第七話 2
僕は昔から、よく言えば計算高い、悪く言えばずる賢かった。要するに汚いのだ。が、しかし今はそれでいい。彼女を守るためならこの汚い性格も、感情も、余す所なく使ってやろうじゃないか。
責任者の挨拶、説明が終わるとすぐに募金活動が始まった。
あの針葉樹はやはり森の中に隠れているつもりだったらしい、どこにも見当たらなかった。
僕らは三つのグループに分けられ、交代交代で活動を行い、休憩時間はお店を自由に見ていても良いということだった。
因みに僕は彼女と別グループにされそうになったので、針葉樹がいないことを確認し、ついでに盗聴器を盛大に邪魔しながら彼女にひっついて喚いた結果、同じグループに入れてもらえることになった。あの時の彼女の残念なものを見る目は嘘ではないと思いたい。嬉々として恍惚とした表情をしていると、さらに汚物を見る目をされた。新しい扉が開きそうだったので無理やり思考を元に戻した。
しかし、氷山の一角であろうとも彼女の表情を崩したことは僕にとっては嬉しい一歩であった事は間違いなく、心の中でガッツポーズを決めておいた。
そんなやりとりを表情のみで行なっていた僕らに興味が湧いたのか、はたまた元々決まっていたのか守さん――守田宗一氏――がこれまた子供じみた言い方で「僕もここがいい」と言い出した。一瞬だけ見えた彼女の残念なものを見る目は見間違えではないと思いたい。
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「私がこの活動を始めたのはね、罪滅ぼし、って言うとちょっと重すぎるかもしれないけど、前にね目の前にいたのに助けられなかった人がいてね」
「それも、自然災害だったんですか?」
この慈善活動で寄付されたお金は自然災害の復興に充てられる。
聞いてもいないのに勝手に喋り出す辺り、この人は熱血タイプかもしれない。面倒くさそうだ。
優しく頷いた彼は心なしか涙を堪えている様に見えた。案外、涙脆いのかもしれない。が、それだけではない。
隣で器用に人間観察をしながらも僕らの会話に耳を傾けている彼女もあの笑顔を数ミリ単位で歪ませていた。
「目の前で流されちゃってね。あと一歩ってところで手が届かなかった。」
「一般人があの状態の中、自分の命すらも危ないのに他人を助けようとするのは無理があります。そんなに落ち込む事はないと思います。」
「そう、だよなあ」
「と、いっても私もその場に遭遇したら同じことを考えると思うので否定はできませんね。」
「……うん、そうだね」
含みのある生返事に僕は確信した。横目で彼女を見ると一歩離れ大きい声で募金を呼びかけ始める。あんな大声出せたのかよ。と心の中で毒づく。
代わりに僕は松さんに一歩近づき、地べたを這いずる様な低い声で囁いた。
「それとも、一般人じゃ、なかったんですか?」
彼から息を呑む音が聞こえた。自然と、今まで焦点の合っていなかった彼の目が心身ともに歪んだ僕の笑顔に焦点を合わせた。
何も、彼は悪い事をしたわけではない。あの混乱状態で彼は彼自身の職務を全うしようと、一人でも多くの住民を救おうと駆けずり回った。その行動も、その精神力も褒められるべきである。
その一方で、彼は罪悪感を抱えている。僕はそこに漬け込んだ。
僕はさらに不気味とも言われた笑顔で問い詰める。
「津波から逃げ惑うただの住民じゃなかった。違いますか?」
「なぜ彼女を離した」
「流石にあれを生き抜く方は精神力が違いますね」
「話を逸らすな」
「逸らしたのはそちらでしょう」
「……っ、何が目的だ」
少し嘲笑った僕に今にもその息の根を止めんと彼が凄む。
僕は困った様な笑顔を作り、両手を挙げ降参のポーズをとった。
「冗談ですよ。冗談。だけどあなた、気づいていますよね。私のいっている意味も、彼女の事も」
今度は全ての感情を無にした笑顔を作る。残念ながら僕の事については気づいていないらしい。
「目的も何もありませんよお、私は、ただ、あなたという人間の再確認をしただけです。」
「凄いな、君。表情、威圧、何よりその洞察力、少し鍛えているみたいだし…彼女のためか?」
「あら、鍛えているのバレてしまいましたか。あなたの観察眼には勝りませんよ」
質問には答えずに、先程までの威圧を和らげいつもの笑顔に戻る彼に僕は彼女の笑顔を作る。
「その笑顔も君のものではないだろう。そんな芸当もできるなら将来有望だな。」
「あなたを追うつもりはありませんよ。」
「まあそう言うな、私たち――」
やはり熱血だったようだ。
勝手に語り出した彼の話を無視して彼女の元へと踏み出した足は、しかし、地面にたどり着く事なく悲鳴が響いた。