第八話 3
——最後に、これは皆さんの命にも関わるのでしっかり聞いてください。近年、募金活動中に活動者を人質に取る強盗やひったくりが多発しております。もし、居合わせてしまった場合は——
悲鳴の元へ真っ先に駆け付けたのは現場責任者の守田だった。その次に僕、彼女の順で続いた。
悲鳴が上がった場所は薄暗く、他と比べると人通りも少なかった。しかし、残念ながらこう言う場所には大抵防犯カメラが設置されているので後数分もすれば警備員がやってくるだろう。
目の前では、いかにもか弱そうな女の子が首元に刃物を突きつけられていた。その細い腕にはしっかりと募金箱が抱き抱えられていた。
その後ろでは母親が青ざめた顔をして狼狽している……多分。ずいぶん立派な大根があるものだ。
笑いを堪えながら守田を見ると、いろんな感情が入り混じった複雑な顔をしていた。
世間に疎い彼女は笑顔を三割ほど崩して盛大に困惑していた。
「……フハハッ、アハハ、フッアハッ」
「……笑い事じゃないだろう」
「フッ、ス、スミマセン、フッアハ!いや〜ああいう人間程面白いものはないですよね〜。フフ」
こんなの、笑うしかないじゃないか!クズのいい匂いがプンプンする。
「……面白くはないと思うが、、、」
「ね!守さん。目的は私たちみたいですし、そこで母親より狼狽えている警備員は放置して、邪魔が増える前に遊びましょうよ!」
ワクワクが止まらない!こんなに胸が躍ったのはいつぶりだろうか!いや、人生初かもしれない!
「……君という子は、つくづく、性格が悪いなあ」
「お褒めの言葉として受け取りますね」
優雅に返した僕に深く嘆息した彼は、強盗犯に近付くと交渉を始めた。
「な、な、な、何が目的だ」
思わず噴き出すと、横目で睨まれた。
しかし、相手は全く気づく様子ものなく堂々と金品を要求し始めた。
僕は彼にその場を任せ、立ち去った。やはりミリ単位で表情を操り、困惑している彼女も後から付いてきた。
自然と口角が持ち上がる。
「ふふふ、敵を間違えたなあ」
と呑気に笑っている僕は、やはり性格が悪いのかもしれない。
* * *
元の定位置に戻った僕は他のメンバーに指示を出して行った。
最早、この状態ではまともな活動はできないので早々と金を纏め、看板を使って立入禁止区域を作り、メンバーを何人か配置し呼びかけをさせた。
天竺葵白も疑問点は多々あるだろうに何も言わずに黙々と作業をしている。あまりにも大人しいその様子に痛々しさを覚えた僕は、彼女の隣を陣取った。
「……何も、聞かないんですか?」
「余計なことは話さない方がいいと思いまして……」
「貴方はもっと自己主張してもいいと思いますが、、、」
天竺葵白は機嫌が悪かった。笑顔ではあったがふてぶてとした表情が垣間見えた。
「……そんなに不貞腐れないでください。ちゃんと説明しますから」
「え?あ、う、ふ、不貞腐れてなんて——」
「はいはい、不貞腐れていませんね目以外は。で、聞くんですか?聞かないんですか?」
天竺葵白は口元で「あ、いや、」とボソボソと何か言っていたがいきなり「もう!」とキレた。
たまに見せる幼い子供のような言動は僕にワクワクを与えてくれる。
「聞きます!教えてください!」
「……はい、あの女の子、全く慌ててませんでしたよね」
「えぇ、まあ、言われてみれば冷静すぎましたね」
「あの子、何歳位だと思いますか?」
「五、六歳くらいでしょうか?」
「そうですね、おそらくは。知ってますか、五、六歳の子供って意外と賢いんですよ。」
五、六歳の子供は相手が仮面を被っていようが、変装していようが、怖がらせることをしなければ、そして相手が知り合いならば誰か気づく程度の知能と洞察力を持ち合わせている。
さらに、常日頃から練習していたならば、あの場で一切の動揺がなくても納得がいく。
なぜこうも親という生き物はクズばっかりなのか?
「親にとってあの子は自分が酒を飲むための道具なんですよ」
「そんな……!」
「目的や手段などは違いますが貴方も似たようなものですよ?いい加減気づいてください、自覚してください、いや、目を、逸らさないでください。」
育った環境はその人の価値観に直結する。自分がおかしいと、間違っていると自覚しない限り周りがどれだけ騒ぎ立てようと何も変わらない。だから——
「私は今日、そのために貴方を連れてきたんですから。」
目をまんまるにした彼女は覚悟を決めるかのように息を呑んだ。