第八話 3
――最後に、これは皆さんの命にも関わるのでしっかり聞いてください。近年、慈善活動中に活動者を人質に取る強盗やひったくりが多発しております。もし、囚われてしまった場合――
悲鳴の元へ真っ先に駆け付けたのは現場責任者の守田だった。その次に僕、彼女の順で続いた。
悲鳴が上がった場所は薄暗く、他と比べると人通りも少なかった。しかし、残念ながらこう言う場所には大抵防犯カメラが設置されているので後数分すれば警備員がやってくるだろう。
目の前では、いかにも弱そうな女の子が首元に刃物を突きつけられていた。その腕にはしっかりと募金箱が抱き抱えられている。何があっても離す気はない様だ。
その後ろでは母親が青ざめた顔をして狼狽している。多分。
笑いを堪えながら守田を見ると、いろんな感情が入り混じった複雑な顔をしていた。
世間に疎い彼女は笑顔を三割ほど崩して盛大に困惑していた。
「天竺さん、駄目ですよ。ここは防犯カメラがありますから。」
「え、あ、はい、しかし…」
「守田さん、私は人を弄ぶのが好きなんですよ。特に、ああいう人間は。的は私たちですから、そこで母親より狼狽している警備員は放置して、邪魔が増える前に遊びましょうよ。」
「……君という子は、つくづく、性格が悪いなあ」
「お褒めの言葉として受け取りますね」
優雅に返した僕に深く嘆息した彼は、強盗犯に向き直ると交渉を始めた。
「な、な、な、何が目的だ」
思わず噴き出すと、横目で睨まれた。
しかし、相手は全く気づく様子ものなく堂々と寄付金こと身代金を要求し始めた。
僕は彼にその場を任せ、回れ右をしてその場から立ち去る。やはりミリ単位で表情を操り、困惑している彼女も後から付いてきた。
自然と口角が持ち上がる。
「ふふふ、敵を間違えたなあ」
と呑気に笑っている僕は、やはり性格が悪いのかもしれない。
ー
元の定位置に戻った僕は他のメンバーに指示を出して行った。
最早、この状態ではまともな活動はできないので早々と金を纏め、看板を使って立入禁止区域を作り、メンバーを何人か配置し呼びかけをさせた。
従順に育てられた彼女は、僕に疑問を投げかける事なく黙々と作業をしている。
あまりにも大人しい彼女に痛々しさを覚えた僕は、彼女の隣を陣取った。
「……何も、聞かないんですか?」
「余計なことは話さない方がいいと思いまして……。」
「貴方はもっと自己主張してもいいと思いますが、、、」
そう言いながら周りを見回し針葉樹ことアレがいないことを確認する。
彼女は笑顔だが、機嫌が悪かった。ふてぶてとした顔を垣間見せながら僕の耳元で囁いた。
「あの人が来ているんですか?」
腐っても身内、アレに対して彼女は一度も悪口も悪態もついた事がない。
静かに頷いた僕に彼女は目線で先を促した。
「あの女の子、全く慌ててませんでしたよね」
「えぇ、まあ、言われてみれば冷静すぎますね」
「あの子、何歳位だと思いますか?」
「五、六歳くらいでしょうか?」
「そうですね、おそらくは。知ってますか、五、六歳の子供って意外と賢いんですよ。」
五、六歳の子供は相手が仮面を被っていようが、変装をしていようが、怖がらせることをしなければ、そして、相手が知り合いならば相手が誰か気づく程の知能と洞察力を持ち合わせている。
さらに、常日頃から練習していたならば、あの場で一切の動揺がなくても納得がいく。
しかし、彼女にはそれが分からない。
「そして、普通の、ごく一般的な家は家庭では、家具やら皿やらが宙を舞うこともなければ、それをわざわざ振り回す人もいないんですよ。――言っている意味、わかりますか?」
そっと彼女の耳元で囁く。
その行為こそが彼女の価値観のずれを表していると彼女はもう気づいているはずだ。
「あの子は将来、名演技をする女優になれたに違いないでしょう。親が子供の芽を摘むなんて、残念ですね。流石にあの母親の大根っぷりには笑ってしまいましたが。」
「……つまり、強盗犯役もナイフを突きつけられる役も同じ家で生活している、そういう事ですか?」
「はい。」
僕は嫌味たっぷりの笑顔で笑った。
「もう一つ、質問いいでしょうか?」
「はい」
「なんであの人が来ると分かったのですか?」
「あの場の映像は警備員から確認できますよ。」
腐ってもアレは親だ。子供の危機に現れないわけがない。
「さあ、ご対面だ。社会の為に働く者と娘の為に働くモノ、果たしてどちらが強いのか」
これで決まる。守田宗一という男がどれだけ使える男なのか。アレはどれ程の影響力を持つのか。
僕の輝く瞳を見ながら彼女は全てを悟ったかのように息をのんだ。