第十一話 6
「おぉぉんマエという奴は、人を道具のように使いやがって!!そんなに人を弄んで楽しいかあぁ!!大体なあ!俺はお前の玩具じゃ――」
閉会式を終え、少し話し合いがしたいと会場のイベント係に頼んだ所、少しならと会議室の利用を快く承諾してくれた。
それなのに係員が部屋を出た瞬間これだ。
先程の強盗犯よりも恐ろしくボリュームたっぷりな怒声を、それはそれは美しい筋肉の造形で持ってして室内で張り上げているので、係員にはもちろん部屋の前を通った人々にも聞こえているだろう。今後、この会場の方々には頭が上がらなそうだ。
彼女に大音量で音楽が流れるヘッドホンとアイマスクを渡しておいて良かった。
それにしても全くもって怒鳴られている理由がわからない。わかったことと言えば、熱血は怒ると面倒臭いとういうことくらいだ。
はてさて、どうしたものだろうか。思わずニヤけた僕に、更に怒りが爆発したのか守田の勢いが増した。
いい年した大人が、しかも警察官がこれとは、今世の日本は厳しいかも知れない――節度も守れないとは。
嘆息した僕は彼女を庇うように一歩前に出た。
「お言葉ですが、」
こういう時に笑って良いのは口元だけでだ。笑顔は使える
「良い大人が私たち三人しかいないとは言え、公衆の場で、更には大声で、罵声を上げるのはいかがなものかと思います。」
途端に先程までの罵声が嘘の様に会議室が静まり返った。しかし、守田の口はあぐあぐと動き続けている。これが大人とは……だから大人は嫌いなんだ。
今日はため息しか出ない。大きく溜息をつくと暗く重苦しい声で言った。
「――彼女という存在が、目の前にいながらも」
今度は完全に固まった。
僕はそのまま虫ケラを見るよな冷酷な目を守田に向けた。
「……すまなかった。」
「以後、同じ失敗はしないでください」
守田はそのまま後ろにあったソファに座ると自分の行動が相当ショックだったのかそのまま項垂れてしまった。
僕は振り返ると椅子にお行儀良く座っている葵白の前に片膝を付くとそっと彼女のヘッドホンを外し、甘ったるい声で話しかけた。
「天竺さん、もう大丈夫ですよ〜。はい、アイマスクも外してもらって大丈夫です。あ、眩しいと思うのでそっとですよ、そおっと」
そう言って今度は最愛のものを慈しむような笑顔を向けた。
物語に出てくるシスコン兄の気持ちがわかった様な気がしたのは何故だろうか。
その笑顔の意味を知らない彼女は最初はきょとんとした顔をしていたが、すぐに日の光を浴びて目を覚ました天使の様な笑顔を僕に向けてきた。
あまりの美しさに思わず息を呑んだ僕に守田が「うぇ」と小さく言っていたのは聞かなことにしておく。次はないぞ守田。
「お話はもう大丈夫なんですか?先程守田さんのお声が聞こえた気がしたのだけれど、あら?どうされましたか守田さん、苦虫をごりごりにすり潰してしまわれた様な表情をしていらっしゃいますけど。」
「え?ああ、これは、お気になさらず。人生山あり谷ありですから。自分の中の何かと戦っているのでしょう。ほら、ちゃんと悶えてますから」
何言ってんだこいつ。質問と答えが全く噛み合っていない。そのせいで葵白も盛大に困惑している。普段は会話が続く様な返答しかしないのに
「……?それなら、良いのですが?」
終わってしまった。が、替わりに質問をしてくれた。
「それで、お話は終わりましたか?」
「え、いや、えと」
「ええ、もう大丈夫です。終わりました。完璧です!」
吃る守田を無視して満面の笑みで答えると今度は明瞭な声で横槍を入れてきた。この人は文句を言う時くらいしかはっきり話せないのだろうか?
「なあにが完璧です!だ。まだ終わってないだろう」
「え、何がですか?と言うかそもそも何について話していたんですか?」
「な!」
「絶句!」とでも言いたそうな顔をして固まった守田に笑顔で追い討ちをかける。
「え、だってモリさん怒鳴ってただけじゃないですか?」
今度はきょとんとした笑顔を作って見せた。
「んな私可愛いですみたいな顔すんな!」
「え、可愛いって言われた!!ねえねえ天竺さん、聞きましたか!?可愛いですって、生まれてこの方、こんなおじさんに可愛いなんて初めて言われましたよ!!ちょっと気持ち悪いですけどね!でもって私はかっこいいと言われる方が好きなんですけどね!!」
「え、ええ松草さんはいつも可愛らしくてかっこいいですよ!!私のヒーローです」
「ほ、本当ですか!?嬉しいです。ありがとうございます!!」
「おい、勝手に盛り上がるな!! 誰がお前のことなんぞを可愛いと言った!そもそも可愛いなんて思ってなどない!大体この腹黒のどこが可愛いんだか!!」
わちゃわちゃと騒ぎ出した僕らには、残念ながら、まともな思考の持ち主はいなかった。収拾のつかなくなった僕と守田のくだらない口喧嘩は、彼女がテンポの早すぎる会話に目を白黒させ卒倒するまで続いた。
「だから勇者パーティーは4人組が多いのかな」というどうでも良すぎる思考は彼女の美しい笑顔に見惚れている間にどこかへと消え去った。案外自分は面食いなのかも知れない。
* * *
「で、あの人はどうでしたか?」
ようやく落ち着いた彼女の背にブランケットを掛けながら僕は尋ねる。
因みに、僕が怒られた理由は以下の通りである。
1守田を弄んだこと、2色々守田に丸投げしたこと(自分が僕の手のひらにいる事が不快だったらしい)、3葵白の父が来るとわかっていながら守田に伝えなかったこと、4閉会式中ずっと笑っていたこと(俺を馬鹿にしてるのか?だそうだ)、5守田の演技を笑ったこと
らしい。
「待って、これの何が悪いの!?」
理不尽すぎて理解が追いつかない。
そして最後に一言、
「お前の彼女を守ろうと行動するのは立派なことだが、彼女中心の生活になってはならん。彼女はいずれ君から自立しなければならない。あとちゃんと報告しろ、報連相、社会人の基本だ。まったく、小賢しいことには頭が回るのに、こういう事には回らんのだなあ」
と言う皮肉を含めた悪口で締め括られた。
ねぇ、だから何が悪いの!?
