4話
5月半ば。私が妖怪と混ざってから一週間とちょっとが過ぎた。その間、葛ノ葉が私の目の前に現れることはなく、私は以前と変わらない生活を送っていた。そして今、私達一年生は一泊二日の学校宿泊イベントの真っ最中です。
高校に入学するとすぐに新入生同士の仲を深めるためにオリエンテーション合宿というイベントが開催されることは珍しくない。ただ、うちの学校は少し変わっていて開催時期が5月半ばと遅めなのだ。新入生同士の仲を深めるという狙いがもはや破綻しているこのイベントだが普段の私なら忌み嫌うだろう。どうせボッチになるのが目に見えている。しかし、この学校のこのイベントは自由度が非常に高くクラスの仕切りをまたいで好きに合宿グループを決めていいのだ。もちろん私はユリちゃんと同じグループに所属する。ただしこの合宿グループ最低五人が条件なのだ。そこで同じく放送部に所属する夕薙秋介くんと、その友達の福井謙太郎くん、そして同じクラスの神羅刹那ちゃんが加わり晴れて五人グループとなった。なお、同じクラスとはいえ刹那ちゃんとは話したことがあらず、また、彼女もあまり人と会話をしない人のようで休み時間はいつも一人静かに本を読んでいるような人だった。腰ぐらいまで伸ばされた、黒よりずっと深い、漆黒に限りなく近い髪と住んだ瞳を持つクール美人という印象の彼女に、私は少し近寄りがたさを感じていた。そして余っていた彼女を先生が人数合わせでチームに入れたのだ。せっかくだからこの際、ちゃんとしたクラスの友達も作りたい。私は進んで声をかけてみた。そしたら声が音に変化する前に「興味ないから話しかけないで」との門前払い。もしや刹那ちゃんは怖い人……なんてそう簡単に挫けるものか。せっかく二日間一緒に過ごすのだ。私は朝からしつこく刹那ちゃんに話しかけた。午前の活動は「高校生活と勉強について」「学校のシステム・イベント・ルールについて」など、学校関係の話を聞かされるだけで終わった。そして昼からはグループみんなでお昼ごはんのカレーを作るのだ。
「伊与ちゃーん。玉ねぎの皮向いたから切っていいー?」
「いいよ。ありがとう、それ終わったら人参も切ってくれると嬉しい」
「イエスマム!この謙太郎、隊長の指示に従うであります!」
「ははは」
福井くんは少しリアクションの変な面白い子だ。私と福井くんは具材を切る係、夕薙くんとユリちゃんはお米係だ。なお、刹那ちゃんは具材を切る係として働いていたが途中で先生に呼ばれて抜けていった。一人暮らしのお陰で料理はお手の物な私だが、福井くんは包丁自体あまり握ったことが無いようで少し不安だった。
「あ゛ぁ゛!なにこれ!めっちゃ目に染みる!!」
そう叫ぶ福井くんは玉ねぎを触った手で目を擦っている。それでは目が痛くなる一方だぞ。私は心のなかでそう呟いた。
「ごめんごめん。福井くん変わろうか。目洗ってきていいから、その後じゃがいも切っててくれる?」
「うん。ありがとー」
そう言うと、福井くんは一目散に水道へ向かった。そして数十秒後に顔をタオルで拭きながら帰ってきた。
「いやぁ、参った参った。玉ねぎがこれほどの威力とは」
「先に言っておけばよかったね」
あまりにも常・識・的なことなので言っていなかったのだ。
「ははは、このじゃがいも切ればいいの?」
「うん。ついでに人参もお願い」
私達は黙々と作業を進める。沈黙が続く中、ふと福井くんが私に尋ねてきた。
「秋介とはどんな感じ?」
「夕薙くん?別に、普通に仲良くさせてもらってるよ?」
「そう?あいつ結構変わり者だから、心配だったんだけど……」
君が変わり者という言葉を使うのはちょっと違う気がする。
「そんなことないよ?たしかにいつもニコニコしてて表情筋どうなってるのかなって思うことはあるけど、いい人だよ」
「まじ?ならよかったー」
そう答えた私だが、実はあまり彼のことを知らない。まだ数えるぐらいしか会ったこと無いし、早瀬さんと仲がいいなと言うぐらいしか知らない。
「どぉ?あいつ、顔は良くない?」
やたらと「顔」という点を強調した福井くんだが……、まぁ、良いと言われる方なのではないだろうか。他クラスでありながら、私のクラスの女子が彼の話をしているのを何度も聞いた。学校の女子の中で一番人気の三年生の生徒会副会長といい勝負をするとか、なんとか言っていた記憶が頭をよぎる。
「うん。なんというか……かわいい系だよね」
「あ、そういう感じ?」
カレーはそれなりに美味しくできていた。そして午後からは私の住む地域の近くの伝統文化である「花かんざし」づくりの体験をした。結構細かな作業が必要で謙太郎くんが何度も針で指を刺していた。そしてユリちゃんの作った花かんざしがまるで私達に作り方を教えてくれた先生が作ったもののように上手くて、夕薙くんの作った作品も色合いや形が綺麗で器用な二人だと感じた。夕薙くんは、自分が持っていてもしょうがないからと作った作品を私にくれた。赤い花の作品はとても可愛らしかった。そんな感じで一日があっという間に過ぎ去り、気づけばもう消灯時間になっていた。就寝は教室をまるまる使って人教室に15人ほどで眠る。もちろん男女別々だ。幸いなことにグループの女子は固まって寝るため私は一人にならずに済んだ。やはりこういう宿泊行事で夜更かしするのは定番のようで、消灯時間は22時だったが、話し声が聞こえなくなったのは深夜の1時を過ぎた頃だった。そして私もゆったりと眠りに落ちたが、なんだかお腹のうえにおもみを感じて目が覚めた。目を開けてみると私の顔の目の前に和服の少女がいた。少し驚いて飛び起きると「ワシじゃ」と声がした。何だ葛ノ葉か。私は先程のことでみんなを起こしていないか不安になりあたりを見渡した。誰も起きていないことを確認して私は無言で葛ノ葉の手を取り廊下に出た。そして小声で「何しに来たの?」と尋ねた。ほとんど二週間ぶりにあう彼女はニヤリと笑って「まさか自分の仕事を忘れたわけじゃなかろう」と言ってきた。
「囮の時間じゃ。今日もなかなかいい獲物が獲れそうじゃ」
そう笑う彼女の顔は悪役そのものだった。