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#087 幸せは二倍、苦労は半分こ

改めて、リクエスト募集のお知らせを致します。

活動報告にあります通り、2023年6月いっぱい、#101のテーマを募集しております。

私の投稿ペースが遅れ気味で申し訳ありませんが、よろしければご参加ください。

該当する活動報告か、感想欄までお願い致します。

天文24年(西暦1555年)1月 駿府館


 突然だが、私が異世界転生してまでリッチな生活にこだわるのには、れっきとした理由がある。

 それは前世、血縁上の両親から散々言われた事が関係している。

 小中学校のクラスメイトがオモチャや漫画を通じて交流する様子を見た私は、たびたび両親にそれらをおねだりしたものだ。そんな時、二人の返事は決まって同じ。


『ウチにはお金が無いんだから我慢しなさい。』


 でも、私はそれが半分ウソである事に、いつしか気付いていた。何故なら、私の教育にはろくに金を使おうとしない癖に、自分達は旅行に趣味にと、好きにお金を使っていたからだ。少なくとも、私にはそう見えた。

 だから私は義務教育が終わると同時に、実家を離れて就職した。

 自分のお金を、自分で稼ぐために。

 お金を稼いで、幸せになるために。

 ただ、世間は低学歴の小娘に甘くなかった。詳細は省くが、不健康な生活を送りながら過重労働を繰り返した挙句、体を壊して入院し、そのまま死亡。それが私の最初の人生の概略だ。

 だから、私がこの世で一番嫌いなのは貧乏。

 転生してまで貧乏生活なんて、真っ平ごめんだ。




 そんな私だが、転生した先で、お金がありすぎて困る羽目に陥るとは思ってもみなかった。

 きっかけは友野調薬の成功だ。

 これを機に『株札』の有用性を確信した友野屋殿は、傘下の商人達と資本関係を整理し、現代で言う所の持株会社的なポジションに収まる事に成功した。

 と言っても、その全てに今川家が直接関わっている訳ではない。理由は単純で、業種によっては汚職が発生するためだ。先日一段落した屋敷の拡張工事がいい例だ。

 工事を請け負ったのは当然友野屋傘下の業者だったのだが、工事中にとんでもないスキャンダルが発覚した。工事を手配した文官が業者の株札を保有しており、彼の工作で工事予算が水増し請求されていたのだ。

 例えば、今川家から業者に二千貫文を支払ったとして、半分が建築資材の購入や人件費等に消えるものとする。残り半分、一千貫文が配当金になると仮定すると、株札保有率10パーセントでも百貫文が手に入る計算だ。

 つまり、株主でもある文官が工事予算を水増しすればするほど、自分の懐に入る金額が多くなる、という一種の公金横領だ。

 結局、文官の上役と友野屋殿が工事予算の不自然さに気付いて、官民の癒着が発覚。文官は打首獄門(うちくびごくもん)の憂き目に遭い、業者も株主総会で糾弾される羽目になった。

 義元殿の名義で、株札の取り扱いに関する法度(ルール)が公布されたのはその直後。それ以来、今川家中の人間が株札を保有する事は、原則として禁止されたという訳だ。幸い私は、今川家の政治や軍事に直接関与していない、との理由で、引き続き株札を所有する事を認められている。

 しかし、友野調薬の『元株』を保有する私の承認を得て、新たな商いを始めようと目論む人間は後を絶たなかった。そこで友野屋殿の協力を得て、事業計画の審査を行ったのだが、結果は散々だった。

 真面目に商売をしようとして、見通しの甘さを友野屋殿に指摘されて引き下がるレベルであればまだ真っ当な部類に入る。しかし大半は私に取り入って一儲けしようと企む詐欺師、ならず者ばかりで、元手は出せないが配当金は欲しいだの、百姓町民をいじめてあぶく銭を増やそうだのと、ろくな案が無かった。

 結局、書類選考と面接を突破した事業が二桁行くか行かないかだったが、これが適度な結果だったと言えなくもない。以前より多忙とはいえ、株主総会で一か月丸々埋まる事も無いし、友野屋殿ほどではないにしろ、毎月とんでもない額の配当金が転がり込んで来るからだ。

