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#088 仏様が見てる?

今回もよろしくお願い致します。

 私が五郎殿に悩みを打ち明けた翌日の朝、五郎殿は「突然思い立って」狩りに出かけると言い出し、供回りを引き連れて馬で駿府館を出発した。

 私は間髪入れずに手紙を書き、例の高利貸しに宛てて急使を送る。内容はこうだ。


『五郎殿が遠出している今なら、屋敷で会談して商談を進める事が出来る。急いで屋敷に来てほしい。』


 案の定ウキウキでやって来た高利貸しを、まずは直接会う事なく、客間に通して本膳料理でおもてなしする。侍女や屋敷の使用人達は、粗野な客を本膳料理でおもてなしするという私の意向をいぶかしみながらも、とりあえず指示に従ってくれた。

 後は百ちゃんに酌をしてもらって高利貸しをベロベロに酔わせ、私は客間の隣室で息を殺してタイミングを待つ。


「へへ、ネエちゃん中々いいケツしてんじゃねえか。」

「あらお客様、お戯れを…。」


 …やっぱり五郎殿に首チョンパしてもらった方が早かったんじゃなかろうか。

 襖の向こうから漏れ聞こえて来る下卑た笑い声に、密かに殺意を募らせていた私は、やがて屋敷に近付いて来た馬蹄の響きに生唾を飲んだ。いよいよ本番だ。


「結よ、無事か!只今戻ったぞ!」


 屋敷の主が突然帰って来た事に、高利貸しは慌てふためき、立ち上がろうとするも、酔いが回ってまともに動けない。

 そうこうしているうちに、玄関から足音荒く客間に入った五郎殿が、『見知らぬ客人』を見咎め、問い詰めた。


「おのれ何奴!何の(ゆえ)あって左様な振る舞いをするか!この場で叩き斬ってくれん!」

「ひ、ひょええええええ⁉」


 五郎殿が抜刀する音と、高利貸しの悲鳴が聞こえて来た所で、急いで廊下を経由して客間に走り込む。


「お待ちくださいませ!五郎殿、どうか怒りをお鎮めください!これには深い訳がございます!」

「何、深い訳とな。いかなる仕儀か、申してみよ。」


 太刀を突きつける五郎殿の芝居がかった口上に、ホッとしたりハラハラしたりしながら、私は数枚の書状を取り出した。


「このお方は、強引な取り立てで財を成した過ちを悔い、これよりは貧しい人々が低い利回りで銭を借りられるよう、新たな金貸しに生まれ変わりたいと、そう申し出て参られたのです。そこで私と友野屋殿と、三方で株札を分担し、商会を立ち上げる寸前にございました。五郎殿の留守に呼び立てましたは、これまでの非道、五郎殿に合わせる顔が無いと、そう申しておられましたゆえ…。」

「左様であったか。いや、もし今川の名を借りて強引な取り立てに及ぶ心積もりであれば、この場で首をはねる所であったぞ。」

「まあ、左様な事は…ございませんよね?」


 抜刀したままの五郎殿が視界に入るよう意識しながら、高利貸しを振り返ると、彼は荒い息をつきながら、首が折れそうな程に何度も頷いた。厳密に言えば、私達がそうさせた訳だが。


「時に五郎殿、なにゆえこれ程早くお戻りに?」

「うむ、実は仏の言葉を聞いたのじゃ。我、そなたの屋敷にあり。かの者に二心(ふたごころ)あるかなきか、()く確かめよ、とな。」

「まあ、仏様が?されど、この屋敷にいらっしゃる仏様とは…。」


 私は周囲を見渡すと、いかにも今気が付きました、といった体を装って高利貸しに歩み寄った。


「もしや…今一度、お体を確かめてくださいませんか?」


 私の言葉に、高利貸しは服のあちこちをまさぐったかと思うと、お酒で真っ赤だった顔を青くしながら、懐から小さな何かを取り出した。


「まあ!これは…不動明王像ではございませんか!」


 自分の演技に羞恥心を覚えながら、私は懸命に驚いた風を装った。

 高利貸しは身に覚えが無い様子だが、それも当然だ。さっきお酌をしていた百ちゃんが、隙を見て彼の懐に忍ばせたものだからだ。


「何と、これが仏の御業(みわざ)…お主の迷いを断ち、正道に導かんとの、不動明王の思し召しであろう。念のため聞くが…先ほど我が妻が申した事に、誤りは無いであろうな?」


