第五話 反応
「気づいたら私は大勢の警察官に囲まれていた。まあ、朝っぱらから大声で泣きじゃくってたらそりゃあまあ気づくだろうし、人も集まるだろうし。」
「……。」
「その後はどうなったんだっけなあ。でも、彼女とはそれっきりだね。死んじゃってたし。そういう公的機関で司法解剖とかやったのかなあ。でも気づいたらあの人は墓の中だった。」
「…。」
「あの人はね、散ったんだよ。失敗作だったんだって。」
「、、っ。」
「死んだのも可哀想だけど、死んだ後に解剖されるのも可哀想だよね。」
「、っあのっ」
「なんで私のこと置いてったんだろう。ずっと一緒って約束だったのにね。」
自然と笑みか溢れた。多分目は笑っていないだろう。
「ねえっちょっ、、」
「私も失敗作なんだから連れて行っても良かっー」
「お話を聞いてくださいーーーさん!ヒッ」
その時の僕の顔は憎悪と殺意とで歪み切っていたことだろう。そして、その負の感情で僕は彼女を睨んでしまった。彼女は恐怖で萎縮していた。彼女の環境を考えたら尚更。悪いことをしてしまった。
「っご、ごめン」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私のミスでした、許してください、もうしませんから、、、」
ヒッヒッと過呼吸気味になった彼女は今までどうやって学校生活を送ってきたのだろうか。
首を閉められているよな苦しい声
「大丈夫だから、」
「ヒッヒッヒッ…」
「落ち着いて、」
「ヒッヒッ…ごめんなさい、」
「おい」
「ヒッヒッ、」
どういたら…!
…そう言えば昨日のテレビ番組でツボの場所がどうのこうのって、確か緊張を抑えるには…。ここだ!
僕は彼女の手を取り神門と言われているらしい、ツボだと思われる場所思いっきり押した。
ー
「痛かったです…。」
「すみませんでした。」
数分後、僕は彼女に土下座をしていた。所詮は素人のツボ押し、どうやら僕はツボではない場所を思いっきり押してしまったらしい。まあそれで彼女の過呼吸が止まったので良しとする。
彼女はというと涙目で細くて白い手首を不満そうに撫でている。その奥には青紫の痣がうっすら残っている。
「ホント、すみませんでした。」
「…いえ、私も取り乱してすみませんでした。今のことはどうかご内密にお願い致します。」
「ああ、えぇもちろんです。」
「………。」
「……。」
「さっきは睨んでしまってすみませんでした。えと、どうしても下の名前で呼ばれるのには抵抗があって、、、」
本当は抵抗どころじゃないが。
「いえ、私こそ急に馴れ馴れしくしてすみませんでした。」
「いえ、馴れ馴れしいだなんて、あーと、天竺さんは何故私の名前を呼んだのですか?」
「あ、いや、だって松草さん?なんていうかこう感情がないというか、笑っていらっしゃるのに目の中心が笑っていらっしゃらなかったんです。」
言葉遣いが丁寧すぎる。無意識か?
「ああそれで、すみません。彼女のことになるとどうしても動揺してしまって、」
「いえいえ、私はそういう経験ありませんが気持ちはわかります。と言うかそれより松草さんてあんなにお茶目なことするんですね。」
「はい、え、お、お茶目…ですか?」
「ええ、いやさっきのツボ押し、テレビで見たからって、ふふっ、笑いのツボ押されました。」
「天竺さんこそ、そんな冗談言うんですね。」
こんなに無邪気に笑う余裕なんてあるんだろうか。
「いえ、ふふっ」
大声をあげて笑いはしなかったが、彼女の環境、状況からは想像のできない彼女を見られたようだった。
彼女はその後も先ほどとは正反対の軽くて、優しい声で笑い続けた。
ふと昔の彼女が重なったように見えたのは、彼女にもこんな未来があったからかもしれないからだろうか。
「あの、」
一通り笑い終わった彼女は改まって僕に向き直った。
「はい」
「ゆきさん?のお話は大方理解しました。」
「はい。」
「それで、何故私が、その、私に門限があることを知っていらっしゃったんですか?」
「まず、天竺さん、あなたの笑顔は彼女、ゆきお姉ちゃんと同じです。完璧すぎる。何にも知らない人から見たら輝かしい笑顔を放っているようにしか見えませんが、私は彼女の笑顔を間近で見て来ましたから、あなたが教室に入ってきた瞬間からわかってはいました。」
「それから、」
彼女は何がそこまで気になるのか僕のことをじっと見つめていた。
そんなに見られたら本当に穴が開きそうだ。
「それから、姿勢、挨拶、その頭の下げ方から箸使いからその食べ方まで洗練されていまいした。普通なら少し裕福な家庭なのかと思われます、実際この学校は裕福な家庭の方が多くいますし。しかし、そこにたまに見せる苦痛の顔、あとはたまに体の一部を庇っていたりしましたよね。まあ、大体のことは普通は気づかないことです。私は彼女と言う過去があったからわかっただけです。」
彼女は僕から視線を外そうとしない。まだ、答えはいってないと言いたいのだろうか。
「門限については知っていたわけじゃありません。実際彼女からは門限の話は聞いたことがないので。しかし、そういう厳しい家庭が門限を作らないのもおかしいと思ったので。」
「それだけですか?」
「それだけです。」
「あの、」
「誰にも言っていませんし、言う気もありませんよ。」
彼女はほっとした様に息を吐いた。本当は今すぐにでも通報して助け出してあげたい。しかしそれは、彼女をより危険にされすことになってしまう。
「ただ、私はあなたをあの人の二の舞にするつもりもありません。言っていること、わかりますよね。」
「…はい」
「じゃあ、計画を立てよう」
こうして彼女は自らの人生を、僕は罪滅ぼしの人生を始めた。
あの日の事を二度と繰り返さないためにも。