6話
私のピンチにどこからともなく現れ、助けてくれたのは同じクラスの神羅刹那ちゃん。でも私には状況がよく掴めなかった。ここ、幽世に刹那ちゃんがいるのも変な話だし、なにより刹那ちゃんが片手で軽々と扱う大きな剣からバチバチと稲妻が走り鬼に電撃を与えているというおよそ人間の業ではないものを見て頭が混乱している。そんな間に鬼は叫び声のようなうめき声をあげ、煙のように消え去った。その煙の中から出てきたのはさっき見た黒ずんだ死体と黒い靄だった。刹那ちゃんはそんな鬼の死体を数秒見下ろし、剣を振るいその妖の体を真っ二つにしてしまった。その断面からまたも黒い液体が溢れだし、そしてそのまま消えていった。「なんだお前、知り合いか?」と葛ノ葉が聞いてきたので、とりあえず首を縦に振る。私はフラフラする葛ノ葉の体を支え、彼女に声をかけた。
「刹那ちゃん……これは一体?」
「……ただの、鬼退治よ。見ればわかるでしょう」
違う。そうではない。私が聞きたかった答えはそれではない。
「それよりあなた達もこんなところで何をしているの?」
それには深い事情がありまして……。
「私の家は代々鬼神を『祀る』―――というより『封じる』ために建てられたお寺を守る家業をしていて、そのせいもあって、私の家は裏家業として鬼を専門的に退治する仕事をしてるの。今回は現し世の方で酒吞童子の封印が解けそうだから退治をしてほしいと依頼があったわ。相手が相手だから現し世だとあたりに被害が出る可能性があったから、ここで封印を解いたのだけれど……どうやらあなた達も巻き込んでしまったようね」
なるほど。どうやら刹那ちゃんは鬼退治のプロフェッショナルらしい。それはそうとさっきから私はあることに疑問を抱いていた。「現し世と幽世ってそんな簡単に行き来できるの?」と私は葛ノ葉に尋ねた。すると葛ノ葉は目をキョトンとさせて「できるに決まっているだろう。ここは死と生の間。妖関係の家業を営むものは好んでここを使う。たまに一般人が迷い込んでしまうほど簡単に来れるぞ」と当たり前のように答えた。その顔は、さも「前に言ってますー」とでも言うようなふてぶてしい顔だった。そして葛ノ葉は刹那がいるのなら私は現し世に帰ることができるからと、さっそうと帰って行ってしまった。本人は口にはしなかったが、相当怪我が堪えているのだろう。「寝れば治る」と笑っていた。葛ノ葉が帰ってしまえば、途端に沈黙が続き気まずく感じられてしまう。一日中同じグループで活動していたのに、その時の会話量より、たった数分の会話量の方が多いのだ。やはり私は彼女によく思われていないのだろうか。彼女は静かに歩き出し、私はその後をついていった。
「……。」
「……わたし―――どうせあなたも『見えない』のにホラを吹いているんだと思ってた……」
「え?」
「クラスの子が話しているのを何度も聞いたわ」
『見えない』とは、おそらく一般人のことだろう。別に私からクラスの子にこの話をした覚えはなかったのだが、刹那ちゃんはそういう認識だったらしい。
「むかし、あなたと同じような子がいたわ。幼い頃の私は同じような境遇の子がいて嬉しくて話したの。でも同じ境遇の子、いなかった」
刹那ちゃんは淡々と言葉を紡いだ。私は彼女に何も言えなかった。ただ黙ってその話を聞いた。もしかしたらこの人は、私を助けてくれるんじゃないか、そう感じた。
「刹那ちゃんあのね―――」
私は自分の秘密を洗いざらい吐き出した。彼女はあまり表情が顔に出ないので驚いている様子が伺えなかったが、彼女は静かにこくんとうなずいた。そして私達は再び無言の中歩き続ける。歩いて、歩いて、歩いて、歩いて……いや、遠くね?私は恐る恐る尋ねてみる。
「あの……刹那ちゃん?私達は一体どこに向かってるの?」
「いいから。黙ってついてきて」
私はどこへ向かっているのかわからないまま進む。ただ、ここはもうすでに現し世なのだということはわかる。そして刹那ちゃんは突然、ある部屋の前でピタリと進むのを止めた。ここは―――
「生徒会室?」
「中に入って。きっと私なんかよりもあなたの力になってくれるから」
部屋の扉を開けてはじめに目に入ったのは見る角度によって光り方が違うサラサラとした美しい金髪を持った人。私はこの人を見たことがあった。
「はじめまして、幸村さん。生徒会長の黒崎京華です」
彼女は優しく私に微笑んだ。そう、彼女は私が唯一入学式で覚えていた、「やたらと美人な生徒会長」だ。そしてその脇に、私がすでに見慣れた顔があった。
「やぁやぁ、幸村!よく来たねぇぇ!!」
そんな聞き慣れた、鼓膜を破壊しそうなほどの音量を出す早瀬さんがいる。
「早瀬くん。みんな寝てるから、もっと声のボリューム落とそうね」
「うっす!!!」
……どうやら早瀬さんは生徒会長の言葉を理解していないようだ。