 高利貸しがまたも必死に何度も頷くと、五郎殿はようやく太刀を鞘に納めた。


「先ほどの無礼は詫びよう。これからは我が妻、そして友野屋と合力して、真っ当に商いをするのだぞ。」

「善は急げ、と申します。こちらの書状にお名前を…。」


 私が差し出したのは、高利貸しから送り付けられた書状を基に、経営方針や株札の保有比率を変更した別の書状だった。

 私が文机を持って来ると、高利貸しは震える手で商会の経営方針や株札の所有者目録等に署名し、直後に白目を剥いて気絶した。

 下人達を呼んで、高利貸しを越庵先生の研究室に搬送させた後、私は書状の中身を点検し、間違いが無い事を確認した。

 法人名は『駿河屋(仮)』。

 元手は高利貸しから一千貫文、私から一千五百貫文で、合計二千五百貫文。

 株札保有比率は私、高利貸し、友野屋の順で2:4:4。

 議長権限を保証する『元株』の所有権は友野屋にあるものとする。


「真によいのか?一千五百貫文も出しては、蔵が寂しくなろう。」


 五郎殿が心配してくれた通り、蓄えをごそっと放出する事になるが、私は後ろ髪を引かれる思いながらも、ある程度諦めを付けていた。


「これはあらかじめ話を通さなかった友野屋殿への、せめてものお詫びにございます。まして、友野屋殿にはかの高利貸しが真っ当な商いに励むよう、見張っていただかなくてはなりませぬゆえ…。」


 お酒で酔わせて正常な判断能力を奪い、五郎殿の脅しと不動明王像の出現というショックを与えて、高利貸しを書状に署名させる事は出来たが、酔いが醒めれば結局前のようにあくどい商売に走る可能性が高い。それを防ぐために、高利貸しと同数の株札と『元株』を持つ友野屋殿に、厳重に監視してもらおう、というのが私の思惑だ。

 一千五百貫文も出資して配当金が20パーセントというのは正直悔しいが、やり手の金融業者をコントロールする役目は友野屋殿の方が適役だろう。


「さあ、五郎殿はお部屋でお着替えを。私はここを『片付けて』おきますゆえ。」

「…済まぬのう。あれ程縮み上がるとは思わなんだ。」

「かと言って、加減すればこちらの思惑に気付かれましたでしょう。詮無き事にございます。」


 五郎殿が自室へ向かうと、私は一千貫文を高利貸しから騙し取った代償――客間の畳に広がる大きなシミと、漂う悪臭を前に、深々とため息をついたのだった。




 客間の清掃を手配しつつ、私は友野屋に手紙と、高利貸し並びに私の署名が入った書状を送った。手紙の内容は、五郎殿と共同で打った芝居については伏せつつ、『駿河屋(仮)』の経営を厳しく監督してほしい、そのために元株も譲る、というものだった。

 翌日届いた返事には、やはりと言うべきか、事前に一言相談して欲しかったという苦情と、依頼内容は全て承るという内容が記されていた。

 幸運な事に、酩酊状態でのショックがよっぽど効いたのか、高利貸しは一夜にして不動明王の敬虔な(しもべ)と化し、友野屋の指導を積極的に受け入れて、『銭貸(ぜにかし)明王屋(みょうおうや)』――新しい金融業者の店名だ――の経営に励むようになった。

 店主の豹変ぶりについていけない従業員も少なからずいたのだが、彼らは友野屋の勧告を受けて店を追い出されるか、強引な取り立てを摘発されて市中警固役に処罰され、少なくとも表面上は、明王屋は今川の看板を背負う優良金融業者に生まれ変わる事が出来た。




 こうして、貪欲な高利貸しの恐喝から始まった騒動は一応の解決を見た。

 しかしながら、膨大な量の銭が出入りする明王屋が、友野屋殿のひらめきで、後に全く別の機能を持つ組織に変貌する事になろうとは、この時の私には想像もつかなかったのである。

お読みいただきありがとうございました。

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