 銭を保管するため、増設される蔵を眺めながら、私は喜ぶより先に不安に駆られた。労せずして貯め込んだ銭が、何かの拍子に吹き飛んではしまわないか、と。

 そして今、より具体的な厄介事が、私を悩ませていた。




 ある夜、いつもより遅く夕食と風呂を済ませた私が寝室に入ると、五郎殿が布団の上に正座して待ち構えていた。


「起きていらっしゃったのですか?」


 慌てて五郎殿の前に腰かけると、五郎殿はいつにも増して真剣な眼差しを私に向けた。


「結よ、何か気に病んでおる事はないか?」

「な、なんの事にございましょう。気に病む事など、何も…。」


 内心驚愕しながらも、やんわりと五郎殿の懸念を否定したが、それは無駄なあがきだった。


「近頃、夕餉(ゆうげ)の席でしきりにため息をついておるではないか。前よりも食べ終えるに時がかかっておるようにも見える。何か悩みがあれば、儂に申してみよ。」


 五郎殿の観察眼の鋭さに、誤魔化し切れないと判断した私は、観念して悩みを打ち明ける事にした。


「実は、友野調薬を初め、株札を持っている商会の商いが昇り調子で、お陰で働かずとも銭が転がり込んで参ります。私から望んだこととは言え、かように容易く蓄財をしてよいものか、と…。また、こうして労せずして手にした銭など、一瞬で消えてしまうのではないか、と…。」

「何を申す。お主は立派に働いておるではないか。」


 思いがけない言葉に顔を上げると、五郎殿は私に微笑みかけた。


「日頃から屋敷を差配し、儂が身の回りの雑事に煩わされる事の無いよう取り計らっておる。その上、七日に一度は寿桂様のお屋敷に招かれて稽古。急な客のもてなしに、下人の揉め事の仲裁。近頃はわざわざ友野屋の別邸に赴いて、株主の寄り合いや新しい商いの相談に同席しておるそうではないか。これを働くと言わずして、何と申す。」


 もしかして、スパダリって奴ですか?

 半年前の体たらくからは想像もつかないほど精神的に成長した五郎殿を前に、私は心の中で間抜けな感想を抱くばかりだった。


「ですが、その。私は自ら体を動かさず、商会が上げた儲けの上澄みをさらうばかりで…。」

「お主が真にそのような存念であれば、一々元株を求めずとも良かろう。株札を手にすれば、後は寄り合いに名代(代理人)を寄越せばよい。株札の数よりも元株にこだわるは、立ち上げに携わった商いを疎かにしたくないという、お主の心の証じゃ。」


 五郎殿は穏やかな声で私を諭すと、私の肩を軽く叩いた。


「案ずる事は無い。市中に心無い風聞があろうとも、お主と直に接した者はお主の真心を分かっておろう。蓄財蓄財と、己を蔑む事は無いぞ。」


 五郎殿の温かい言葉に、目の端に溜まった涙をさり気なく拭いながらも、私の胸のつかえは簡単には取れなかった。


「お気持ち、真にかたじけのうございます。されど、高利貸しの一件をどうしたものかと…この所そればかり考えておりました。」

「高利貸し?一体何事が…?」


 険しい顔付きに戻った五郎殿に、私は最近の頭痛の種を披露する事にした。




 事の起こりは数日前、私が寿桂様の屋敷へお稽古に行っていた隙を突いての事だった。

 私達が住む屋敷は駿府館の敷地内にあるのだが、駿府館全体の警備を担っているのは当然義元殿の家臣であり、彼らとの交流はそれ程密接ではない。そのため、彼らは友野屋の使いを名乗る男から渡された荷物を、特段怪しむ事無く私達の屋敷に届けてしまったのだ。

 帰宅した私が荷物の中身を確認した所、一千貫文に上る銭の束と、以前商会の立ち上げを断った高利貸しからの手紙、そして私が署名するスペースを残して書き上げられた、商会立ち上げに必要な書類の数々が収められていた。

 高利貸しの手紙は一種の脅迫状だった。


『この一千貫文を元手に、金に困った連中に銭を貸し付け、後でたっぷり利息を付けて請求すれば、もっともっと蓄財が出来る。若奥様は今川のお墨付きを与えるだけで大儲け出来る。既に商会の設立は内定したと、周囲に言いふらしてある。これほど美味い話が気に入らないと言うのであれば、今川の若奥様は一千貫文を受け取っておいて返さない、強欲な姫だとの風聞を流す。それが嫌なら、商会の設立と株札の発行に同意しろ。』


