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第九話 4

「な、な、な、何が目的だ!」


 人のことを笑っている場合じゃなかった。母親が大根だったのは言うまでもないが自分も大概だ。現に、この場を去ろうとしていた憎たらしいご尊顔が嘲笑に歪んでいる。それを横目に睨め付けると正面の彼らに向き直った。


「今集めた金全てよこせ!!そしたらこいつの命は助けてやる!!」

「そ、そ、そ、そんなこと言われましても……!そ、そのお金は、震災のひ、被害にあわあわ、あわあわ?あわー、あ、そういやシャンプー切らしてたんだ、買いに行かにゃー、じゃなくて!遭われた方におおお、おくおく……オクラ?送るものです!!」


 自分の大根っぷりにも笑えるが、それに気づかない強盗犯も強盗犯だ。余計な事を考えたり、言葉遊びができるくらいには強盗犯のやり口は杜撰だった。

 こちらの演技にも防犯カメラにも気づいた様子はなく、捲し立てる。


「あわあわ言ってんじゃねえ、ふざけてんのか!いいからさっさと出せ!!その金とこの小娘の命、どっちが大事なんだ!?わかったらさっさと出しやがれ!!」


 あまりにも杜撰すぎる計画に違和感を感じた。が、悦びに満ちた表情で彼らを見守る母親を見て納得した。この母親が計画したのだろう。そして、母親の目的はこの男とは違うところにある。先程の大根も意図的だろうか、と呑気に考えていると目の前にヒョロっとした背の高い男がやってきた。


「どうされました?ここは危険ですよ」

「ええ、わかっています。」


 冷静に答えた彼は着ている物こそシンプルな一般庶民の服だが放つオーラは何処となく商社のエリートを感じさせられた。

 個人的な第一印象、胡散臭い。

 

「ちっ、あいつわかってて逃げたな」


 この場で彼女を逃すのは賢明な判断だった。しかし、あの調子のいい顔がどうにも腹立たしい。

 小さくぼやいた声は幸いにも彼には聞こえていなかった様だった。


「あなた、これ、どうするつもりなんですか?」

「どうするって、そのうちいい感じに装備した警察らが来るだろうからいい感じに時間稼ぎでもしとこうかなあって感じですけど」

「そうですか。」


 胡散臭い笑顔を貼り付けた男は何か癪に触ったのか吐き捨てるように言った。


「あの母親は逮捕されたいのでしょう」

「ああ、あの顔はそう言う事なんですねえ〜」

「……はい」


 「マジかよ、こいつ気づいてなかったのかよ」と言いたそうな目線を向けられた。先程からいちいち癪に触る男だ。


「ただ、その目的が腹立たしい」

「目的ぃ?」

「えぇ、気づきませんか。彼女のあの幸せそうなお顔、やっと解放されったって言う顔ですよ。あれは娘も捨てる気です。自分が母親という自覚を持って貰わないと困りますねえ。」


 どの口が言ってんだか、と心の中で毒づきながらも彼の言葉に相槌を打つ。


「なるほど、それじゃあ普通に対処するのはつまらないですねえ。貴方ならどうされますか?貴方は私よりも余程頭が回るようだ。」

「そうですね、例えば自分のせいで娘が死にかける、と言うのはどうでしょうか?」

「ははは、それはそれは、腹が黒くていらっしゃる。しかし、あの娘に心的外傷は残したくない」

「そうですね。善処します。」


 何処となく悔しそうに返事をした彼はその疑似家族に向かって歩き出した。


 そこである革新的な事実に気付いた


「遊ぶって俺のことかよ!」


* * *


 数分後、強盗犯は現行犯で、母親は事情聴取、娘は保護という名目で警察の車に乗せられた。

 彼の足捌きは見事な物だった。

 彼が動き出した事に気づいた強盗犯は娘を殺す覚悟をした。いや、元々都合のいい駒だ。覚悟もいらないのかもしれない。しかし、思いっきり振り上げられたナイフは娘に触れる瞬間に強盗犯と共に弾き飛ばされた。当然、殺されはしないと思っていた娘は頬に掠ったナイフに完全に怯え切っていた。

 同時に先程まで天に召されたように呆けた顔をしていた母親は娘の元へ吹っ飛んでいった。一応母性はあったようだ。震える手で必死に娘の頬に走った紅を拭っていた。


「あれはトラウマものかなあ〜」


 呑気に目の前の惨事を眺めていると先程の男が帰ってきた。警察への引き渡しが終わったようだ。


「守田さん、ですね。警察の方に呼ばれていますよ。」

「あぁ、ありがとうございます。それにしても見事な足捌きでしたね。何かやっていらしたんですか?」

「えぇ、まあ、祖父が厳しかったもので、柔道やら空手やら色々やりましたよ。」

「そうなんですか。いやあ流石でしたあ〜」


 そう言いながら右手を差し出すと、彼もまた冷え切った右手を差し出し互いに強く握り合った。

 ふと、そういえば名前を聞いていない事に気づいたので一応聞いてみる事にした。


「そう言えばお名前、まだ伺っていませんでしたよね。」

「そう言えば、そうですね。改めまして、私、天竺司と申します。よろしくお願いいたします。本日のイベントにも娘が参加しているようで心配で見にきてしましました。」


 人の良さそうな笑顔に丁寧な挨拶。その後ろに垣間見えるものを今は見えていないふりをしてぐっと堪える。


「ああ、天竺さんのお父様でしたか。これは失礼、私今回の募金イベントの現場責任者をしております。守田宗一と申します。娘さんは今回初参加の様ですが人の心を掴むのがお上手な様で大変助かっております。」

「娘がお役に立てているのなら何よりです。」

「しかし、娘さんはもう高校生では?この様な場所まで付いてきて怒られたりしないのですか」

「娘には怒られたことはありません。そもそもついてきていることさえ気づいていない様子なので不審者に跡をつけられても気づかないんじゃないかと家で娘を待ちながら毎日ハラハラしております。」


 ふと、彼を見ると温かな優しい笑顔を湛えていたが一瞬で冷気すらも感じさせる冷たい視線へと変わった。その瞳に自分は映っていない。

 今までに感じた事のない寒気を感じ、気づいたら手を離していた。

 

「そ、それでは、呼ばれている様なのでこれで失礼致します。また、お会いできたらその時はゆっくりお話ししましょう」


 返事を待たずにその場を去った。

 あの冷気を彼女はいつも感じているのだろうか?あんなにも残酷無慈悲な瞳を毎日投げかけられているのだろうか?

 それと同時に違和感を感じた。娘のことを話す時のあの優しそうな笑顔。あの笑顔は愛する我が子に向けるそれだった。どう言うことだ?あいつなら何か知っているだろうか?

 必死に彼女を守っているあの小憎たらしい笑顔が苦しげに脳裏に浮かんだ。

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