みんなでピクニック
「姉さまはぼくと遊ぶのがいやなんですか?」
「いや、そんなことは」
「姉さまはぼくよりノア姉さまのほうがいいんだ」
私は今まさにルイスの泣き落としに落とされそうになっています。
座っている私の膝に手を置きながら上目遣いをされて落ちないほうが無理だと思う。かわいい弟がそれはもうかわいい仕草をしているんだよ? それに勝てるお姉ちゃんなんていないでしょ。
あっさり負けを認めて両手を軽く上げて降参のポーズをとり、ルイスに笑いかけた。
「わかったよ、ノアに聞いてみよう。ね?」
目尻に溜めていた涙はどこへやら、ルイスがとびきりの笑顔になった。
うん、弟の笑顔は守られた。あざとさなんてものは感じない。感じないったら感じない。
「姉さま大好き!」
姉さまもルイスが大好きです。
◇ ◇ ◇ ◇
「……というわけで、今日はルイスも一緒なんだけどいいかな?」
「別にいいわよ。元からルイスも誘えばよかったわね」
うちに来たノアに開口一番ルイスの同伴をお願いしたらアッサリと了承してくれた。ノアならOKしてくれるってわかってはいたけどね。親しき仲にも礼儀あり、だと思っているので、そこはちゃんと許可を取る。
今日はノアとピクニックの約束をしていた。
「ルイスはいいわ。それより」
少しだけ怪訝な顔でノアがちらり、と視線を門の外に向けた。私もつられて同じ方向を見る。
うん、これは予想できなかったというか。いや、予想はしてたけど今日だとは思わなかったというか。
我が家の外に停まる一台の馬車。その横にはベロニカ公爵家の家紋がついている。
「……いつの間にあの公爵令嬢と仲良くなったのよ」
「仲良くなったっていうか、なんというか」
あはは、と乾いた笑いが漏れた。私もどうしてこうなってるのかさっぱりなんだよね。
王子同様、頻繁に我が家に来るようになったフレイヤ様は、時折アポなしで来る。幸いにも二人同時に来て我が国の最高権力集合という事態には陥っていないけど、いつそうなるのかわかったものじゃない。うちの使用人さんたちの精神衛生上、それはご遠慮願いたいところだ。そもそも我が家にそんな偉い人って来ないからね。……いや、結構な頻度で来るようになっちゃったけど。
「ノアと出かけるって伝えたはずなんだけど」
「……ふぅん」
ノアの反応がそっけないな。腕を組みながら私の言葉を聞いてはくれてるけど、何か考え事をしているみたいだ。生返事ってやつですね。
顎に手をやり、ぼんやりとした表情をしていたノアがパッと顔を上げた。
「……まぁいいわ。どうせだから公爵令嬢サマも連れていきましょう」
「え、いいの?」
「帰らせるわけにもいかないでしょ。それに、ウチの親戚が世話になってるんだから」
「うん、ありがとう。じゃあちょっとお誘いしてくる」
「……ちょっと待ちなさい。私が行くわ」
そう言い残してノアがフレイヤ様の馬車へと近づいていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「やっと着いた……」
目的地に着く頃には私は疲れ果てていた。
ノアのお誘いに乗ったフレイヤ様とともに4人で我が家の馬車に乗って小高い丘のある草原までやってきたわけなんですが。
ふたりの唯一の接点が私だから気をつかって道中話題を振ってたんだけど全くと言っていいほど反応がなかった。しんどい。
そもそも私はそんなに周りの空気読んだりするタイプじゃない。読めるんだったら変わり者令嬢なんてやってないっていう話だよね。
ちょっとげっそりとしながらも周りを見渡した。
馬車を降りて少し歩いたところの木陰に使用人さんがレジャーシートを広げてくれていて、その周りをルイスが走り回っている。
私から少し離れたところにいるフレイヤ様とノアは相変わらずの無言で、私と同じように使用人さんたちとルイスを見つめていた。