 脅迫状の中身をざっくりまとめると、そんな感じだ。結局その後誰にも相談出来ず、今日この時まで持ち越してしまったという訳だ。

 そもそもこの高利貸しが友野屋を通じて話を持ちかけて来た時、私が断ったのは二つのデメリットが予想されたからだ。

 まずは計画の杜撰(ずさん)さだ。お金に困った人に貸し付けを行うのは、近現代の金融機関でも普通にやっている事だが、将来の高収入が期待出来ない人に高い利息でお金を貸しておいて、期限までに返せなかったら財産を没収するとか、事業の継続性もへったくれも無い。昔のドラマの消費者金融じゃあるまいし、トラブル山積で今川家の御用になるのが目に見えている。

 二つ目は、そんなブラックな事業に今川の看板を使われる危険性だ。私個人が投資や事業立ち上げに関与して蓄財し、領民から後ろ指を差されるのはまだいい。だが今川の看板を利用した高利貸しで被害者が続出すれば、さすがに今川家全体の信用問題に発展する。

 だから高利貸しの提案には乗りたくない、しかし強引にとは言えお金を受け取ってしまった以上、迂闊に返す事も出来ない。そんなジレンマに陥っていたという訳だ。




「成程のう…相分かった。その悩み、儂が解決して参ろう。」


 一通り話し終えた後、五郎殿の言葉に、私は目を丸くした。


「何か妙手がございましょうか?」

「簡単な事よ。明日高利貸しの家に乗り込んで、そ奴の首をはねて参る。それで万事解決であろう。」


 爽やかスマイルと共に発せられた言葉に、しばし硬直した後、内容を理解した私は、めまいを起こしそうなほど激しく首を横に振った。


「だ、だ、だ、駄目にございます!そ、そんな!そのような事!」

「儂の妻を困らせる不埒者、この手で成敗せねば気が済まぬ。」

「お気持ちは大変嬉しゅうございます!されど、確たる悪事の証も無く町民の首をはねれば、五郎殿の器量が大いに疑われます!」


 なんで脅迫者の命を心配しなきゃいけないんだ、と内心嘆きながら五郎殿を制止していると、五郎殿は徐々に落ち着きを取り戻し、浮かせていた腰を再び下ろした。


「むう…言われてみればそうかも知れぬのう。」


 言われるまで気付かなかったんかい。

 心の中でツッコミを入れながら、私はどうしたらこの件を丸く収める事が出来るのか、必死に考えた。

 五郎殿が積極的に私の味方になってくれている現状はとてもありがたい。

 しかし今の所表立って罪を犯していない町民を、無闇に処罰する事は出来ない。

 どうすれば今川の名誉を毀損する事なく、一千貫文を返却する事が出来るのか。

 薄暗がりの中で頭を悩ませていると、何か思い付いた様子で五郎殿が私を見た。


「友野屋はその高利貸しについて、何か申しておらなんだか?」

「一代で巨万の富を築き上げる、その手腕は見事である、と。ただ、神仏をも恐れぬ強引な商い、目に余る、と…。」

「神仏か…時に、友野屋はお主の事をどう思っておる?」

「心を許す、とは言えないまでも、『株札』のお陰で友野屋当主の座を盤石に出来た事から、しばしば便宜を図ってくださいます。先日『茶店一揆』の筆頭、御手洗屋(みたらいや)団五左衛門(だんござえもん)殿との商談に同席した折も、店の指南に大いに力を尽くすと、申し出てくださいました。」

「ふむ…では頼りにして良かろう。時に、お主が頼りにしておる側付きの(もも)は、風魔の里の出であったな。」

「…それが、何か?」


 話題の展開についていけず、戸惑う私に、五郎殿は不敵な笑みを浮かべた。


「儂の軍略がいかほどのものか、その高利貸しで試させてもらおうと思うてのう。」


 その夜、私は五郎殿と密談を交わし、高利貸しを罠にかける段取りを進めていった。

 後から思えば、これが五郎殿と私の、色気もへったくれも無い、初めての共同作業だったと言えなくも無い。

リクエストをお待ちしております。

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[気になる点] お兄ちゃんの人質生活から見た今川家と氏真との交流が見たいです [一言] 高利貸しの件は正直、五郎殿の言う打ち首でいいと思うけどね。 脅迫されてるし見せしめにもなるし それを選ばない初…
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