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第二十二話 6

 こんばんは。いつもお読みいただきありがとうございます!!

 今週もお疲れ様です。このお話が皆さんの気持ちの切り替え、ストレス発散等の助けになり、楽しんでいただけたらと思います!

 次の部屋は寝室だった。ダブルベッドとその脇にベービーベッド、小さな観葉植物というシンプルな部屋だったが、ここにも母親の気遣いが散りばめられていた。

 強過ぎず、優しいラベンダーの香り。間接照明に壁と同様の暖色の布で隠された棚とクローゼットには本やルームフレグランス、服や赤ちゃん用のおもちゃなどが丁寧に仕舞われていた。綺麗に整えられたダブルベッドには枕が三つ置かれており、脇にはクッションが数個置かれていた。

 視覚的にも心理的にも落ち着いた、優しい部屋だった。


「……うちの親とは大違いだな」


 思わずぼそっと漏れてしまった言葉はさらに残酷に僕の心を抉る。


「何か言いましたか?」

「いえ、なんでも。次の部屋お願いします」

「それなんですが、次の部屋は父の部屋でして、勝手に入るなと言われていますし鍵も掛かっています。」

「それなら問題ないです」


 僕はポケットから金属片を取り出した。


「なんですか、それ」

「ただの金属の棒です」


 部屋を出るとそのまま隣の部屋に近づいた。


「ここ、ですか?」

「え、ええ、はい」


 僕は部屋のドアに耳を当てるとその部屋から聞こえてくる微かな音に耳を立てた。コンピュータの機械音、時計の秒針の音。

 次に鍵穴から中を覗いた。うっすら見えた部屋にカメラらしきものがないことを確認して先ほどの金属片を鍵穴に突っ込んだ。


「あ、あの、何やって——」


 かちゃりと音を立ててドアが静かに開いた。


「え、、あの、ちょっと何やっているんですか!!」

「彼のことを探るには彼の部屋を見るのが一番手っ取り早いんです。鍵は壊していませんし、ぱっと見カメラや録音機の類も内容なので安心してください」

「そういう問題じゃ——」


 この関係もいずれ終わる。なら出来るだけ、変な情が移る前にさっさと終わりにしなければならない。

 彼女の言葉を無視して部屋に入った。

 彼の部屋は薄暗く、視覚的にうるさかった。寂しさを紛らわせるためか部屋中に意味のわからない置き物などが置かれ、残りの壁は本が大量に入った棚で埋め尽くされていた。

 そのほかにはペラッペラの布の塊——敷布団や仕事用らしいコンピュータ、洋服類、それから、、、


「うえ、ゲホゴホッ、ブハ、うええ」

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい大丈夫です」


 埃っぽい、掃除もろくにしていないのだろう。このままじゃゴミ屋敷行きだ。クローゼットをちょっと開いただけでもひどい埃だ。

 クローゼットの中は使い古したらしい洋服類が下げられていた。ハンカチで口を押さえながらさらに奥を覗くと無理やりガムテープで蓋をしたらしい段ボールが出てきた。


「これ、何でしょう?」

「廃棄品、とかでしょうか?」


 無理やに蓋をしてあった上に年期も入り粘着力の弱くなったテープで簡単に中身を見ることができた。

 一番最初に出てきたのは埃を被った梟の人形だった。


「これって……」


 中から出てきたのは梟以外に香水らしき瓶、ネクタイやタイピン、その他にもいかにもプレゼントといった品々が出てきた。


「お母様からのプレゼント、といった所でしょうか?それにしても扱いがひど過ぎますね。お母様もプレゼントも泣いてますよ」

「父は母が亡くなってから母のものを避けるようになっていたんです」


 僕はため息を吐いて立ち上がった。


「そうでしょうね、でも捨てられなかった。どうにか一人で立ち上がろうと、彼女を忘れようと頑張ったのでしょうね」

「それを知りながら私は……何も、できなかった……!」


 いい子ちゃんの自分を責めるお決まりの台詞を吐き出し、泣き崩れた彼女に思わず嘲笑の笑みを浮かべてしまった。

 顔に触れ、笑顔に歪んだ自分の顔を認識すると咄嗟に彼女から顔を背けた。自分でも理解のできないこの感情に疑問符を浮かべながらも、自分の口からはスラスラと彼女への慰めの言葉が紡がれ流れていく。


