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第七話 2

 僕は昔から、よく言えば計算高い、悪く言えばずる賢かった。要するに汚いのだ。が、しかし今はそれでいい。彼女を守るためならこの汚い性格も、感情も、余す所なく使ってやろうじゃないか。


 責任者の挨拶、説明が終わるとすぐに募金活動が始まった。

 募金活動に集まった人々は大まかに三つのグループに分けられ、交代で活動を行い、休憩時間はお店を自由に見ていても良いということだった。

 因みに僕は彼女と別グループにされそうになったので、彼女にひっついて喚いた結果、同じグループに入れてもらえることになった。あの時の彼女の残念なものを見る目は嘘ではないと思いたい。嬉々とした表情をするとさらに汚物を見る目をされた。新しい扉が開きそうだったので無理やり思考を元に戻した。

 しかし、天竺葵白の表情を崩したことは嬉しい一歩だったので心の中でガッツポーズを決めておいた。

 そんなやりとりを行なっていた僕らに興味が湧いたのか、守田がこれまた子供じみた言い方で「僕もここがいいーー!」と言い出した。彼女の残念なものを見る目は嘘ではなかった。


* * *


「私がこの活動を始めたのはね、罪滅ぼし、って言うとちょっと重すぎるかもしれないけど、私も今回の募金の送り先に実際にいたんだけどねえ、目の前にいたのに助けられなかったんだ」

「……それも、自然災害だったんですか?」


 聞いてもいない話を突然語り出した守田は優しく頷くと涙を堪えるかのように天を仰いだ。

 永遠に続く真夏の真っ青な空は、雲一つなく凪いだ海のように綺麗だった。

 あの時もこんな空だったのだろうか?


「目の前でコンクリートの瓦礫が降ってきてねえ。あと一歩ってところで手が届かなかった。」

「一般人があの状態の中で人を助けようとするのには無理があります。言い方はおかしいと思いますが、そんなに落ち込む事はないと思いますよ。」


「そう、だよねえ」

「と、いっても私もその場に遭遇したら同じことを考えると思うので否定はできませんね。」

「……うん、そうだねえ」


 含みのある生返事に僕は確信した。

 

「それとも…」


 守田に一歩近付き守田の耳元に顔を寄せると低い声で囁いた。


「それとも、一般人じゃ、なかったんですか?」


 守田から息を呑む音が聞こえた。自然と、今まで空を見上げていた彼の目線が歪んだ僕の顔に移った。

 何も、守田は悪い事をしたわけではない。あの混乱状態で守田は守田自身の職務を全うしようと、一人でも多くの住民を救おうと駆けずり回った。その行動も、その精神力も褒められるべきである。

 その一方で、守田は罪悪感を抱えていた。もっと救えたはずだ、もっと最適な方法があったはずだ、と。僕はそこに漬け込んだ。

 性格の悪い僕はさらに問い詰めた。


「あの大地震の中を逃げ惑うただの住民じゃなかった。違いますか?」

「お前、本当に高校生か?」

「意外とあっさり崩すんですね、口が悪いですよ、守さん」

「……っ、何が目的だ」


 少し嘲笑った僕に怒りに顔を歪ませた彼が凄む。

 僕は困った様な笑顔を作り、両手を挙げ降参のポーズをとった。


「冗談ですよ。冗談。と言っても、貴方に取っては大変不快でしたよね。大変失礼いたしました。」


 それでも守田は敵意の籠った視線を僕から反らそうとしなかった。


「でも、気づいていますよね。私の言っている意味も、彼女の事も。目的も何もありませんよ。私は、ただ、彼女を、天竺葵白を、助けたいだけです。」


 残念ながら僕のことについては気づいていないようだが、今はそんなのどうでもいい。


「……おま、君、本当に高校生か?」

「失礼ですね、そんなに老けて見えますか?」

「わかっているくせに」


 守田は最初の優しい笑顔に戻るとふっとため息を吐いた。


「そうだねえ、僕は、あの時、現場にいた。救助隊、警察官の1人として」

「彼女を助けようとは思わないんですか?」

「君も知っているだろう?中途半端に間に入っても民事不介入か権力で握り潰される。悔しいけどそういう世の中なんだ。」


 そういう世の中、言いたいことも、その意味もわかる。でも、だから助けないのか?放置するのか?放置したからゆきは死んだ。もう二度と、せめて手の届く範囲だけでも、あんなことを二度と繰り返さないように。そう思っていたのに、守田は警察という権利があるにも関わらず何もしないつもりなのか?

 そう考えると怒りで頭が熱くなった。


「何も、しないつもりですか?」


 気づけば低く唸るような声でそう言っていた。しかし、守田は特に気に留めた様子もなく静かに言った。


「まさか。でも動くには証拠が必要だ。君もそれがわかってて私に近づいた。違うかな?」

「……。」

「やっぱり、君もまだまだ子供だなあ〜。もっと冷静になれ、今は君の一挙一動が彼女の運命を左右すると言っても過言じゃないんだ。そんなんじゃいつか君自身が彼女を絶望に突き落とす原因になってしまうよ」


 ハッとした。冷静さを失っている自分に気づいた。それと同時に疑問が湧いた。僕はいつもこんな他人の発言如きで動揺する人間じゃなかった。どんなことも客観的に、俯瞰して、冷静に、そう生きてきたはずなのに。


「……何に、動揺しているんだ、私は」

「ふ……君、彼女のことになると急に冷静さを失うよね」

「そう、なんですか?」

「あれえ〜自覚ないのお、君のことだから気づいているもんだと思ってたあ」


 天竺葵白のことになると冷静さを失う?それはどういうことだ?僕はゆきお姉ちゃんが死んで以来動揺なんて細かいことを除いてしたことがなかった。どういうことだ?

 僕が一人で百面相をしていると守田が豪快に笑い出した。全く、失礼な人だ。


 面倒くさくなった僕は嘆息すると彼女の元へと足を向けた。しかし、その足が地面にたどり着く事なく甲高い声が会場に響いた。

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