準備が整ったところで使用人さんが私達に声をかけてくれた。私が先に立ち、レジャーシートの前でフレイヤ様に手を差し出す。
「フレイヤ様、こちらにどうぞ」
「……ありがとう」
椅子とテーブルは持ってこなかった。足の短いテーブルをレジャーシートの中心に置いてあり、その上に食べ物をおけるようになっている。芝生の上で寝っ転がるのが好きだからあえてレジャーシートにしたんだけど……フレイヤ様には馴染がなかったみたいだ。
少しためらいがちにフレイヤ様がレジャーシートの上に座った。履物はそのままに、両足を同じ方向に流すように座る、いわゆる女の子座りだ。
はしゃぎ回っていたルイスを呼び戻し、私はランチバッグからサンドイッチなどの軽食と紅茶の入ったポットを出した。手早く昼食の準備をし、各々の前にカップを置いていく。こぼさないように少し深めのものを持ってきている。
お手拭きを出し、ルイスの手を拭いてやっていると横から視線を感じた。フレイヤ様が私とルイスの様子をじっと見つめている。食事の前に手を清めるのは普通だと思うんだけど……なんか変なのかな。少し不思議に思いながら、フレイヤ様にお手拭きを差し出した。
「フレイヤ様も拭いてください」
「……えぇ」
そう言いながら彼女が両手を私のほうに伸ばした。お手拭きを受け取るのではなく、手のひらを上に向けて静止。これは拭いてくれということかな?
ぽいっとその手に乗せて渡すわけにもいかず、彼女の小さな手を念入りに拭く。軽く身じろぎをしていたのでくすぐったかったのかもしれない。
「はい、できました。お好きなものをどうぞ」
「……ありがとう」
「ノアも食べてね」
「えぇ、美味しそうね」
無言のまま食事が開始される。いつまでこの状況なのか……細かいことは気にしない性分の私でもさすがにここまで会話がないお通夜状態はつらいぞ。
しかし美味しい食べ物は心を軽くしてくれるものだ。
サンドイッチを一口食べてどうでもよくなってきた。
「姉さま! おいしいです!」
「うん、よかった」
「あら、これ、ユーリが作ったの?」
「うん。せっかくのピクニックだし早起きしちゃった」
私は食べるのが好きだ。前世の高校生だったときから好きだ。おこづかいの限られた高校生でも出来る限り美味しいものを食べたくて、自分で料理をするようになった。そのまま夕食として出せば材料費を気にしなくても好きなものが食べられるし、家族も喜んでくれる。ついでに栄養バランスを考えるようになって気づけばフルタイムで働いていた母親よりキッチンに立っていることが多くなっていた。
現世でも6歳の頃から料理をしている。
初めのうちは使用人に恐縮され、お母様には驚かれた。令嬢がすることでもないよね。今ではみんな当たり前のように受け入れてくれてる。ありがたい。
「あ、あなたが作ったの?」
「え、はい。あ、貴族らしくない、ですよね」
「そ、そうですね! そういったことは使用人のすることで」
「あら、公爵令嬢サマはユーリの作ったものが食べられないということね。じゃあルイス、私達で美味しくいただきましょうか」
「……」
空気がピリッとした。……気がした。
ノアが見せつけるようにサンドイッチを頬張っている。対してフレイヤ様は口をへの字にしてノアを睨みつけている。
せっかくの美味しいご飯を前にそんなに意地悪しなくてもいいのに。それにこのままひとりお腹空かせたままっていうのも居心地が悪いぞ。
私はサンドイッチをひとつ取ってフレイヤ様に差し出した。にっこりと笑顔も添えて。
「フレイヤ様、お口に合わないかもしれませんが、よかったら」
「……」
「食べていただけると私も嬉しいです」
「……いただくわ」
ぱくっと小さな口でサンドイッチをひと噛みするフレイヤ様。一瞬だけ目を見開いてから、そのままサンドイッチを食べ進めてくれた。
気に入らないということはなかったらしい。よかった。