「それはあなたの所為ではありません。その時のあなたの歳で何ができたと言うんですか?」


 部屋から出ると、今までいた場所があまりにも暗かったからか眩し過ぎて目眩がする。


「それに、あの人はあなたが居たから立ち上がったんです。あなたが居なければ、今もこの部屋でうずくまっていたかもしれません」


 大丈夫。これは、本心だ。

 はっと後ろで息を呑むような音が聞こえた。

 そのまま一歩外に踏み出すと振り返り、まだ部屋の中にいる彼女を見た。逆光で僕の顔に影がかかる。


「それにしてもひどい部屋です。年末にでも掃除をしに来ます。」


 珍しく混乱する脳内を無理矢理押さえつけて彼女には見えないであろう笑顔を必死に浮かべる。

 震える唇に精一杯の力を込めるとやっとのことで口を開いた。


「……早く、次の部屋を案内してください」


 大丈夫、声は震えていない。





 聞き過ぎたクーラーに寒気を感じながらも、彼女に新しく淹れてもらった紅茶を飲むと体の拘束が解けたように体の力が抜け、ようやく体の震えが止まった。


 あれから次の部屋に行っても唇の震えは止まるどころか全身に広がり、彼女の案内も観察も集中できなかった。

 ただただこの不気味な感情への恐怖と彼女にこの体の震えを気づかれていないかが心配だった。


 あの埃まみれの彼の部屋の隣は書斎という名の本部屋だった。古本屋のように古びた部屋に古びた本、小さい子供用の絵本から小説、専門書や受験、検定などに使われる教材や赤本まで、今まで見たことのあるような本はもちろん、見たこともない本まで一通り揃っていた。


 手の中で揺れる紅茶に映る自分に無理矢理笑顔を作ったってカップの中の自分はぴくりとも笑わない。まるで僕の心を映し取っているかのように。


「あの、大丈夫ですか?気のせいだったら申し訳ないのですが、先程から様子が変な気がしたので、、、」

「…大丈夫ですよ?」


 自分のことでも精一杯なんだ。彼女が僕の笑顔の変化に気づくはずがない。

 大丈夫、さっきは初めての感情に頭が追いつかなかっただけだ。あんな感情は捨て置けばいい。

 作り笑いは特技なんだ。誰にも見破られやしない。

 少し大袈裟に笑顔を作る。ほら、もうこれで崩れない。


「……それより、案内ありがとう御座いました。それと、もしよろしければ何ですがあの書斎の本をいくつかお借りしてもよろしいでしょうか?」

「父に聞いてみます。多分許可はもらえると思います。松草さんは父にかなり気に入られているので」


 気に入られている?この僕が?いや違う。彼に気に入られる“僕“を演じただけだ。それは本当の“僕“じゃない。

 何とも滑稽で阿呆らしい。鼻で笑ってしまえるほどに。


「ありがとう御座います。」


 もう一口紅茶を啜る。優しい柑橘系の香りがすっと鼻を抜ける、心地の良い感覚に思わず目を瞑った。

 これでもう、大丈夫。

 目的は果たした、今日はもう帰ろう。


「今日はもう帰ろうと思います。」

「わかりました。玄関まで送ります。」


 彼女に見送られ、玄関から外に出るとちょうど彼女の父親と鉢合わせた。


「こんにちは。お疲れ様です。お邪魔していました。毎日すみません」

「こんにちは。こちらこそ、娘と仲良くしてくれてありがとう。」

「では、失礼します。また」

「ああ、また。」


 足元を夏の生ぬるい風が通り、体が浮くような感覚がした。今日は気分がいい。


「たまにはこんな気分もいいものだなあ〜ふふふ」


 夏の青空を踊り飛びたい気分だった。

 酔ったようにふらふらと歩きながら、そう呑気なことを考えた。彼からの怪訝な視線に気づくこともなく。

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