて目を開けたくない。


 起こさないでほしくてぐりぐりと頭を振る。というか擦り付けてる感覚だ。

 ……ん? 擦り付けてる? 何に?


 「んんー?」


 ぱちりと目を開けると、淡い水色が視覚いっぱいに広がった。ゆっくりと顔を横に向けると真っ赤な顔をしたフレイヤ様と目が合った。

 おやー? どうして私はフレイヤ様の腰に抱きついてるのかな?

 ビックリして一気に目が覚めた。


 「……おはようございます、フレイヤ様」


 返事はない。ただ口をぱくぱく開閉させている。

 おおお怒ってるねこれ。


 「とりあえずユーリ、離れてあげなさい」

 「あぁ、離れます、ごめんなさい」


 パッと起き上がってフレイヤ様から離れた。


 「……」

 「……」


 やっぱり怒ってるよね、これ。

 寝ぼけてたとはいえ、公爵令嬢の腰に抱きついて膝枕させるとかマズいよね。


 「フレイヤ様……」

 「ねぇさまぁ」


 謝ろうとしたところでルイスが私の服の裾を掴んだ。


 「おてあらい、いきたい」

 「え! ちょ、ルイス、待って! すみません、フレイヤ様、ノア、ちょっと離れます!」


 私はルイスを抱き上げて少し離れた木陰へと急いだ。



 ◆   ◆   ◆   ◆



 遠ざかっていくユーリの背中を見送ってから、私のすぐ側で俯いたまま固まっている彼女を見た。

 耳まで真っ赤に染め上げている。金髪に赤はよく映えるなと場違いな感想が頭に浮かんだ。


 「……ま、ユーリだから」


 私はこの子が案外好きかもしれないな、と思いながら笑うしかなかった。

 


 

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