第一話 彼女
天竺葵白。そう名乗った彼女はいつもクラスの中心にいた。
彼女は文武両道、完璧な生徒だった。テストをすればほぼ百点、抜き打ちでもそれは変わらなかった。それはスポーツでも同じだった。ボールを握らせれば必ずシュートを決め、走らせれば必ず一番最初にゴールしてみせた。
さらに、彼女は美しかった。見た目はもちろんのこと、歩き方から食事の仕方まで全ての所作が洗練されていて優雅でいて無駄な動きがない。
まるでどこぞの貴族のご令嬢がそこに居るようだった。
そんな彼女は男女共に当然の如くモテた。
率先して僕の悪口を言っていた女狐が嘘のように静かになり、いつの間にか取り巻きになっていたくらいだ。
「葵白さんまたテスト満点だったんですか?」
「葵白さんは本当に頭がいいのですね。今度私にもお勉強を教えていただけませんか?」
その様はクラスメイトの一人が「悪役令嬢の取り巻きかよ」と思わず言ってしまうくらいにはダサかった。確かにあれでは悪役令嬢の取り巻き、正に金魚の糞というやつだ。彼女が悪役令嬢というのは頂けないが。
しかもなぜか敬語。
しかし、それは彼女にとっては大きな問題となった。
断るということを知らない彼女はホイホイと返事をしてしまっていた。
彼女の頭の良さを知った誰もが「彼女は地頭がいい」と考えた。だから私たちには到底及ばないと。誰も彼も彼女の成績は彼女自身の努力の結果だと思っていなかった。
だから、限られた彼女の時間を奪っていることを知らない馬鹿どもは、彼女の成績が落ちたことに気づくとこう言った。
「え、葵白さん、どうされたのですか?」
しかも無自覚で。
僕は腹立たしかった。なぜ、努力もしていない人間が彼女の時間を奪う権限があるのか?誰にも聞くことも出来ずに、それでも求められる完璧さに努力し続けてきた彼女の努力を、なぜ何もしていない奴のために使わなければならないのか。
皆が皆、自分の欲ばかり押し付け彼女の気持ちを考えない。彼女が今欲しているものを考えすらしない。その頭すらない。そんな奴らが彼女のそばに小判鮫の様にくっつき彼女の足を引っ張る。
誰も気付きやしない、テストの翌日に着てきた制服の上のカーディガンの意味に。時々体を摩る彼女の痛々しい笑顔の意味に。
誰も気付きやしない、彼女の細すぎる手足に。まともに食べていない時の食事がどれだけ気持ち悪いのか。
誰も気付きやしない、青すぎる顔色に。お前らは見たことがあるのか?わざわざ遠くのトイレまで行って吐いている彼女を。
常に完璧でいなければならない彼女の時間は異常なほど少ない。知らないとは言え、彼女のその貴重な時間を簡単に奪って良い訳がない。
許せない、彼女に集るハエどもが。
許せない、彼女に傷を作る奴らが。
それを知りながら何も出来ない自分が、一番、許せない。
二度とあの子と同じ人生を歩む子が出てはならない。絶対止めなければ。
僕がどうにかしなくては。