第十二話 7
いきなり抱きついてきた葵白は呼吸こそ乱れていたが、あの時の様な過呼吸は起こしていなかった。一安心した次の瞬間、肩口を温かいものが伝った。息を呑む僕の耳に響いたのは嗚咽を無理やり飲み込む音だった。
どうにか平静を保って守田氏に目配せをすると嘆息をし顔を顰めながらも出ていった。
普段の葵白は感情の起伏を一切見せなかった。その貼り付けた笑顔の裏で全てを飲み込んでしまっているからだ。
しかし、その彼女が涙を見せた、と言う事実は彼女の笑顔を崩壊させると共に彼女が命を懸けて築いた平穏を崩壊させるものでもある。
何とか平常心を保ちながらも葵白を落ち着かせる為に背中を軽く一定のテンポで叩くと暫くして静かになった。
「落ち着きましたか?」
腕の中で彼女が頷く
「先程はすみませんでした。」
今度は首を横に振った
呼吸を整えると喉に突っかかっていたものが僅かに流れていく感覚がした。
「ゆきちゃん、の話は覚えていますか」
こくり、
「本当のことを言うと、私は、どこかで彼女の身に降りかかっていることを理解していました。」
「……」
「でも、心のどこかで思ってたんです。彼女は大丈夫だと、絶対に死なないと。でも人間は思っているよりも弱くて、脆くて、儚い生き物なんですよ。貴方はたったの数年と言いましたが、ゆきちゃんはそのたったの数年で死んでしまいました。私は二度と彼女の様な犠牲を、せめて自分の手の届く範囲にある貴方を、失いたくないんです…。」
彼女の背に回す腕に少しだけ力を入れ、すぐに解放した。彼女の肩に手を置き体を話した。自然と葵白と向き合う形になる。初めて見る彼女の涙は美しかった。
「仮にも彼らはあなたの身内です。宿ってしまった情も、身に付いてしまった習慣も、簡単になくなるものではありません。なので、これは自己満足です。私は貴方を守りたい。彼女の時と同じ轍は踏みたくない。ただ、それだけです。貴方が私の考えに好意的であろうと、なかろうと、私は勝手に貴方を助けます。」
最大限の慈しみを込めて彼女を満面の笑みで見つめた。
「なので、せいぜい私に振り回されてください」
そこで漸く彼女は顔を上げ、僕の目を見た。
涙の溜まった瞳にカーテンから漏れ出る陽の光と向日葵の黄色が反射する。その時に見た彼女の笑顔は、一生、この先何があろうと、どんな死を迎えようと、忘れることはないだろう。種が芽吹き、花が綻ぶような、初めて見る彼女自身の笑顔を。
今年の向日葵はきっと眩しいくらいに美しいだろう
おはようございます。ここまでお読みくださりありがとうございます。連続投稿は本日1月7日までとしていましたが、本編であまりにも進まなかった会議を進めるため明日以降も更新をする予定です。更新時間は引き続き六時半となります。お読み頂き、楽しんでいただけたら幸いです。




