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第十話 5

 怒声が鳴り響いていた会場は、しばらくするとパトカーのサイレンと共にやって来た警察官と現場に居合わせた人々で騒がしくなっていた。


「片付いたかな」


 テントの奥から外の様子を覗き見ると警察官があちこちで事情聴取を行っていた。と、自分達に気づいたらしい警察官が一人、こちらに向かって歩いてきた。

 仕方なく彼女を連れて、テントから這い出た。


「ご協力ありがとうございます。先程の事件についてお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。」


 まだ新人らしい警察官は暑さのせいか、はたまた緊張のせいなのか、額に大粒の汗を流しながらふやけた手帳を握り締め、事情聴取を続けている。

 一方で先程から顔から赤みの抜け始めている彼女もなんとか笑顔を保っているがその手には僕の服の裾が握られている。僕も彼女もそろそろ限界が近い。


「ご協力ありがとうございます。また後日――」

「守田さんに連絡をすればよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「この暑さでやられた様で、すみませんが失礼します。天竺さん少し肩を貸してくださいますか?」


 「あ、はい…お大事に……あ、ご協力!ありがとうございました!」と不思議そうに敬礼をした新人警察を背に天竺葵白にもたれるふりをしてその場を去った。


* * * 


 トイレに着くなり個室に駆け込んだ天竺葵白は数分後真っ青な顔をして出てきた。

 これは最近、彼女と過ごして知った事なのだが、彼女は緊張、恐怖、混乱、そんな生きている限り誰もが感じ得る日常的なものを常日頃から飲み込んでいる。しかし、そんな感情は飲みこんだところで消化される訳もなく、身体の中で混ざり合い物体として体の外に吐き出される。

 今回は、普段はあり得ない強盗犯による切迫した空気と夏の暑さのせいもあったと思うがいつも以上に顔色が悪い。


 口直しにここに来る途中で買っておいた水を渡すと「すみません」とか弱い声で言い水を受け取った。


 テントに戻ると守田が人数確認をしていた。戻って来た僕たちを見ると安心したように近づいてきた。


「一応、怪我はないかい?」

「一応ってなんですか?何もありませんよ。」

「いや、おま、君に限って怪我はないだろうと思っていたが一応な、天竺さんも大丈夫かい?心なしか顔色が悪そうに見えるが」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 そう言うその声は震えており、体も段々と僕の方へと傾いていってる。全然大丈夫じゃない。軽くため息を吐くとさりげなく肩を貸した。「意地っ張りが」と小さく文句を言うと葵白は目を見開いたが抵抗する気力もないらしく悲しそうに肩にもたれた。


「イベントは中止ですか?」

「そうだね、このままじゃ続けられそうにもない」


 テントには逃げ惑った人々が落としていった沢山の落とし物と沢山の迷子とそれを探しにきた人々でごった返していた。その中には逃げる途中で怪我をしたのか痛みにうめく声や親と逸れた子供の泣き声などが入り混じり恐怖や悲しみなどの負の感情に包まれていた。それらがあの震災を再起させる。

 目を背けたくなるような光景に思わず守田の笑顔も歪んだ。

 そんな空気を吹っ切るように僕は明るい声で守田に話しかけた。


「落ち着いたら、後で話せませんか?」


 満面の笑みを浮かべた僕に彼はふっと息を吐くと切り替えるように両頬を叩いた。「うん、いい感じに空気を変えられた」と満足していると守田の額になぜか青筋が浮かんでいた。気づくと守田がいつの間にか冷笑を浮かべていた。「……そうだな」とはなったその声は重たく、氷のように冷たい。どうやら怒らせてしまったらしい。

 何に対して怒られているのかが全く想像のつかなかった僕は、簡易的な閉会式中、壇上で話す彼を満面の笑みで見つめ、強盗犯よりも恐ろしい怒声を浴びる事になった。


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