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#009 女の子あるある、母親を真似して化粧したがる

今回もよろしくお願い致します。

 ケガをした桃ちゃんの手を掴んだまま廊下のど真ん中で立ち往生していると、桃ちゃんがそっと自分の手を引いた。


「姫様に心遣いいただき、誠に有難(ありがと)うございます。そのお心だけで十分…。」

「えっ、あっ、なりません!」


 半分パニックになりながら引き留める。このまま帰したくはない。けれどこの時代、常設の病院はないし薬の置き場所も分からない。今から部屋に戻って侍女頭に聞くのも決まりが悪いし。(かわや)手水(ちょうず)――要はトイレの手洗い用水――で洗う?桃ちゃんは気にしないかもだけど衛生的に良くないような…。

 私が逡巡していると、桃ちゃんは(ひざまず)いて胸元から小箱を取り出し、床に置いて開けた。

 中にはいくつか小さな二枚貝の貝殻が入っており、それぞれにひらがなで「ち」「や」など書かれていた。桃ちゃんは「ち」と書かれた貝殻を開け、中に入っていたクリームみたいなものを腕の擦り傷に塗り込んだ。すると。


「すごい…。」


 あっという間に赤くなっていた皮膚が綺麗になった。桃ちゃんは自分で薬を持っていたんだ。


「お恥ずかしゅうございます。里に伝わる、手妻(てづま)同然の膏薬(こうやく)にございます。」


 てづま…?手品のことかな?いや、そんなレベルじゃないと思うけど。風魔忍者、半端ないって。


「そんなことありません。こちらの『や』と書かれているのは…?」

火傷(やけど)を負った際に塗り込むものにございます。」


 そんな感じで話していると、私達を追いかけてきた侍女頭に見付かった。もう日暮れも近いので夕食の支度を始めること、さっき散らかった貝合わせの貝殻と箱は破損がないか確認して後日改めて持ってくること、原因を作った侍女には後でしっかり注意すること、などを報告して、桃ちゃんを伴って戻ろうとする。

 別れ際、私は侍女頭に聞こえるように言った。


「桃はとても気の利く女子(おなご)ですね。また話を聞きたいものです。」




 次の日から、桃ちゃんが私の世話に関わる割合は大幅に増えた。起床してすぐの支度から自由時間の側付き、夕食後の着替えまで。桃ちゃんはとても器用で、日を追うごとに上達していった。

 暇を見つけては桃ちゃんに色んな事を聞いた。風魔の里での暮らしや、これまでこなしてきた任務のことなど。桃ちゃんは時折言葉に詰まりながら、ほぼ全ての質問に答えてくれた。話してくれなかったのは恐らく、あまりにもエグくてグロい部分とか、風魔党門外不出の秘密とか、そういうことだったんだと思う。

 桃ちゃんは戦闘より情報収集任務がメインだったそうで、色々な人に変装して色々な所に行ったらしい。驚いたのは、男性に変装することも少なくなかったとのことだ。確かに桃ちゃんはこの時代の女性にしては背が高いし、瘦せ型だ。髪型や服装を変えれば、男性に変装することも可能だろう。

 化粧道具も見せてもらった。白粉(おしろい)や口紅、顔を色黒に見せる褐色のファンデーションもどき等々がこれまた二枚貝の貝殻に収められている。

 どうして何でも貝殻に入れるのかと思ったが、考えてみればこの時代にフタと瓶の口がぴったり合うプラスチック容器なんてものは存在しない。その点二枚貝なら、上下がぴったり閉じるから入れ物にもってこいというわけだ。うーん先人の知恵。


「それから姫様。大変申し上げにくいのですが…。」


 話がひと段落したところで、桃ちゃんが気まずそうに切り出した。給料の前借り相談だろうか?


「もしや姫様は、わたくしの名を『桃』とお思いでは?その、果物の。」


 え、違うの?そう言えば侍女頭が桃ちゃんの名前を呼ぶ時、なんか発音が変だなーとは思ってたけど、あれイントネーションの問題じゃなかったんだ。


「わたくしの名は『(もも)』…数字の百を一文字で書いたものにございます。」

「え…。」


 えーーーっ、そうだったの⁉そっかぁ、百と書いてモモね。独特な読み方だなぁ。


「そうでしたか。ご両親はあなたの健康長寿を願ってその名を付けられたのでしょうね。」


 私の言葉に百ちゃんは押し黙った。えぇ…褒めたつもりだったんだけど、違うの?しょうがない、ここは若干強引にでも話題を変えよう。


「百、化粧の仕方を教えてくれませんか?」


 私のリクエストに百ちゃんは気を取り直して、化粧箱から口紅を取り出し、塗って見せてくれた。上くちびる、下くちびるにささっと塗って、ぎゅっと口を結んでぱっと開く。くちびる全体が綺麗な朱色に染まった。


「すごい、すごいです!私もやっていいですか?」


 百ちゃんの許可をもらって、同じようにやってみるが…くっ、真っ平らな鏡がないとこんなに難しいのか。とりあえずできたので百ちゃんに見てもらうと、何とも微妙な表情が返ってきた。ちくしょう。

 どうにか出来栄えを確認する方法はないか。そう言えば廊下を下りればすぐ庭がある。人工池もだ。

 私は席を立ち、駆け足で庭へ向かった。


「姫様?姫様⁉」


 池を覗き込むと、揺れる水面にたらこくちびるの女の子が映っていた。うーん、やっぱり化粧は侍女にやってもらった方がいいか。けどこれを一人でできちゃう百ちゃんは本当にすごいな。

 私がそんなことを考えている間に百ちゃんが追いかけてくる気配がした。そして。


曲者(くせもの)め!姫様から離れよ!」


 奥の間を警護している侍の大声が聞こえた。


 …はい?


お読みいただきありがとうございました。

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