第二話 裏道
6月
あの始業式から2ヶ月が経った。
あのとき満開だったさくらは終わりを迎え、結局は僕達のように散ってしまった。入れ替わるようにやって来た青紫色の紫陽花は薄暗く曇る空から降り注ぐ雨を浴びて誇らしげに咲いている。
梅雨が、始まった。
学校終わりであるこの時間、図書室は多くの人に利用される。特にこの時期は雨宿りを兼ねた五月蝿い輩のたまり場にもなっている。自習室が隣接されているため勉強をしていく生徒も多い。
彼らを追い出すのも図書委員の仕事なので、気は進まないが彼女のためにも彼らには帰って頂く。
普段憎んでいる自分の容姿だが、こういう時は役に立つ。
帰りの時間になり、図書室の戸締まりをした僕は、鍵を返し、帰路に就いた。
僕は雨が好きだ。視界が悪くなり危ないともいうが、僕にはそれが個人を特定されないという利点に思えた。
更に人通りの少ない裏道、これもまた危険だというが、人と遭遇したくない僕にとっては他の人にとっての近道のようなとっておきの存在だった。
そう、とっておきの、最高の道だった。自分だけが知っていればいい、そんな秘密基地のような心踊る道でもあった。だからこそ、その秘密基地に人が入ってきたとなれば驚きを隠せないのも無理はない。それは彼女も同じことだ。
そして、僕自身も一部、彼女と同じ思考回路をしていることを忘れていた。人と会いたくない人は同じことを考える、そう言うことだ。
それにしても帰る時間が遅すぎる、何故そこに彼女が居るのだろうか?
僕は気付かれる前にその場を立ち去ろうとした。が、さすがは彼女だ、一瞬で気づかれてしまった。
彼女とは極力関わらないようにしていたのだが、これは想定外だった。
彼女の方も想定外らしく珍しく固まっていた。彼女も普通の人間だ。動揺する事もあるだろう。
先に口を開いたのは彼女だった。
「同じクラスのま―さ―――んですよね?」
雨の音と言うのは都合が良い。聞きたくない言葉から僕を守ってくれる。おかげで彼女にあの目を向けることもなかった。
僕は彼女の質問を無視して歩き出した。
今はクラスメイトと会話をしてる暇はない。彼女がまだ家に帰っていないということのほうが重要だ。
「さっさと帰らなくていいの?門限、あるんでしょ。」
僕も動揺していたのかもしれない。僕はさっさと帰るよう促した、つもりだったのだが、彼女は全く動こうとしない。何をやっているのか。さっさと帰らないと!
「早く帰らな――。」
「わ、私、門限あるって、言ったこと、ない。誰にも。」
しくじった。彼女が帰っていないということに気を取られ過ぎてしまっていた。動揺していたのは僕の方だった。
彼女と僕はただのクラスメイトだ。今まで一言も交わしたことのないただのクラスメイト、ましてや彼女が友達にも話していない事を僕が知っているのは恐怖以外の何物でもないだろう。彼女にとっては特に。
まずい。どう良い訳をする。
それよりも時間が、さっさと帰らなければ彼女が危険に晒される。
「あ、明日!明日、ちゃんと話すから。だから今日はもう…帰って、ください…。」
僕の身よりも彼女の身のほうがずっと大事だ。
結局、彼女は明日話すということを条件に帰っていった。僕もまた彼女の優しさに甘えてしまったのだ。
そして、そんな努力も虚しく、彼女は翌日、一つの痣を作って登校した。