と言うことでその報連相をする事になった。
「おま、君よりも相当小賢しい上に腕も立つ。私と君を足しても間に合うかどうかと言う具合思うが?」
「……それだけですか?」
先程会場の職員の方が持ってきてくれた熱々のお茶を啜りながら聞いた。夏に飲む熱いお茶は格別に美味い。それに少々感動しながらも守田の声に耳を傾ける。
「今は情報収拾の段階です。そうであったとしても、こんな基本情報、私が知らないとでも?それよりもっと良い情報はないんですか?あと、何で戦う前提なんですか?」
「使えないみたいな言い方をするな。」
「実際に現時点であなたが使える人材だとは思えませんけど」
まずい。守田とはなかなかに性格が合わない。そのつもりがなくても勝手に口が守田を挑発する。事実であったとしても言ってはならない事がある。わかっているのに止められない。よって、
「んなわけねえだろうが!それとも、この警察という地位も使えねえっていうのか!?」
爆発する。
「使えますよ。そのためにあなたを巻き込んだんですから。現時点での話です」
「そうだとしても、言い方というものがあるだろう。何でこう相手をイラつかせる言い方をするんだ?何の意地張っているんだ?もっと大人になれ。そんなんじゃ——」
「うるさいです。自分がちゃんと大人になってから言ってください。この程度の挑発に乗っているようじゃ到底大人とは思えません」
「何だと、それじゃお前が——」
もう止まらない。僕は人と言い合いをした事がなかった。喧嘩をする相手がいなかった。だから、ごめんなさいの仕方なんて——
「あ、あの」
止まらなくなった論争を制していきなり葵白が声を上げた。
彼女の声はどんな状態であっても僕らには響く。
「何デス、カ?」
突然の出来事に思わず出た声はあまりにも抑揚がなくロボットじみた声だった。
横では守田がまるで使えている主人のご令嬢が泣き出したかの様に慌てていた。
「私は、仮にもあの人達は育て親です。私はこの様な綺麗なお洋服に身を包み、学校生活にもこのようなショッピングモールにも来る事ができています。世界には衣食住すらままならない方達がたくさんいます。ただ、私が耐えれば良いだけなんです。あとたったの数年です。」
彼女があまりにも幸せそうに笑うものだから、ほんの一瞬、不甲斐なくも反論の余地がない様に錯覚した。
ハッとして頭を振る。守田氏も一生懸命に頭を振っている。
そうだ、よく考えろ、何故今日ここにやってきた?洗脳を解く一歩にでもなればと、そう願って来たはずだ。彼女が受けているのは洗脳、自らも監獄の中にいることを忘れ、同じ監獄に居る己よりも弱い存在に刃を向け、監獄に押し込む。そういう自惚れた傲慢野郎のやることだ!!
「それは違う」
ああ、もう、何が正しくて、何が間違っているのか、全くわからない。でもこれだけは言える。
「それは、違う!確かに、飢えに苦しみながらも生きている人は大勢いる。それこそ衣食住を与えられている私たちの方がよっぽど幸せかも知れない。でも彼らは、生きることを、幸せを求めることを、その希望を、失ってはいない!!あなたのように『私の不幸の上に幸せが成り立つならそれで良い』なんてそんな、甘えたことを!!自分の人生を捨てるな!!今を、明日を、もっと長く、1日でも多く、生きようと努力している人に失礼だ!!!!」
言い切ってはっとした。怒鳴ってしまった。彼女には、彼女だけには怒鳴らないとそう決めていたのに、、、脳裏にあのしゃくり上げた声が響く。
心臓が重い。気道が塞がれる感覚がした。なんとか目だけでも彼女を捉えようと動かした。
すると視界がいきなり暗闇に包まれた。パニックを起こした頭で必死に呼吸を整えると、彼女の匂いが鼻をくすぐった。――気がつくと、僕は彼女に抱きしめられていた。