プロローグ 「今日も私は普通です」
朝起きてベッドから起き上がると私は寝ぼけた頭で冷蔵庫を開け水を取り出した。そしてコップに水を移し薬と一緒に水を飲み干した。それが私の日課である。小綺麗なアパートの一角にただ一人。水を飲み、頭を目覚めさせるとすぐに一人分の朝ごはんを用意し、まだ少し着慣れない制服を着る。身支度を終えると学校へ行くために靴を履き外に出て鍵を閉める。それが日課だ。
そんな普通な朝を迎える私だが、私は普通ではない。なぜ私は一人で生活しているのか、覚えていない。私の飲む薬がなんの薬なのか、覚えていない。私は記憶喪失なのである。ちょうど二ヶ月前、入学式の途中、私はふと自分がどこから来たのか思い出せないことに気がついた。親の顔も、持病の病名も、中学時代も、何も思い出せない私は頭が真っ白になり記憶喪失とはまた別に入学式について覚えていない。これまでの16年間の思い出がすっぽり抜け落ちているのだ。しかし自分のことは覚えていた。「名前」「誕生日」「好きなもの」「得意な科目」そして、「持病がある」ということ。薬を飲まないと激しい吐き気と頭痛に襲われてしまうということも。そしてそれよりも私には人ならざるものが見えた。それらは妖と呼ばれる類のもので、私にしか見えていないようだった。不思議なことに私の記憶喪失の原因は外傷がないため一般的なものとは違うことは明らかだった。きっと原因は彼ら、妖にあるのだろう。この二ヶ月、私は新しい生活に慣れるのに必死だった。妖が見えるなんて周りに信じてもらえない。変な子だと思われるのがオチだ。その上記憶がないなんて誰に言えたものか。私はただ、普通に生きたい。そのために私は、今日も普通を演じている。