第五話 反応
「気づいたら大勢の人に囲まれててね、まあ、あれだけ大声で泣いていたら人が集まるのは当然なんだけど。警察の人が話しかけてきたんだけど、何言ってるか、よく、わからなくてさあ」
「……………。」
天竺葵白は何も言わなかった。
鼻にツンとした痛みを感じる。震える声に気づかない振りをして僕は喋り続けた。
「無理やり、ゆきお姉ちゃんから引き剥がされちゃってさ、すごい大声で泣いたんだ。」
「……………。」
「誰か電話したんだろうね、両親が帰ってきて、困った顔で僕を慰めていたよ。」
あの時の両親は、よくわからなかった。僕は二人が僕に興味がないんだと思ってた。一緒にいたくなくて避けているんだと思ってた。でもあの時の二人の顔は我が子を心配する親そのものだった。
「その後はどうなったんだっけなあ。でも、彼女とはそれっきりだね。死んじゃってたし。そう言う公的機関で司法解剖とかやったのかなあ。でも気づいたらあの人は墓の中だった。あ、でも服は返してもらったよ。」
「………。」
だんだんと冷静さを失っている自分に気づいたが止めることができなかった。
「ゆきお姉ちゃんと私はずっと一緒って約束してたんだけどね、なんで私のこと置いてったんだろうね?一緒に、連れてってくれてもよかったのに。」
「………。」
あの時、僕の家のインターフォンをなぜ押してくれなかったのか、なぜ助けを求めてくれなかったのか。彼女が凍えている間、僕はふかふかのベッドで寝ていただけだった。
「あの人はね、散ったんだよ。失敗作だったんだって。父親だって言う人が言ってた。ねえ、君のお父さんは、どう?天竺、葵白さん」
自然と笑みか溢れた。
天竺葵白は一瞬恐怖に歪んだ表情をしたがすぐに真面目な顔に戻った。それでも彼女の声は少し震えていた。
「私は、そんなこと、言われたこと、ないです。」
「そう、それじゃあ君のお父さんはまだ優しいね。お母さんは?あ、お母さんはいなかったね。そう、じゃあ君のお父さんじゃない、曽お祖父さんとかかな?曽お祖父さんは、まだ生きてたよね?この間、脳梗塞起こして倒れたけどまだ生きてるでしょ?かなり若い時に結婚して子供産まれたんでしょ」
「あの、」
「息子に会社継いだって、ああだから転校してきたの?この間経営傾いたって言ってたしね、君のお父さんは大丈夫?」
「あの!」
僕はゆっくり顔を天竺葵白の方に向け、笑顔を作った。
「何?」
「——なぜ、私の家の事情、そんなに、知っていらっしゃるんですか?」
「君、家のこと、何も知らないんだね」
「へ?どう言うこと、ですか?×××さん!ヒッ」
その時の僕の顔は憎悪と殺意とで歪み切っていたことだろう。そして、その目で僕は彼女を、天竺葵白を睨んでしまった。天竺葵白は恐怖で萎縮していた。彼女の環境を考えたら尚更、悪いことをしてしまった。
「っご、ごめン」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私のミスでした、許してください、もうしませんから、、、」
あっという間に過呼吸を起こしてしまった天竺葵白は首を絞められたように苦しそうに悶え始めた。
「大丈夫だから、」
「ヒッヒッヒッ…」
「落ち着いて、」
「ヒッヒッ…ごめんなさい、」
「おい」
「ヒッヒッ、」
どうしたら…!——そう言えば!昨日のテレビ番組でツボの場所がどうのこうのって、確か緊張を抑えるには……。ここだ!僕は彼女の手を取り神門と言われているらしい、ツボだと思われる場所思いっきり押した。
* * *
「痛かったです……。」
「すみませんでした。」
数分後、僕は彼女に土下座をしていた。所詮は素人のツボ押し、どうやら僕はツボではない場所を思いっきり押してしまったらしい。まあそれで彼女の過呼吸が止まったので良しとする。
彼女はというと涙目で細くて白い手首を不満そうに撫でている。その奥には青紫の痣がうっすら残っている。
「ホント、すみませんでした。」
「……いえ、私も取り乱してすみませんでした。今のことはどうかご内密にお願い致します。」
「ああ、えぇもちろんです。」
気まずい。
「あの、さっきは睨んでしまってすみませんでした。えと、どうしても下の名前で呼ばれるのには抵抗があって、、、」
本当は抵抗どころじゃないが。
「いえ、私こそ急に馴れ馴れしく、すみません。所で、なぜ私の家についてそんなにお詳しいんですか?」
「隠していたら申し訳ないんですが、貴方は天竺グループの会長の曾孫さん、ですよね?」
「……はい」
天竺グループとは国とまではいかないが、関東圏ではかなり有名なコンピューター系のグループ会社で、多くの有名企業がその傘下にある。
「その、貴女が転校してきた時点で貴女の異変には気づいていました。そこで貴女のことについて勝手に調べさせて頂きました。天竺グループに同い年の子供がいる事は噂で聞いたことがあったので自然と天竺グループに行きつきました。」
「………あの、」
「はい」
「質問なんですが……」
天竺葵白は普段の様子からは考えられない、少しおどおどした態度で言った。よっぽど怖がらせてしまったのだと、自分の言動に後悔したが今は丁寧に接してイメージを挽回するしかない。
僕はゆっくりとした優しい口調で説明を続けた。
「無自覚ですか、そう、あの、貴女、笑う時、目が笑っていませんよ。」
「ええぇ!?」
思わず吹き出してしまった。彼女からそんな声が聞けるとは思わなかった。心の中で「マ◯オさんかよ!」と突っ込む。
「今の貴女の笑顔はゆきお姉ちゃんと一緒です。誰もが見惚れるような綺麗な笑顔なのに目が笑っていない。だから、貴女もお姉ちゃんと一緒だと思ったんです。」
「なるほど、」
「門限については、知っていたわけじゃないです。でも、ここまで完璧を求めるなら門限はあるんじゃなかと思って、」
天竺葵白は顔を近づけ、じっと僕の顔を見つめた。真偽を見極めているのだろう。なお、約5年前から僕の表情筋は死んでいるので僕の顔を見ても何もわからない、はずだ。
それでも、満足したのか天竺葵白は顔を離し静かに質問をした。
「それだけ、ですか?」
「はい、それだけです。」
「あの、」
「誰にも言っていませんし、言う気もありませんよ。」
彼女はほっとした様に息を吐いた。本当は今すぐにでも通報して助け出してあげたい。しかしそれは、彼女をより危険にされすことになってしまう。
「ただ、私はあなたをあの人の二の舞にするつもりもありません。言っていること、わかりますよね。」
「…はい」
「じゃあ、計画を立てよう」
こうして彼女は自らの人生を、僕は罪滅ぼしの人生を始めた。
あの日の事を二度と繰り返さないためにも。