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第二十話 4

 窓越しに見える庭に、正午を回ってもまだ暮れそうにない強い陽の光を浴び、優しく揺れる向日葵を見るとほっと息を吐いた。熱めの紅茶を一口啜ると紅茶のいい匂いが鼻をすっと抜けていった。クーラーのよく効いた部屋はとても心地が良く、ふっと意識を手放してしまいたくなるのを堪えた。

 目の前には今日も陽の光よりも強い光を放つ彼女が静かに問題を解いている。っと思いきや彼女が頭をやや下に少し下がったかと思うといきなりパッと上げた。こちらの視線に気づくと照れ隠しのようなはにかむような輝かしい笑顔を向けてきた。


「この時間は眠くなりますよね」

「そ、そうですね」


 そう言いながらも彼女の視線は横に泳がされた。その仕草、不完全ささえも愛くるしさを感じさせる。


「ちょっと休憩しましょう。そういえば、ずっとお願いしようと思っていたんですけどお家の案内をして欲しいんです。」

「家の中をですか?」

「はい、実は私、恥ずかしながら方向音痴でして」


 そう優しく笑顔を作り、テーブルに軽く身を乗り出し、口元に手をあてて囁くと彼女も笑顔を綻ばせた。


「それに、広いのでどんな部屋があるのかちょっと気になってしまって、あ、もちろん見せられないところなどは見せていただなくて結構ですし、軽く一周したい程度なので、、、」

「ふふ、それなら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます‼︎それじゃあ早速」


 僕は立ち上がり大きく伸びをするとそのままその手をズボンのポケットに突っ込んだ。指先にひんやりとした金属を感じた。


「ふふ、それじゃあ玄関から行きましょう」

「はい、よろしくお願いします」





「まず、ここが玄関ですね。と言っても毎日来てるのでわかりますよね」

「はい」

「それでは、左手に見えますのが洗面所と浴室になります」


 彼女はどこで知ったのかバスガイドのように部屋を案内し始めた。


「あ、でその隣が御手洗いになってます。」

「はい」


 ガイドになった気分ではしゃぎ回る彼女はごっこ遊びをする幼い少女のようだった。

 その姿が悲しくもあり、嬉しくもあって、胸がいっぱいになって自然に涙がこぼれそうになった。それをグッと堪えて笑顔を作り続けた。


 その他の部屋は、先程彼女が紹介してくれた洗面所から廊下を挟んで向かい方には宴会場ほどの広さがある畳部屋、廊下の突き当たりには部屋の半分が二階まで吹抜けになり、大きな窓からは広い庭が見えるリビングとキッチンが広がっていた。


「改めて見ても広いお家ですね」

「そうですね、でも二人だと広すぎるしお掃除も大変です」

「その時は私もお手伝いしますよ」

「ありがとうございます、では二階に行きましょう」


 リビング内にある階段を登るとベランダのような廊下からリビングを一望できた。

 二階にある部屋は全部で六つ、彼女の部屋以外の全ての部屋がホテルのように横並びになっていた。

 それ以外は廊下の突き当たりに御手洗があるだけだった。


「まず、ここが私の部屋です。いいでしょう、ここからは街が一望できるんです」


 そう言って彼女が紹介した部屋はちょうどキッチンの上にあるこの家で一番陽が当たり、一番景色のいい部屋だった。部屋の前のちょっとした階段により、他の部屋よりも少し高い位置にあるのも理由だろう。

 あの親が一生懸命に娘を大切にしようとしているのが部屋の場所だけでもわかる。


 彼女の部屋は基本的にシンプルだった。

 部屋の南側に設けられた出窓の前にベッドと一体だけの人形、その横に勉強机が置かれ、それ以外は本棚とその棚の上に表彰状やトロフィーなどが置かれているだけだった。


「意外とシンプルなんですね」

「逆にどんな部屋を想像していたんですか?」

「くまさんの人形とか?」

「ああ、それならここにたくさん入ってます。」


 そう言って開かれたクローゼットには制服や服が下げられている他に大量の人形が詰め込まれていた。

 僕が絶句していると彼女が困ったように言った。


「これ、毎年母の命日に父が渡してくるんです。寂しくないようにだと思うんですけど、流石に多すぎて…今は一体だけベッドに置いてます。」


 そう言って彼女が指を指した先には所々つぎはぎになった梟の人形がベッドにちょこんと置かれていた。


「あの子は母がまだ生きている時に、父が会社の帰りにいきなり母と私にって買ってきてくれたんです。三人でお揃いだって」

「梟…ですか…」


 恐ろしい量の人形はそれぞれ縁起物として有名な動物などを形どっていた。

 考えすぎかもしれないけれど、彼女の父親はもしかしたらとんでもなく、、、そう考えると心なしか、部屋の空気までもがあの父親の管理、支配下にあるような気さえしてきた。

 最早これは重いを通り越して息苦しい。

 僕は大きく嘆息すると部屋を出た。


「……あいつどんだけ自尊感情低いんだよ」


 僕はもう、から笑いしかできなかった。

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